第3話 空木、大宮と喧嘩でもしてんの?
「空木、松隆見てない?」
一試合終えた私にそう声をかけたのは
烏間先輩は、まさしく名前のとおり
しかも、その美貌までもが松隆と並ぶ。松隆のように唖然とするほどではないけれど、10人が10人「イケメン」と言うレベルの整った顔だ。我がサークルでは松隆と烏間先輩が美形の双璧である。
それはさておき、松隆を探しているといわれても、コートにいないなら私は知らない。コートを離れながら「見てませんけど……」と返せば「ああ、やっぱり? 今週見かけてないんだよな」ラケットを脇に挟んで、烏間先輩はしかめっ面をしてみせる。長い前髪が風に煽られてふわりと揺れた。
「そういえば今週は見かけませんね。松隆って他のサークル入ってましたっけ?」
来月末に学祭があるので、サークルを掛け持ちしていると別のサークルの準備に駆り出されることは多々ある。
「いや、入ってないはず。体調崩してんのかなぁ」
「なんで体調? 風邪なんか引いてましたっけ」
ピンポイントだなと眉を吊り上げると「日曜、たこぱの約束してたんだけど、風邪引いたって来なかったんだよ。そのままこじらせたのかなと」。
「連絡つかないんですか?」
「ん、いや連絡はしてない」
そこまでの興味はないとでも付け加えそうな口調だった。烏間先輩と松隆は仲が良いけど(美形の類友なのかもしれない)、男同士の仲なんてその程度のドライなものなのだろう。
「してあげてくださいよ……。松隆、一人暮らしですし、風邪こじらせて死んでてもおかしくないですよ」
「俺に責任はないからセーフ」
「そういう問題じゃないでしょ。連絡してみますか」
更衣室にスマホを取りに行き、戻ってきながら松隆とのLINEを開く。LINEメッセージのやり取りは「おやすみ!」「おやすみなさい」で終わっていた。
「なに? 大宮から松隆に乗り換えたの?」
「そんなわけないじゃないですか」
画面を覗き込んだ烏間先輩が楽しそうな声で茶々を入れる。でも確かに、おやすみを言い合うなんて彼氏と彼女のようなやり取りだ。
「電話してみますかね」
「そんな心配する? 大丈夫だろ」
「言い始めたの先輩ですよ!」
「つか空木、大宮と喧嘩でもしてんの?」
「…………なんですか、
紘は奥のコートでランダをしている。確かに今日、私と紘は会話はしていない。しかし、そもそも私と紘がコートで話しているのは稀だ。なにも勘繰る要素はない……はず。
実際、烏間先輩がただカマをかけただけだというのはその笑みを見れば分かった。
「先輩……!」
「いやあ、実際心配してるんだよ。最近、空木は松隆といることが多いし、大宮は富野といることが多いし」
「……私ってやっぱり松隆と仲良すぎます?」
つい数日前も紘に注意されたばかりだけれど、本当に、客観的にもそうなのだろうか。おそるおそる尋ねた私に、烏間先輩は「いや?」と肩を竦めてみせた。
「まあ、仲が良いなとは思うけど、普通だろ。俺と空木くらいの仲じゃない」
「で、ですよね!」
「大宮に言っとけ、男の嫉妬は
「別に、紘は嫉妬したわけじゃないですよ……」
むしろ嫉妬ならよかったのに。溜息を吐きながら松隆に「学校来てる?」とLINEをした。松隆は既読が早いので、なんともなければすぐ返事が来るだろう。
「で、実際大宮と仲良くやってる?」
「……仲悪くはないですよ」
「間あったぞ、間」
やはり何か知っているのか、烏間先輩はわざとらしい溜息を吐いた。
「付き合い立てはあんなに仲良かったのにな。今となっては大宮は富野と津川、空木は松隆と仲良くしてる始末」
「私と松隆の仲はいいじゃないですか、ただの先輩と後輩ですよ」
「ってことは大宮があの2人と仲が良いのには思うところがあるわけか」
「くっ……」
微妙な言葉選びに現れた本心を簡単に読み取られた。この先輩の前では松隆と同じくらい隠し事ができない……。烏間先輩は、コートの外で休憩をしている茉莉と沙那を示しながら「ま、酒の席がいつも同じってなると心配だろうなあ」と同情してくれる。
「……そういうもんです?」
「まあ。特に津川は酒癖悪いし、男がいても男に手出そうだし、俺の彼女でも津川みたいなのがいるって知ったら心配するかもなあ」
「先輩の彼女、同心社ですっけ」
「ああ、うん」
うちのサークルで一、二を争うイケメンであるにも関わらず、烏間先輩に言い寄る女子がいないのは、烏間先輩は他大に彼女がいるからだ。それだけなら付け入る隙を考える女子もいるかもしれないけれど、3年近く付き合っているらしいと聞けば、この大学3年間に烏間先輩が一切よそ見をしなかったことが分かるので、あえて手を出す女子はいない。
「……彼女さんに心配とかされないんです? ほら、先輩、一応イケメンですし」
「お前、俺のこと馬鹿にしてるだろ」笑いながら「特に心配されたことはないかな」
「彼女さん、あんまり気にしないタイプなんですか? その、彼氏が別の大学にいて、しかもイケメンで、テニサーなんてものに入ってたら、普通は心配になると思うんですけど」
