最終ページ.桜の木の満開の下
卒業式といえば桜が舞っているイメージだけど、実際には桜が咲くにはまだ早い。
早い開花なら咲いてることがあるのかもしれないけれど。
オレは桜の専門家じゃないからそこまで知らない。
ただ
今日は卒業式だった。
女子が啜り泣く音があちこちから聞こえる退屈な卒業式も無事に終わった。
いよいよオレはここの学生ではなくなるのだ。
一年生、二年生のときはなんてことない高校生活だったけど、最後の一年は内容が濃い一年だったな。
その内容を濃くしてくれた原因であるオレの初めての恋人、
二人で一緒に帰るんだけど、なんでも彼女はライバー部の後輩からの卒業祝いを受けてから来るそうだ。
その間、オレも漫画部の後輩、ふわりちゃんを人気の少ない中庭へと呼び出した。
「先輩、お待たせしました」
ふわりちゃんが小走りでオレのもとへとやって来た。
「ごめん。呼び出したりして」
「いえ、別にかまわないです。それよりご卒業おめでとうございます」
ふわりちゃんはペコリと頭を下げる。
「あ、えっと……どうもありがとう」
オレも頭を下げる。
「ところで……、連絡をくださって、なにかわたしにご用ですか?」
ふわりちゃんが尋ねる。
「あの、これ、だいぶん遅くなったけど、クリスマスプレゼント」
オレはふわりちゃんにリボンのついた箱を渡した。
「えっ、そんな別に良かったのに……、わざわざありがとうございます!」
ふわりちゃんはまたペコリと頭を下げた。
「いえいえ、どういたしまして。こっちも貰いっぱなしってわけにはいかないので……」
「……開けてみてもいいですか?」
「どうぞ……」
オレの返事を合図に、ふわりちゃんが箱の包装をカサカサと音を立てて、そっと剥がす。
「わぁ、これは……」
箱の中身はふわりちゃんの好きなアニメ『美少女同心アスカ事件帖』のキャラクターがプリントされたマグカップ。
「これ、とても嬉しいです! ありがとうございます。大切に使います! ただ……」
「ただ……?」
ふわりちゃんは喜んでくれてると思うけど、ただの続きはなんだろう。
「これじゃまだ足りません」
ふわりちゃんが言った。
しまった。
コミック+マグカップじゃ、プレゼントとして金額が少なかったか?
「残りの分、わたしの最後のわがままを聞いてください」
引っ込み思案な性格だったふわりちゃんがわがままを言うなんて珍しい。
「あ、いいよ……」
負い目を感じているオレは思わず了承してしまった。
「先輩……、大好き!」
するとふわりちゃんは、いきなりオレに抱きついてきた。
「わわっ!!」
彼女の想定外の行動に驚くオレ。
「文化祭のときに阿舞野先輩が抱きついてるのを見て、わたしもやりたかったんです」
オレの胸に顔を埋めるふわりちゃん。
これが彼女のやりたかったわがままとは。
彼女の好きという気持ちに応えられなくて、申し訳ない感情がオレの中に湧いてくる。
でも阿舞野さんへの気持ちを棄てることはできない。
そのとき、
「おーい、ゆらっちー!」
と離れたところからその阿舞野さんが呼ぶ声が聞こえた。
その声と同時にふわりちゃんが離れた。
阿舞野さんが卒業証書の入った筒を振りながらこちらへやってくる。
「あれ? ふわりちゃんもいるじゃん!」
ふわりちゃんの姿を見るなり、彼女が笑顔で言った。
「阿舞野先輩もご卒業おめでとうございます。お二人ともこれからも仲良くお幸せに!」
そう言ってふわりちゃんは手を振りながら爽やかな笑顔を見せて、オレ達の元を去っていった。
「……ふわりちゃんにうちらが付き合ってること言ったんだ?」
阿舞野さんがちょっと顔を赤くして言う。
「いや、言ってないけど……、ふわりちゃんは気づいてたみたい」
オレもなんだか顔が火照る。
「……じゃ帰ろっか。ってか、どっか寄ってく?」
阿舞野さんが言った。
「そうだね。どこかでお茶でも飲んで帰ろうか」
「賛成!」
オレ達は校門へ向かって歩く。
もうその校門をくぐる日課も無くなるのだ。
「ところでさ、大学に通ってもあのプレイの続き、やる?」
彼女がオレの顔を覗き込むようにしてニカッと笑う。
「いやっ、もう漫画も無事描き終えたし、もうネタがないし……。でも阿舞野さんはなんかオレとしたいこととかある? もし何かあるなら……、わがまま聞くよ?」
オレは歩きながら阿舞野さんに聞いた。
「んー、そうだなぁ。ゆらっちとラブホに行ってみたい!」
「えっ! なんで!?」
「ん? なんでって行ったことないから。ゆらっちはアタシと行きたくない?」
あまりに意外なわがままにオレはちょっと驚く。
って、彼女はラブホテルが何する場所か知ってるんだよな?
「いや、その、行ってみたいけど……」
「ほかにもいろんなとこ、いっぱい行こうね。なるべく一緒にいたいから」
阿舞野さんが照れながら言う。
「……一緒に暮らせばずっと一緒にいられるけど」
オレも照れながら言う。
「……それな!」
阿舞野さんが指を鳴らした。
◇ ◇ ◇
家を出るときに自分の姿を鏡で見たけど、うーん、初々し過ぎて我ながらスーツが似合っていない。
一方の阿舞野さんは、今日はギャルっぽさがなく清楚な感じで、身体のラインが出る黒のスーツやタイトスカートを見事に着こなしていた。
すごく大人っぽい。
オレ達は緊張した入学式を終えた。
今日も二人で仲良く帰る。
同棲する部屋も大学近くで無事に見つかった。
これで通学も楽だ。
後は必要な荷物を運んで彼女と一緒に住むだけ。
「学校の近くに公園があるんだね!」
帰宅途中、すごく広い閑静な公園があった。
開花した桜の木もたくさん植えてあって、とても美しい公園。
「ねぇ、ちょっと寄ってかない?」
阿舞野さんに連れられて公園内を散策する。
広い公園内ではお花見をしてるグループや、ひとりでパルクールの練習みたいなのをしてる女性とかがいた。
みんなそれぞれ思い思いに綺麗な公園で時間を過ごしている。
オレと阿舞野さんは桜の木の下に置いてある人気の無いベンチを見つけて、並んで座った。
「阿舞野さんと付き合えて大学も一緒に合格できて……、なんだかゴールを迎えたって感じ」
オレがポツリと言う。
「高校生活が終わっただけでなに言ってんの。つーか、これからっしょ! 今度は大学に通うし、一緒に暮らすし、また違う新しい世界が始まるんだよ」
「そっか、阿舞野さんと二人で歩く新世界か」
見上げると、そこには澄んだ空の青に桜のピンク。
「ねぇ、ゆらっち」
その声に反応し、オレは視線を阿舞野さんへと戻す。
「まだしてないじゃない?」
「なにを?」
「……キス。いま誰もこっち見てないからチャンスだよ」
そう言って彼女が目を閉じた。
オレの胸が早鐘を打つ。
さっと彼女の唇に自分の唇の重ねた。
慌てたのでちょっとズレた。
「……ヘタかよ」
そう言って阿舞野さんは笑った。
満開の桜の木の下、初めて体験する本当のキス。
約一年前、彼女と出会い、マスク越しにキスした時には想像もしていなかった、これがマスクなしの本物のキス。
《完》
君は秘密の刺激に憧れる 歩夢図 @holmes777
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