第4話

『勝手言ってごめん。好きになれるまで少しだけ待って欲しい』


 そんな美月の申し出に耀が頷いたことで、ふたりの交際が始まった。


 でも、ぎこちなく手を繋いで歩き、誰もいなくなった夕暮れの公園でブランコを揺らしながら話すだけ。どちらかというと、子供の頃に戻ったのに近かった。耀が求めていたのはこういう関係ではないとは分かっていても、美月はまだ全てを受け入れられない。


「今は一緒にいてくれさえしたら。ゆっくりでいい」


 話をするたびに無邪気に笑ってくれる耀を見ているうち、少しずつ彼を愛おしく思う気持ちが濃くなっていく。そんな夢見心地のままに、このまま全てを受け入れてもいいかもしれないと思った。


 なのに、恋仲になってから見せられた仕草や表情のひとつひとつが、記憶にある前世まえの彼と重なるたびに目が覚めてしまう。そうなってしまうのは、姿形は違っても魂は同じだからだろう。


 突然の告白、いや、耀は『ずっと前から』と言った。ずっと前、前世からだということだろうか。魂に惹かれているだけならば、別に入れ物は私でなくてもいい。だから耀が好きなのは私ではないかもしれない。考えるたびに暗い感情に沈み、涙を流す夜も増えてきた。


「ちゃんと、好きになれたのにな」


 美月は小さくつぶやいて、その日も耀を思い枕を濡らす。今の自分は前世まえの自分とは似ても似つかない。そのことにひたすら胸を痛め続けていた。



 ◆



 ふたりはいつもの公園にいた。今日はブランコではなく、街灯の明かりに浮かぶベンチに並ぶ。季節は冬に変わり、陽が落ちるのが早まったいつもの公園はすっかり夜闇に包まれて、白い息もすぐに溶けていく。自販機で買った飲み物でふたり暖をとりながら、肩を寄せ合うように腰かけていた。


 一番星が灯る濃紺の空を見上げ、何かを探すように首を左右に動かす耀。美月はなんとなくその理由を察していた。


「今日も流星群らしいな。前のやつよりはだいぶ少ないみたいだけど……見られたりしないかな」


「うん。見られたらいいね」


 そう答えはしたが、美月は少し複雑だった。これはあの流星のせいで始まった関係。だけど、その流星が運んできた記憶のせいでずっと思い悩んでいたのも事実。美月は握りしめていたホットココアを飲んで、深く息をつく。耀は流星を探すように空を見上げたままだったが、しばらくして美月の方を向く。


「俺さ、前の流星群の時、『美月と付き合いたい』って願ったんだよ。それでちゃんと叶うんだから、流れ星ってあなどれないな」


 美月は息を飲んだ。やはりあの日、耀も自分と同じように星空を見上げていたのだ。心臓が早鐘を打つのを押さえつけるように、残ったココアを一気に飲み干し、空き缶を一度足元に置く。確かめるなら今だ、そう思った。


「その時、前世の記憶を、思い出したりはしなかった?」


『前世での恋人だったから好きになった』そう言われることを美月は今は一番恐れていた。あの時に同じように記憶を取り戻し、魂に惹かれただけで、入れ物わたしはどうでもいいと思っていたとしたら。自分は耀が好きなのに、気持ちがすれ違ってしまう。


「……え、なんだそれ? そんなの信じるタイプだなんて、意外だなあ」


 目を丸くした耀に、美月は肩透かしを喰らった気分だった。なんと耀は特に何も思い出していないらしい。とぼけているのかと思ったが、そういう取り繕いができるような人間でないことを、美月はよく理解していた。


「いや、えっと……」


 前世だの運命だの。考えてみれば、おとぎ話を本当のことだと信じてるみたいだ。馬鹿だとか思われなかったかな。別の意味で胸が騒ぎ目が泳ぐ美月。耀は腕を組んで何かを考えている。


「うーん、前世か。ああ、前に毛虫だって言われたことあるな、姉ちゃんの友達に。霊感あるらしいからホントかもしれないけど、どうなんだか」


「えっ? 毛虫……? あ、でも、言われてみればそれっぽい、かも……」


「だろ!」


 自らの短めの黒髪を差しながら耀はケラケラと笑う。しかし美月はそんな彼の前の姿を知っている。白髪に近い銀髪にすみれ色の瞳。細い長身をいつも黒の外套で包んでいた。


 いったいどこの国の人だったんだろう。見た目だけなら、前の方が好みかも……そんな意地悪なことを考えているうちに、すぐ目の前に耀の顔が迫っていた。美月はかっと熱くなった耳を押さえた。


「どうした?」


「な、なんでもないっ」


 魂は同じとは言え、他の男の人のことを考えてましたとは言えなかった。


「……昔から慌てたりすると耳赤くなるよな、美月は。そこも可愛いんだよな」


 そうささやくように言うと、さらに顔を寄せてくる耀。自分でも気が付かなかったことを指摘されたうえに可愛いとまで。美月は目を逸らし、顔まで赤くする。目を回しそうだった。


「ちょっと、恥ずかしいこと言わないで」


「ずっと可愛いと思ってた。他のやつに取られなくてよかった」


 美月はやっとの思いで目を合わせた。丸い焦茶色の瞳に映るのは見慣れた自分の顔。そうか、この人はずっとを見ていてくれたんだ。ようやく気づいた美月はゆっくりと目を閉じた。


 耳を押さえたままの手に耀の手が重ねられる。すっかり冷えていたところに温もりが染み渡ってくる。さらに距離が近づいてくる。この後に起こることは、さすがの美月にも分かった。


 そっと唇を重ねられる。短くて、そのうえ触れるだけ。それなのに、湧き上がってきた幸せに身が焦げた。前の私も今の私も、きっとこの日を待っていた、そう思った。


 涙をこぼしそうになったのをこらえ、そのまま目の前にある広い胸に顔を埋めた美月。抱きつかれた上に、小さく鼻をすする音をとらえた耀は肩を大きく揺らして慌てる。


「やべ! やっぱ泣いてる!? ごめん!! 嫌いにならないでくれ」


「大丈夫。ならないよ。ずっと愛してる」


「……え!? あいし……!?う、嬉しい!!」


 真っ赤に茹で上がった耀が驚きの声を上げたその瞬間、空に一際明るい星が流れた。これはきっと、新しいふたりに贈られた祝福の輝き。


(終)

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流星が運んできた記憶 霖しのぐ @nagame_shinogu

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