第42話 ナナと一緒

 その夜、毬は夢を見た。


 お母さんとおばあちゃんが虹の橋を渡っている。二人で『ゆりかごの唄』を歌っている。そして、その前には、まるで先導者のように、白と空色のセキセイインコが羽ばたいていた。良かった…、ナナも一緒に行けたんだ。毬がホッとして遠くからその光景を眺めていると、羽ばたくナナの羽が虹の七色に変わる。


 あ、お父さんが見たのってこれなのかな。すると次の瞬間、ナナはまた白と空色になる。うわ、ナナって変幻自在なんだ。感心して眺めているうちに、お母さんとおばあちゃんはアークのてっぺんを越えて次第に遠ざかってゆく。


 二人の頭上を飛ぶナナだけは七色がキラリと輝き、時々アークの上にひょこっと見えたが、やがてそれもすっかり見えなくなった。良かったね、みんな、ちゃんと辿り着けそうだ。見とれちゃって手を振るのを忘れてた。夢の中の毬は何の不思議も感じない、自然で美しい光景だった。


+++


 朝日が部屋に射し込み毬は目を覚ます。薄目を開き、腕を伸ばす。リアルな夢だった…。二人とも笑ってたな。ナナも楽しそうだった。きっとおばあちゃんに、お母さんの気持ちが伝わったんだ。毬は机の上のフォトフレームをちらっと見て枕の傍らに手を伸ばす。七色のナナ。キミが隣にいたからあんな夢を見れたのかな、キミが見させてくれたのかな。


 ぼーっとしていた頭の中は次第にくっきり冴えてゆく。霧が晴れて、木々の葉っぱの雫がはっきり見えるように。毬は七色のナナを腕に抱え、天井を眺めながら、想いを巡らす。そうか、もしかして…


 ナナが飛んで来たのは偶然じゃない。そしていなくなったのも。毬は今となっては現実うつつか夢かすら判らなくなったナナを思い浮かべた。


 ナナは虹を伝ってお父さんの肩に舞い降りた。そして役割を終えてまた元の場所に戻ったのだ。現世のセキセイインコは生き物であり寿命がある。どうあってもあたしとずっと一緒には居られない。だから入れ替わって、いや、本命である『七色のナナ』がやって来たのだ。謎なんてないんだよって、愛を伝える手紙をいだいて、愛したい人の手によって。


 一つ一つの出来事が繋がって今がある。おばあちゃんからお母さん、そしてあたし、きっとその先も。


 未来。


 あたしがこれから歩く道。そこへとずっと繋がっている。


 毬は起き上がり、パジャマのままベランダに出た。そして森に向かって手を合わせる。お母さん、おばあちゃん、それからナナ。どうぞ見守っていて下さい…。


 新しい毬の日々が始まった。



+++



 その週末、毬は朝からバタバタしている。


「まりー! そろそろ行くぞー、お墓参り」


 階下から徹の声が聞こえる。毬は慌てて叫ぶ。


「はーい」


「お母さんとおばあちゃんと両方行くから、急げー!」


「はいはい」


「帰りに交番にも寄るからなー」


「え? … うん」


 毬は鏡を覗き、髪をそっと手で直した。メイクは…しない。そしてリュックを掴み、机の上を振り返る。


 七色のナナと目が合う。


 毬は小さく肯いた。


「行こう! 一緒に」



 七色のナナを腕に抱いて、毬は階段を駈け下りた。


                        【おわり】

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