第20話 付き合ってる期間被ってるってことやから裏切りやん


 クリスマスイブとクリスマス、両方ともにバイトを入れた。紘も「生葉はいないし、人手は足りないし」とバイトを入れていた。それ以外の日もクリスマスデートとして会う予定は立ちそうになかったので、クリスマスプレゼントのマフラーは先に渡した。紘からは小ぶりな赤色のバッグを貰った。ちょうどいいのでサークルの忘年会へ持って行くことにした。


 忘年会会場の居酒屋は広い座敷で、6人掛けのテーブルがいくつも並んでいた。メインメニューの鍋がテーブルの真ん中に置かれていて、今にも崩れ落ちてしまいそうなほどに具が積まれている。


「おーす、おつかれ、空木」


 座敷を入ってすぐのところに喜多山先輩が立っていて「空いてるとこ座ってー。ちなみに俺は武田の隣」と入ってすぐのテーブルを指差した。でも別のテーブルから「空木ィ、こっち来いよ」と烏間先輩に呼ばれたので「あ、私あっち行くんで」「俺と烏間とどっちが大事だ!」なんて言われながら烏間先輩のテーブルについた。烏間先輩の隣には丸太先輩も座っていた。


「お疲れ様です」

「お疲れ。寒いなー、早く鍋食いたい」

「お、空木ちゃん、そのマフラー、クリスマスプレゼント?」

「違いますよ」チェック模様のマフラーを外しながら、丸太先輩に苦笑して「前から持ってたヤツです。烏間先輩のマフラーは新品でしょうけどね」

目敏めざといな、空木」

「烏間の惚気話はええわ、忘年会と一緒に忘れたいわ」


 チッ、と丸太先輩は男らしく舌打ちした。


「他、誰来るかな」

「1回生呼ぼうぜ、1回生」

「先輩が雁首がんくびそろえてるとこに呼んでも可哀想やろ。アンタ誰と仲良いん」

「1回生だと松隆かなぁ」


 心臓が跳ねた。ドクンドクンと音がうるさくなり始める。


「あ、茉莉ちゃんおるやん。茉莉ちゃーん、こっち座ろー」

「はーい!」


 隣にやってきた茉莉は、例の財布バッグを身に着けていた。お気に入りだというのは本当らしい。そんなことも目敏く見ながら「茉莉、コートかけようか」「ありがとー」と立ち上がって壁のハンガーに向き直っていると、背中で「松隆ー、こっち座れよー」「それ、パワハラですよ」という声が聞こえて、ドクンと更に心臓が大きく跳ねた。


 振り向けば「来るならパワハラとか言わなきゃいいのに」「パワハラの結果、来るんですよ?」と烏間先輩の隣に松隆がやってきたところだった。


「……松隆、コートかけようか」

「ああ、いえ、大丈夫ですよ。自分でやるんで」


 グレーのマフラーと、ダークネイビーのピーコート。それを脱ぎながら、松隆は私の手からハンガーを受け取った。


「久しぶりですね」

「え?」


 さっさと座って知らんぷりをしてしまおうと思っていたのに話しかけられて、戸惑いのあまり大きな声が出た。でも松隆のほうこそ知らん顔だ。


「最近、サークルも来ないんで。随分長い間会ってないなと思いまして」

「……まあ、冬期講習が忙しかったから」

「それはまあ、そうなんでしょうけど」


 他に理由があるんじゃないですか? そう聞こえた気がしたけれど無視した。


 松隆は烏間先輩の隣に収まった。茉莉の隣、松隆の前には1回生の馬口が座った。


「今年も1年、お疲れさまでしたー!」


 広い座敷で、部長が声を張り上げる。グラスを掲げ、「カンパーイ」という音頭おんどに合わせて唱和しょうわした。


 紘は、私とは2つ離れたテーブルに座っていた。テーブルのメンバーは男ばかりだった。


「はぁーっ、今年も終わったぁ」


 丸太先輩が生ビールを飲み干し「ぷはぁっ」と男らしく息継ぎをする。烏間先輩のほうが大人しい態度でビールを飲みながら「まだ2週間ちょいあるだろ。でも終わりだなあ」と頷いた。


「今年は忘年会じゃなくて忘会やわ。なんもかんも忘れることにした」

「なにかあったんですか?」と茉莉。


「彼氏にフラれたんだって」と烏間先輩。


「クリスマス目前に乗り換えられたわ、ほんま腹立つ」


 ダンッと丸太先輩は空っぽのグラスをテーブルに叩きつける。烏間先輩が横からビールを注ぎ、丸太先輩は注がれたそばからグラスを空にする。忘年会はスタートからトップスピードだ。


「ただフラれるならええねん、それならまだ許せる。でも乗り換えはあかんやろ。どっかで付き合ってる期間被ってるってことやから裏切りやん」

「浮気相手、どんなだったんだよ」

「あたしと真逆でふわふわ可愛い系やったわ。しかも酒は弱い!」


 おくせず切り込んでくる烏間先輩を睨みながら、丸太先輩は苦々し気に言い放った。丸太先輩は黒髪でショートカット、しかも身長は170センチ近く、自他ともに認めるサバサバ系で、その性格にぴったりな酒豪だった。


「あたしがお前の晩酌に何度付き合ってやったと思ってんねん。お前みたいな酒好きにとって酒飲めん彼女なんてヴァーチャル彼女と大差ないからな。絶対苦労するからな! 覚えてろよ!」

