萩市立地球防衛軍★KACその②【推し活編】

暗黒星雲

黒猫の推し活

 ここはショッピングモールの一角にあるアニメショップである。


 正面入り口付近に設置してある平台には、おびただしい数の原作本やコミック、解説本等が山積みにされていた。また、その奥側にはフィギュアやキーホルダー、抱き枕などのグッズ、宇宙船やパワードスーツのプラモなども多数展示されていた。


 アニメ映画のフェアが開催されている。それは、個性豊かな五人の少女が太陽系を駆け巡り、困難な救助ミッションを成功させる物語だ。タイトルは「美少女レスキュー★ビューティーファイブ」である。


 一人の青年が、その売り場前をウロウロしていた。ドレッドヘアが特徴的な黒人で、ジーンズに革ジャンを羽織っているだけのラフな服装だ。彼は一体のフィギュアを手に取り、それに熱い眼差しを送っていた。


「やはりここにいたか」

「はい。総司令の予想通りです」

「監視されている事に気づいていないな」

「はい。もう、グッズに夢中です」


 やや離れた場所で、その青年を監視している二人組がいた。金髪ツインテの女児と金属製のアンドロイドだった。


「なあソフィア。奴はどの娘にご執心なのかな?」

「ララ様、それはきっとビューティーファイブで唯一ぽっちゃり系美少女の黒田星子くろだせいこです」

黒子クロコか。確かにぽっちゃり系だが、肥満とは言えないだろう?」

「はい。彼、黒猫はデブ専との情報があります。それはもう信じがたいのですが……」

「だな。しかしこれは、奴が趣旨替えしたという事なのだろうか?」

「詳細は不明です。総司令が用意されたデータによると、黒猫さんの好みは身長160センチ前後、体重は80キロ以上、バストサイズは100以上との事です」

「黒子はどうだ?」

「公式データによりますと、身長158センチ、体重57キロ、スリーサイズは上から94、58、89となっております」

「それはかなり控えめなのでは?」

「え? これは公式ファンブックに記載されている数値ですが」

「アレでも一応アイドルだからな。正確なのは身長だけで、他の数値は全て控えめにしてあるはずだ」

「ファン向けのサービスってところでしょうか」

「うむ。当然だが、馬鹿作者の脳内設定ではもっとぽよんぽよんだと思うぞ。恐らく体重は66キロ、スリーサイズは上から96、66、92だろうな」

「よくご存知ですね」

「勘だ。私はその辺の、バストサイズとかの勘は鋭いんだ」

「あ、ララ様。黒猫さん会計されるみたいですよ」


 原作本などの書籍にフィギュアやプラモ、キーホルダーやスマホケースなどを、買い物かご一杯につめこんだ黒猫がレジへと向かう。右腕には、ほぼ等身大であろう黒田星子の抱き枕を抱えていた。


「プレゼント包装はいたしますか」

「不要だ」

「では、77545円となります」

「支払いはカードで」

「ありがとうございます。こちらの端末にセットした後、暗証番号の入力をお願いします」


 黒猫が会計を済ませている間も、ララとソフィアは話し合っていた。


「あんなに買いやがったぞ。約8万じゃないか」

「はいララ様。あの〝推し〟にかける情熱は本物だと思います」

「しかし、黒猫は本当に黒田星子〝推し〟なんだろうか? 何か裏があるような気がする」

「そうですね。もう少し監視しましょう」


 ララとソフィアが頷き合う。

 黒猫は大きなショッピングバック二つと抱き枕を抱え、アニメショップから出ていった。そのままショッピングモールの駐車場へと向かい、黒いハイラックスに乗り込む。


「ララ様、これは不味いです。私たちのスープラは向いの立体駐車場です。そちらへ向かっている間に逃げられます」

「仕方がない。走るぞ」

「あの……もしかして加速装置を使えと?」

「当然だ。貴様の秘匿装備が読者にバレてしまうが無視しろ」

「はい。ララ様はどうされますか? 私がおんぶしましょうか」

「不要だ。私も走る」


 ララの体が黄金色に輝き始めた。そして光の残像を残しながら瞬間的に数メートル移動した。


「ソフィア、遅れるな」

「了解」


 ソフィアの体も黄金色に輝き始め、そして数メートルを瞬間的に移動した。


「追うぞ」

「はい」


 黒猫のハイラックスはショッピングモールを出て郊外へと向かっていた。阿武川そばの県道を上流へと走行している。阿武川ダムを過ぎ、ダム湖周辺の道をさらに上流へと向かう。


