非力な僕の二刀流

烏川 ハル

非力な僕の二刀流

   

「あっ!」

 鍔迫り合いで力負けして、僕は右手の剣を落としてしまった。

 一瞬、頭の中が真っ白になる。

 すぐに「右手がフリーになったのだから、左手で握る剣の方に添えるべき」と思い当たるが、間に合わなかった。

「隙あり!」

 対戦相手のアルフレッドが、嬉しそうに叫びながら、左右の剣で僕を叩きのめす。

「そこまで!」

 審判役の声が響き渡り、今日の模擬対戦も、僕の敗北で幕を閉じた。


「連戦連敗じゃないか」

「情けないなあ、あいつ」

「ノーザンノイエ家の面汚しだな」

 周りの騎士たちの笑い声が聞こえてくる。

 項垂れたまま、僕が何も言えずにいると……。

「それでも映えあるノーザンノイエ家の嫡男か! 顔を上げろ、ハンス!」

 いつものように、一喝されてしまう。

 恐る恐る顔を上げれば、鬼のような形相で僕を睨む、厳しい父上の姿が視界に入るのだった。




 僕の名前は、ハンス・ノーザンノイエ。

 騎士の名門であるノーザンノイエ家の一人息子だ。

 自分で自分の家系を「騎士の名門」と称するのは少し照れ臭いが、我が家は代々、王国騎士団の剣術指南を担っているくらいだから、誰がどう見ても「騎士の名門」なのだろう。

 僕も小さい頃から一通りの剣術を叩き込まれて、一般的な型ならば普通に扱えるようになったのだが……。

 問題は、我が家に伝わる独特の剣術、ノーザンノイエ二刀流が僕には向いていない、ということだった。


 言い伝えによれば、今から300年ほど昔。

 修行の旅に出ていたご先祖さまが、王国の北にある山中の洞窟で、二頭竜ツイン・ヘッド・ドラゴンに出くわした。

 魔法耐性を持つ竜族であり、物理攻撃しか通用しない。剣術修行の成果を試すには格好の相手であり、ご先祖さまは勇んで立ち向かったのだが……。

 右の頭に斬りつければ左の頭が、左を相手すれば右が、それぞれ反撃してくる。二つの頭で互いをカバーし合うのが、二頭竜ツイン・ヘッド・ドラゴンの戦術だった。

 ならば、二つの頭を同時に叩くしかない。

 そう考えたご先祖さまは、腰に差しているいつもの剣に加えて、背中に担いでいた予備の剣も使用。咄嗟に編み出した二刀流により、見事、二頭竜ツイン・ヘッド・ドラゴンを退治したという。

 ご先祖さまを開祖とする二刀流は、竜退治の噂と共に王国中に広まり、やがてノーザンノイエ家が、王国騎士団の指南役として召し抱えられたのだった。




「えいっ! えいっ!」

 空も薄暗くなった夕方の遅い時間、いつものように僕は、裏庭の木陰で剣を振るう。

 一人で素振りするのは、鍛錬のための日課であると同時に、幸せな時間でもあった。心を無にして剣に身を委ねると、それだけで身体中が何かに満たされるような感覚になるのだ。

 ただし。

 僕の素振りは、ノーザンノイエ二刀流の型ではなかった。両手で一本の剣を握るという、ごく一般的な剣術の型だった。


「……」

 いったん素振りを止めて、右手一本で剣を持ってみる。

 ずっしりと重量感が伝わってきて、早速、腕が疲れたような気分になる。数分程度ならばまだしも、この状態で一試合ずっと戦えるとは思えなかった。

 二刀流の騎士にしては、僕は非力すぎるのだろう。

「生まれる家を間違えちゃったのかなあ……」

 そんな独り言が、僕の口から漏れる。

 正直、二刀流さえ使わなければ、騎士道場の誰が相手でも負けないと思う。一般的な剣術の型どころか、槍術や棒術、薙刀術の型すら遊び半分で覚えてしまったくらいだ。武芸全般に自信があった。

「でも、ノーザンノイエ家の騎士としては、それじゃダメなんだよな。二刀流じゃないと、認めてもらえない……」

 ご先祖さまのように、二本の剣を同時に使わないと……。

 そこまで考えた時、一つのアイデアが浮かんできた。




 数日後の模擬対戦。

 前回と同じく、対戦相手はアルフレッドだ。

「始めっ!」

 審判役の声と同時に、アルフレッドが二本の剣を抜いた。

 一瞬だけ遅れて僕も構えると、彼は少し怪訝な顔をする。

「……ん? 何のつもりだ?」

 僕の構えは通常とは違っており、右の剣は普通に順手の持ち方だが、左は逆手持ちだったのだ。

 ただし、これもノーザンノイエ二刀流の型の一つ。いきなり使うのが珍しいだけで、ここまでは驚くべき話ではなかった。

 続いて僕は、左右の剣を少しずつ近づけて……。

 二つの剣のを、完全に重ねてしまった!


