第40話 七色背黄青

 更に一週間が経ち、上原巡査から連絡が入った。毬は色めき立ったが、ナナ発見ではないと言う。しかし大事なお話なのでお伺いしたいとのことだった。


 その夜、徹と毬が待つ中、上原巡査がスクーターで小平家へやって来た。リビングで巡査は切り出した。


「特に毬ちゃんには辛い中をすみません。ナナが部屋を出てしまったとのことですが、以前も古河さんの家を一人で抜け出しているので、ナナにとっては容易なことだったと思います。ナナには何か想いがあったのではないかと、私も思いました」


 毬は泣きそうになるのを堪えた。そう、ナナの想い。あの前の夜、あたしがナナに言い聞かせたんだ。おばあちゃんもお母さんも、もう空の上だって。ナナは聞いていた。


 ナナには羽がある。空の上に、おばあちゃんに、それからもしかしたらビデオでしか見た事のないお母さんに会いに行こうと思ったのかも知れない。毬にはそんな気がしていた。


 巡査は続ける。


「で、先日のビデオだけでなく、その後、もう少し調べました結果、やはり古河さんと、小平さんの奥様は親子だったと判りました。これで古河さんから以前に出されていた捜索願は結論が出たと言うことになります。それでその調べを進めている時に」


 巡査は持って来た小さな紙袋をテーブルの上に置いた。


「実は、私も古河さん宅に入らせてもらったんです。勿論弁護士立ち会いの元でです。するとこういうものがありましてね。弁護士も家財はみんな処分せよって言われていたから持って行っていいと言いましたので、持ち帰ったのです」


 そう言って巡査は紙袋に手を突っ込み、取り出したのは小さなフォトフレームだった。


「古河さんと娘さん、つまり小平さんの奥様、毬ちゃんのお母さんですね」


 毬はフォトフレームを受け取った。徹も覗き込む。


 この人が…おばあちゃん。徹もほぉーっとため息をつく。


 そこには優しく微笑む上品な女性が写っていた。その隣には毬も自分かと見紛うばかりの少女、毬の母・彩が並んでいる。キセキのツーショットだった。


 毬がテーブルにフォトフレームを置くのを確認して、巡査はもう一度紙袋に手を突っ込んだ。


「こちらはナナの友だちとしてどうかなって持って帰りました。まさか、ナナがいなくなるとは思っていなかったもので」


 巡査が取り出したのは、ぬいぐるみだった。虹の七色の羽を持つセキセイインコ。巡査の言葉は嘘ではない。たまたま手に取ったぬいぐるみである。だが、再びナナが失踪したと聞いた巡査は唇を噛み締め、そしてこのぬいぐるみに毬を守れと念じた。自分の手が届かない時に、代わりに毬を守れと。このぬいぐるみを手に取ったのはきっと偶然じゃない。巡査はその気持ちを混ぜ込んで続けた。


「お父さんがナナを保護されたとき、七色に見えたって毬ちゃんから聞いた覚えがあって、それってこう言う感じでしょうか。何だか不思議な縁がある気がします。ここに来たがっていたような」


 徹は驚いた。その通りだ。確かにこんなだった。幻覚じゃなかったのか?


 巡査はぬいぐるみをそっと持ち上げ、毬に手渡した。


 毬は渡された七色背黄青なないろせきせいを掌で包み込んだ。お母さんの形見? それも上原さんが持って来てくれた。毬にとってはその全てが心の琴線を震わせた。


 毬は間近で七色背黄青を見つめる。ナナがいなくなってキミが来るなんて、ナナはどこまでを繋いでくれようとしているのだろう。毬にはその七色背黄青のぬいぐるみこそが、全てを知っている気がした。

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