「これは、長門峡に向かっていますね」

「そうだな。何故、自宅に戻らん。ベッドで抱き枕を堪能したくはないのか」

「通常ならば、黒子クロコちゃーんって叫びながら抱き枕にキスしまくると思いますが」

「これは変だ。きっと何かある」

「間違いありません」


 ララとソフィアは、時折立ち止まっては話し合い、また黄金の光をまとって黒猫のハイラックスを追う。ハイラックスは長門峡へと入る直前に脇道へと入り、狭い未舗装路を進んでいった。


4WD車ハイラックスを使った理由はこれか」

「恐らく。彼は通常、防衛軍のバンハイエースを使ってます」

「最近、燃料代も高騰しているからな。なるべく自家用車は使いたくないだろう」

「あ、止まりますよ」


 ハイラックスは林を抜けた後、河原へと降りて行った。通常のセダンではとても走れない、雑草の生い茂っている場所だ。ララとソフィアは、木陰でその様子をうかがっている。


「お待たせしました」


 車から降りた黒猫の言葉に反応し、突如、二つの人影が浮かび上がる。それは次第に猫獣人の姿となった。でっぷりと肥えた体重が100キロはありそうな女性の白猫獣人と、長身でスマートな男性のサバトラ猫獣人だった。白猫獣人が黒猫に声をかける。


「ああ、コウ少尉。約束のお品は?」

「後部座席に。ご希望通り揃えてあります」

「拝見してもよろしくて?」

「どうぞ」


 白猫獣人が後部座席のドアを開け、抱き枕を見つけて叫んだ。


「キャー。黒子クロコちゃん! 可愛すぎますう!」


 そして抱き枕にキスを何回も浴びせた。


「ああん。欲しい物が全部そろってるわ。いやーん。素敵!」


 白猫獣人がハイラックスの後部座席で悶えている。彼女は巨体であるが故、車両はグラグラと揺れていた。


「コウ少尉。此度は何とお礼を申し上げてよいか。姫もたいそう喜んでおられます」

「それは良かった。では報酬を賜りたいのですが」

「かしこまりました。姫、ハウラ姫」


 ハウラ姫と呼ばれた白猫獣人が車から降りてきた。彼女は両手にパワードスーツのプラモを抱えていた。


「イスハーク。これ、最初にこれを作って。飛鳥奪還作戦の時、黒子ちゃんが操縦してたの」

「かしこまりました。後でお作りしますので、今はコウ少尉に報酬を」

「そうね。そうだったわね。えーっと、希望は握手でしたか?」

「はい。お願いします」


 俯き加減の黒猫が右手を差し出す。かなり恥ずかしいらしい。ハウラ姫は黒猫の右手を両手で包むように握る。


「コウ少尉。握手だけでよろしくて?」

「え?」


 黒猫は目を見開き、ハウラ姫を見つめる。戸惑う黒猫を無視し、ハウラ姫は黒猫を両腕でがっしりと抱きしめてしまった。


「ああ。貴方も素敵よ。5分くらいこのままでいてくださるかしら」

「は……い……」


 黒猫は意識が飛んでしまったらしい。両手がピクピクと痙攣していた。


「ララ様。アレは猫獣人の星、キラリアのハウラ姫です」

「うむ。たいそう美しい姫がいるとの噂は聞いていたが、あんなだったとは意外だ」

「同意します。しかし、美しさの基準は文明ごとに異なります。ああいう美しさがあっても不思議ではありません」

「黒猫は猫獣人だ。ならばキラリア系の血が混じっていたのかもしれんな」

「はい」


 二人の会話に気づいたサバトラ猫獣人のイスハークが、笑顔で二人に近づいていく。


「これはこれは。ララ隊長でございますね。お世話になっております」

「私を知っていたか」

「もちろんでございます。此度は我が姫の、わがまま放題の願いを叶えて下さりありがとうございました」

「礼には及ばん。しかし、本当に黒子グッズで良かったのか?」

「はい。姫はあの、鷹揚で素っ頓狂な黒子さまが〝推し〟中の〝推し〟なのです。我が故郷では入手不可能なグッズでありますから、これはもうお金に換えることができない貴重な品物。それを快く提供いただいた事、深く感謝いたします」

「ところで、地球との防衛協定についてだが」

「はい。承知しております。非公式ではありますが、有事の際、我がキラリアの全艦隊が地球防衛の為に馳せ参じます」

「もう話は付いていたのか?」

「はい。総司令のミサキ様と既に」

「なるほど。私の役目はこの協定の確認であったのか」

「そのように存じます」


 ララとイスハークが熱い握手を交わした。ここに、萩市立地球防衛軍と猫獣人の星キラリアとの防衛協定が結ばれたのだ。


 ビューティーファイブの黒子は、黒猫の〝推し〟ではなくハウラ姫の〝推し〟だった。そして黒猫の〝推し〟はハウラ姫であった。


 ちなみに、ハウラ姫へと贈られたグッズの代金は黒猫の自腹である。


 

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