第41話 メッセージ

 その夜、ベッドの上で毬は七色背黄青のぬいぐるみを手にして眺めていた。これってもしかして、手作り? 大きさは丁度ナナサイズ。ちゃんと尻尾も重なって伸びていて、羽も一体ではなく丁寧に別に作ってある。あれ、嘴の横にちょっと茶色のシミがある。チョコでもついたのかな。後で拭いてあげよう。


 ん? 羽と身体との間には隙間があるけど、仕付け糸みたいなのがくっついている。羽も重なっていて、きちんと観察して作っていることが伺える。毬はベッドの上で起き上がり、ハサミを持って来た。仕付け糸を切れば羽を拡げることが出来そうだった。


 ぷち


 仕付け糸を切ると思った通りだった。羽は扇のように折り畳まれていて、そっと拡げると虹の七色が鮮やかに拡がった。すごい。お母さん、この頃から手芸が得意だったんだ。お父さんなんて未だにお母さんが作ったサコッシュを使ってる。


 そうか! お父さんが初めてナナを連れて帰った日、ナナはサコッシュのポケットに入ってやって来た。ナナには判ったんだ。お母さんの匂いが。


 毬が感慨にふけりながら羽を畳んでいるとふと、羽の下にスリットがあるのに気がついた。お腹にポケット? そうっと指を入れてみる。ん? 何かが入っている。そのまま指を入れるとスリットが千切れてしまいそうなので、毬は手芸用ピンセットを持って来て、そっと引っ張り出した。


 薄い紙だ。拡げてみるとそれは小さく折り畳まれた手紙だった。『お母さんへ』と題された小さな字で綴られた手紙。署名は『彩』とある。お母さんがおばあちゃんに書いた手紙? 毬は緊張しながら読み始めた。すぐに涙が頬を伝い始める。



###


 お母さんへ


 彩は本当は反省しています。お父さんが亡くなってから、お母さんに当たったり無視したり、せっかく彩のためにしてくれたことを、頭から否定したり、いつも後から後悔しています。ごめんなさい。その時はムカついたり、意地になったりで素直に聞けませんでした。本当にごめんなさい。

 お父さんがいなくなって、淋しいです。お父さんにも私は臭いって言ったり無視したり、あまりいい娘ではなかったと思うけど、だけどやっぱり、ずっといて欲しかったです。


 こんなこと、口で直接言えばいいのはわかっているけど、はずかしいので今は出来ません。ごめんなさい。


 この手紙はナナのお腹のポケットに入れます。ナナを作った時にね、ドラえもんみたいにポケットを作ったのよ。本当は中にオルゴールパーツを入れようかと思ってたの。お母さんが好きな『ゆりかごの唄』。でもいいのが見つからないし、ポケットだって小さすぎて入らなそうだから、代わりに手紙を入れることにしました。


 それで将来、彩が結婚する時に、ナナごとお母さんに渡します。だからそれまではここに書いたことは内緒です。


 いつもありがとう。本当は大好きだよ。

                                     彩

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「なんてこと…」


 毬は驚いた。驚きながら溢れた涙が止まらない。お母さん、あたしとそっくりだ。


 お母さん、自分の病気の行く末を知った時、一体どんな気持ちになっただろう。あたしを自分と似た境遇にしてしまうことに、どんなに悲嘆し絶望しただろう。あたしももっと優しくしてあげたら良かった。あたしは大丈夫って安心させてあげれば良かった。


 結果的にお母さんが家出したことで、この手紙はおばあちゃんに渡せなかった。こんな状態じゃ、お母さんにおばあちゃんのことを聞いても答える筈がない。お母さんの傷口をほじくり返すようなことをあたしは聞いていたんだ。お母さん、さぞや辛かっただろうな。ごめん、お母さん。


 そして何よりの驚き、この子の名前は『ナナ』なんだ。きっと虹の七色だからナナってつけた。あたしと一緒。いや、あたしがお母さんと一緒。ナナがいなくなってナナがやって来た。目くるめく運命と境遇、虹がサークルになって回っているみたい。


 それと、オルゴール。あたしがお母さんから貰ったオルゴールは『ゆりかごの唄』だ。あたしが小さい頃、お母さんがよく歌ってくれた曲。そして多分、おばあちゃんがお母さんに歌っていた曲。毬はオルゴールのネジを巻いて蓋を開ける。軽やかな音が弾き出される。毬の頭にもずっと残っている母の歌声。きっとお母さんの頭にも、ずっとおばあちゃんの歌声が残っていたに違いない。


 毬は机に置いた祖母と母が写ったフォトフレームの裾に、母の手紙を丁寧に貼り付けた。


「これでおばあちゃんも手紙が読めるよね。お母さんの気持ち、やっと伝わるよね」


+++


 毬は自分も書こうと思った。お父さんへの手紙。お母さんみたいにあたしも反省がたくさんだ。それであたしが結婚する時に、このナナごと、最後に渡すんだ。お母さんの約束をあたしが代わりに実現する。それで、その時あたしの隣には…上原さん、だったらいいな。


 毬はベッドから起き上がるとフォトフレームの隣に七色のナナを置いた。ナナが来てから買った、セキセイインコのイラスト入りレターペーパーを前にする。


 背筋を伸ばし涙を拭いて、七色のナナに向かってウィンク。そして毬はペンを取った。


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