「そのうち酒飲める彼女のありがたみが分かって戻ってくるんじゃね」

「フラれた男に追いすがるほど女すたってないわ」

「丸太先輩、かっこよすぎでしょ」


 男の後輩・馬口をもってしてそう言わしめ、丸太先輩は「ふんっ」と更にビールを煽った。


「なんか面白い話聞きたいわ。馬口なんか話して」

「えー……いやそんなこと急に言われても……」

「そういえば馬口まぐち、告った相手が先輩の元カノだったって話、本当?」と早速松隆。

「なんでそれをバラすんだよ!」


 白羽の矢を立てられた馬口こうはいが顔を真っ赤にして狼狽する。向かい側の烏間先輩は「あー、俺もその話聞いた」と頷いた。


「インカレのほうにいた女子で、2回生だっけ? 1年半もあれば誰かの彼女にはなってそうだけどな」

「だからって先輩の元カノとは思わないじゃないですか!」

「そもそも先輩とその元カノはどうやって知り合ったの」

「……先輩はその彼女と別れて気まずくてサークルやめたらしいです」

「それはお前の調査不足だわ」


 笑い飛ばされた馬口は「そういえば、最近気まずくてサークルやめたといえば今出さんがいますよねえ!」とわざとらしく声を張り上げた。当人でもないのに、なぜか私がビクリと肩を震わせてしまった。そっと松隆を盗み見ると、平然とリンゴジュースを飲みながら「いない人間のことをあれこれ言うのはどうかと思うけど」。


「お前! 俺を売ったくせに!」

「なあ、松隆ってなんで彼女作らんの?」

「なんでと言われても」


 不思議そうな丸太先輩に、松隆は眉を吊り上げる。茉莉も激しく頷いた。


「本当に、松隆くんはイケメンですよね。学祭の軍服姿もめっちゃくちゃかっこよかったですからね!」


 学祭の写真は、サークルのグループラインに上がっていた。


「あー、あの写真な。あれやばかったわ、1枚いくらで売れるんやろおもた」

「ちょっと、人の顔を売らないでくださいよ」


 私は、怖くて、学祭の写真を見ることができていない。


「でもほんまにめっちゃ顔いいやんな。彼女作り放題やん」

「彼女ってそんなに大量に作るもんでしたっけ」

「いやでも、マジ、僕もそれは思ってたんすよ!」馬口がすかさず食いついて「コイツ、マージで女子に興味示さないですからね! もしかして山科とデキてんのかなってくらい、マジで興味がない!」

「まさか。ちゃんと興味は示すよ」

「え、じゃあどんなんが好みなん」

「えー、まあ、話が合う人ですかね……」

「そんなんいくらでもおるやろ、絞れてないで」

「松隆、幼馴染いるんじゃないっけ」


 その言葉が口をついて出てしまい、テーブルのメンバーの顔が一斉にこちらを向いた。当人の松隆と烏間先輩は目を点にし、馬口に茉莉、そして丸太先輩は格好の酒のさかなに目を輝かせた。


「もしかして幼馴染にずっと片想いしてる!?」

「マジその世界線に生まれてぇー!」

「一途やわあ。顔がイケメンで中身もそんなイケメンでどうすんねん」

「僕、何も言ってなくないですか?」

「幼馴染って、この間、浪速大の学祭に一緒に行ってたヤツ?」


 ニヤニヤしながらそんな助け船を出したのは烏間先輩だ。「なにそれ?」と丸太先輩が身を乗り出す。


「浪速大の学祭行ったら、松隆に会ってさ。幼馴染と一緒に来てたんだよ。それかなと思って」


 浪速大学の学祭に幼馴染と一緒に行った、その幼馴染のお兄さんが浪速大学だから、その幼馴染には夏休みにも会っていた──どれも松隆の口から聞いたことがある話だった。


 イヤな情報をバラされたと思ったのか、松隆は顔をしかめる。


「烏間先輩……」

「どんな子? 可愛い系?」

「まあ、可愛い系では?」

「お前イケメンのくせに可愛い幼馴染までいるのか!」

「料理上手なんじゃないの」また、その幼馴染について知っているだけの情報が口をついて出てしまって「家事か料理かにうるさい幼馴染がいるって言ってたじゃん」


 途端、じっと松隆に見られた。その探るような目に身構えたけれど、松隆は何も言わず……。ただ馬口が「うらやましい……」と呟いただけだった。丸太先輩が「え、で、どうなん、料理上手な子のことなん?」と促す。


「いや、まあ、その幼馴染ですけどね……」

「マジか。なんで落とせへんの。もう彼氏おるん」

「いやいないですけど」

「松隆の顔なら押し倒したら楽勝やろ」

「丸太先輩、品がない」

「お上品な顔立ちしてるもんな、松隆」

「そういうことじゃないでしょ」


 松隆は私を見ない。ただ、私が話していないから、私を見ていないだけ。


 それなのに、まるで顔を背けられているかのような気がしたのは、気のせいだろうか。


 そこから暫く、鍋をつつきながら、年内の出来事のあれやこれやを忘年会らしく振り返った。酒豪の丸太先輩がいるせいでテーブルの酒は進み、烏間先輩でさえうっすらと顔を赤くするほど飲んでいた。たまに喜多山先輩が乱入して更に酒を勧めていた。

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