「普通は」とあくまで一般論であることを強調するふりをしたけれど、少なくとも、私が烏間先輩の彼女の立場ならそうだ。同じ大学で同じサークルの現実でさえ、私は紘の交友関係にやきもきしてしまうのに、これで別の大学だったらと思うと、想像するだけでも心がざわついてしまう。
でも、逆に、何も知らなければ気にならないような気もした。実際、紘はサッカーサークルにも入っているし、そっちには女子マネージャーもいる。それでもって、部員はマネージャーも含めて仲が良く、紘はマネージャーも含めたメンバーで度々旅行をしている。それでも、そのマネージャーの子達との関係が気になったことはない。そのマネージャーたちと茉莉との違いは、一体何なのだろうと、時々首を捻る。
烏間先輩は「心配ねえ……」と覚えがなさそうに首を捻った。
「何かにつけて心配されるなんてことは全くないけど、全然気にならないタイプじゃないとは思う。周りに可愛くて仲良い子いるとやきもきはするんじゃないかな。それこそ空木の話とかするけど、空木が大宮と付き合ってなかったら嫉妬されたかも」
「あ、いま私のこと可愛いって言ってくださいました?」
「言ったけど、大宮に聞かれたらテニスでコテンパンにされそうな気がするから撤回しよう」
「そんなことで嫉妬なんかしませんよ、紘は」
せいぜい「よかったじゃん、可愛いって言ってくれる先輩いて」と返事をしてくれる程度だ。
「そういう先輩は、彼女さんに嫉妬されないんですか?」
「ん、だから全くされないわけじゃないけど、基本はない。というか、付き合ってからはないかも」うーん、と考えるように虚空に視線を投げながら「まあ、お互いのことよく分かってるし、信頼もしてるし。俺もだけど、相手が浮気するようなヤツじゃないって分かってるからな」
……私が嫉妬してしまうのは、紘のことを信頼していないからなのだろうか。
そんなことを考えて黙り込んでしまうと、タイミングよくスマホが光った。視線を落とせば、松隆から「行ってないです」「今日は飲みにいけませんよ」と立て続けに返事がきていた。まるで私が
「松隆、大学来てないみたいですよ」
烏間先輩にそう伝えながら、松隆に『烏間先輩に聞いたんだけど、風邪? 生きてる?』と打った。そのまま既読がついたので、じっと返事を待っていると、烏間先輩が私のスマホを覗き込む。
「ああ、マジ? 本当に体調崩してんだな」
「らしいですよ。日曜からって考えると、まあまあ長いですね」
今日は水曜日、すでに4日目だ。スマホの画面にはヒュッと次の吹き出しが現れ『風邪です。いつでもお見舞いを待ってます』と元気そうな返事がきた。
「先輩」
「なんで俺。空木が行ったほうが喜ぶだろ」
「烏間先輩でも喜ぶでしょ。松隆が懐いてる3回生といえば烏間先輩ですし」
「それをいうなら、松隆が懐いてる2回生といえば、だろ。男がいくより女がいくほうが嬉しいに決まってるんだから行ってやれよ」
「……紘に松隆と仲が良すぎるって言われたんですよ!」
どうせ烏間先輩は面倒くさがって松隆の様子など見に行かないだろう、そう判断して絞り出せば「あ、んじゃ大宮には黙っとくから」と期待していたのとは別の回答がきた。
「それはそれで……私がやましいことしてるみたいじゃないですか……ただの後輩のお見舞いなのに……!」
「やましくないから報告しなかった、これでいいんじゃない」
そんなことを言ったら、紘が茉莉と出かけたり飲みに行くのを報告しないのは「やましくないから」だという理由ができてしまう。そういうわけにはいかない。
「ま、空木は真面目だから浮気なんてしないだろうし、大宮の心配は見当はずれもいいところだとは思うけどさ」烏間先輩は金網に引っ掛けていたジャージを手に取って「そういうことなら、後輩のために俺も一緒に行きますかね」
「先輩1人で行けば……」
「LINEした相手は空木なのに、見舞いに来たのは俺。空木に避けられてるんじゃないか、なんて悩む松隆が可哀想だなあ」
「
「それは松隆のことがまだまだ分かってないぞ」
コートから立ち去る準備をしながら、烏間先輩はスマホを貸してくれとでもいうように、私に向かって手を差しだす。言われるがままに貸せば、烏間先輩はそのまま電話をかけ「元気? 空木じゃなくて残念でした」なんてからかいながら「いまから空木と見舞い行くわ。なんか欲しいものある?」私が行くことを決めてしまう。思わず紘の姿を探せば、紘はランダを終え、私達とはコートを挟んで反対側に立ち、武田と話しているところだった。
「松隆、アイス食いたいって」
ひょいと私の手にスマホを返しながら、烏間先輩は「俺と一緒ならいいだろ」とコートの外へ足を向けてしまった。
私はもう一度紘を見る。コートを挟んで反対側とはいえ、紘が私を見ているか見ていないかくらいは分かる。紘は私を見ていなかった。
「……分かりましたよ」
実際、返事はともかくとして3日も大学に来ていないとなれば心配ではある。顔を背けるようにして紘から視線を外した。
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