「何だ、あれ?」

双刃刀ツイン・ブレードのつもりか!?」

 見物の騎士たちが騒いでいる。

 確かに、いわば即席の双刃刀ツイン・ブレードだった。

 二本の剣を両手で合わせ持つ格好だ。二つのを逆向きに重ねることにより、それぞれの手で同時に両方のを握る形だった。上のやいばに相当する刀を順手、下の方を逆手とする双刃刀ツイン・ブレードだ。


「お前、馬鹿じゃないのか?」

 こちらを見下すような言葉でありながら、アルフレッドの声に焦りの色が混じっているのを、僕は聞き逃さなかった。

「お前は非力だから、片手で一本ずつは無理。だから両手で二本。……そう考えたんだろ? だけど、それじゃ結局、一つの手にかかる負担は同じだぜ!」

「それはどうかな?」

 あえてニヤリと笑ってみせる。

 確かに彼が言う通り、二本分の剣の重さを左右の手で持つ以上、単純計算では、それぞれの手にかかるのは一本分ずつ。

 でも数字の問題ではないのだ。「両手で持つ」という意識が心理的に僕を楽にするし、両手持ちならば安定感が増す、という効果もあった。

 さらに……。

 少し構えを動かすと、今度こそアルフレッドは大きく驚いた。

「何っ!?」

 新しい僕のスタイルが、上側のやいばを肩に担ぐ格好だったからだ。


 剣というものは、基本的に片刃だ。銀色に輝くやいばの部分も、斬れ味が良いのは敵に向ける面だけであり、反対側は全く斬れない峰という構造になっている。峰打ちという言葉もあるように、叩くための武器としては使えるが、少なくとも刃物とは呼べなかった。

 だから峰の部分を自分の肩に当てて、寝かせるようにして剣を担ぐことも可能であり、これは誰でも経験のある姿勢だろう。

 ただし、それは普通、剣を休ませる時だけ。敵と向き合っている最中さいちゅうまで肩に担いでいたら、剣の切先は敵とは反対側となり、斬り込まれても咄嗟に反応しにくい。

 しかし、双刃刀ツイン・ブレードならば話は別だった。上側のやいばを肩に寝かせたまま、下側のやいばは、きちんと前面の敵に向けられている。

 しかもこの格好ならば、両手に加えて肩でも二本の剣の重量を分かち合う形になり、非力な僕でも、存分に剣を操れるのだった。


「み、見かけ倒しだ! 俺は騙されないぞ!」

 声を震わせながら、アルフレッドが斬り込んでくるが……。




 一時間も経たないうちに、審判役の声が響き渡る。

「そこまで!」

 目の前ではアルフレッドが、僕に叩きのめされて、無様に横たわっていた。


 そもそも双刃刀ツイン・ブレードという武器は、剣というより、槍や薙刀に近いものだという。その点、そうした武術も少し齧っている僕には、最適の武器だった。

 しかも本物の双刃刀ツイン・ブレードではなく、二本の剣を合わせ持っているだけなのだ。だから戦いの途中でそれぞれに分離して、本来の二本として扱うのも容易であり、変幻自在の剣術となった。

 僕だって元々、短い時間ならば普通に片手で剣を扱える騎士だ。双刃刀ツイン・ブレード状態で肩に寝かせて、少し休ませる時間を挟むことにより、ようやくノーザンノイエ二刀流を使いこなせるようになったのだろう。


 こうして僕は、向かうところ敵なしになった……と言ったら大袈裟だが、少なくとも騎士道場のトップレベルまで昇り詰めたのは間違いない。

 道場の騎士たちは皆「さすがノーザンノイエ家の嫡男だ」と噂している。

 我が家に伝わる剣術に勝手なアレンジを加えてしまったけれど、父上は何も文句を言ってこないので、認めてくれているのだろう。結果さえ出せば十分、というのが父上の方針のようだ。


 双刃刀ツイン・ブレードにしろ二刀流にしろ、元々、複数の敵を相手する際に、特に有効とされていた。だからその二つを組み合わせた剣術は、実戦では大いに役立つと思われて、王国騎士団の間ではかなりの人気らしい。

 この分ならば、いずれは父上の跡を継いで、すんなりと僕が王国騎士団の指南役に収まれそうだ。

 それどころか……。

 もしかしたら、ノーザンノイエ新・二刀流の開祖として、僕の名前が王国の歴史に残るのではないだろうか。




(「非力な僕の二刀流」完)

   

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非力な僕の二刀流 烏川 ハル @haru_karasugawa

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