第37話 運命の再生

 上原巡査は奮闘したと言って良い。警察学校時代の同期生を経由し、恵子の家の状態を調べてもらった。そして市役所を通して財産管理がどうなっているのかを聞いた。すると恵子は生前から亡くなった後のことを弁護士に委ねていたことが判明した。


 巡査はその弁護士に連絡し、事情を話してみた。曰く、管内に住む故人の孫にあたると思われる高校生がルーツを探しているという話だ。恵子から娘の捜索願が出ていたことも一助になった。


 担当弁護士は一連の不思議なつながりに驚きながら、捜索願の解決の鍵になる可能性もあるとの巡査の言い分を認め、ビデオが見つかった場合は自分も内容確認を行うことを条件に、捜索を担当する生活安全課の警察官とともに『家探し』を行ってくれた。


 その結果、ビデオはあっさりと見つかった。亜澄の記憶通り、恵子の娘の部屋のビデオデッキの中に入っていたのだ。内容は他愛もないものだったが、娘の映像が過去のものとはいえ、捜索に役立つ可能性を弁護士も認めざるを得なかった。


 ただ、現物は財産でもあるので、DVDにダビングしてその係累の可能性のある個人と協力者になら見せてよいことになったのだ。上原巡査から連絡を受けた徹は、万歳をする毬を横目に、亜澄にも連絡を取って、上原巡査及び所轄署生活安全課の捜索担当官も立ち会いの元、小平家で見ることになった。亜澄は朱里も同行して来た。


 一同が小平家のリビングに集合し、プレイヤーに上原巡査がDVDをセットし、みんなを見渡した。


+++


「皆さん、よろしいですか」


 一同は緊張のカタマリだ。映像は、自宅に少女が帰ってくるところから始まった。その少女が恵子の娘らしく、ビデオは彼女の部屋の中から撮られているようだ。ドアが開き、中学校の制服を着た少女が入って来る。途端に上原巡査は目を丸くし、朱里は叫んだ。


「え? これ、毬じゃん!」


 朱里が叫ぶほど、中学生の少女は毬と似ていた。少女は部屋に居並ぶぬいぐるみたちに声を掛ける。


「ただいまー」


 毬は息を呑んだ。部屋に入って来たのを見ての『タダイマ』。ナナ、間違っていない…。


 少女は、床に落ちているぬいぐるみを見つけると叫んだ。


「たいへん!」


 毬は隣に座る朱里の手を握る。この言葉もナナのフレーズだ。


 映像の少女は床に落ちているぬいぐるみを手に取ると、自分の机の上に置き直した。画面では小さくて色模様までよく判らないが、それは小鳥のぬいぐるみに見えた。


 そして他のぬいぐるみたちを見回すと、大きなため息をついて残念そうに言った。


「あーあ」


 毬は唾を飲みこんだ。この言い方…お母さんだ。つまりナナの言い方だ。その後、ビデオの撮影者であろう恵子の声が入り、それに答える少女、いやほぼ確かに彩の声が続いた。徹が身体をずらし、毬の肩を抱く。徹の目も映像に釘付けだった。


 少女が言う。


「今日さ、午前中から殆ど保健室だった」

「大丈夫? ごはんは?」


 恵子が撮影そっちのけで会話している。


「お腹痛くて、とても食べられなかった。生理でもないのに」

「今度、ヤブに診てもらおうか?」

「えー、ヤブ? それ、大丈夫?」


 朱里の手を握る毬の手に力が入った。『ダイジョウブ』に『ゴハン』、そして『ヤブ』。手繰るようにナナの言葉が溢れる。映像では母娘のやり取りが続き、少女が笑顔になっている。そしてカメラに向かって、いや、母親に向かって言った。


「大好き」


 もう見ていられない。毬が下を向いたとき、背後から興奮したナナの声が聞こえた。



 ピュリピュリピュリ… タダイマ、ナンデヤネン

 ピユピユピユピユ…  タイヘン、アーア

 ピュルピュルピュル… ヤブ ヤブ ダイジョウブ



 思わず全員がナナを振り返った。これまでの総集編みたいだ。毬はナナに駈け寄る。


「ナナ、判る? あの人たち、知ってる?」


 ピュリピュルピュル… ダイスキ


 巡査と捜索担当官が肯き、徹が亜澄に言った。


「もうこれで確定ですね」


 毬は思った。ナナは奇跡のインコだったんだ。お母さんも今ごろ天国でびっくりしているよ、おばあちゃんと一緒に。


 ビデオには、その後成人するまでの娘の歴史が記録されていた。映像を全て確認した一同は、胸を撫で下ろして解散した。特に問題になるようなことはない。しかし、初めから判っていた通り、だからと言って今さら何かが変わることはない。ナナはその後も上を向いて囀り続けた。夜になっても静まらない。毬はナナに言い聞かせた。


「ナナ。あたしはおばあちゃんに会ったことないし、ナナはお母さんに会ったことないのよね。会いたいよね。でもさ、二人とももうお空の上なのよ。だから会えないの」


 毬は窓の外を指さし、ナナはきょとんとして首を傾げた。そして突然朱里が言った話を思い出した。虹の麓でおばあちゃんを待っていたのは、きっとお母さんだ。だって、映像で言った『大好き』は、おばあちゃんに向けられたものだったから。毬の中に、歯がゆかった自身の母親が、少しばかり甘く溶け出していた。


 良かったね、お母さん。ナナがみんなを繋いでくれた。毬は運命の動画を胸にしまい込み、ナナのケージを自室に持ち込んだ。机の上に置いたオルゴールを開けてみる。『ゆりかごの唄』が流れる。ちょうどいい。幼かった頃みたいに、今夜はこれを聴きながら寝よう。そう思ってオルゴールの底をチラ見した毬は、はみ出しに気がついた。


 底に何か敷いてある。そっとフェルトを持ち上げてみる。そこには一枚の小さな写真があった。


 あれ? これ、ナナ?


 写真には白と空色のセキセイインコが映っていた。周囲がぼやけているのでどこで撮ったのか良く判らない。写真を裏返すと小さな文字で『ナナ』と書いてあった。お父さんが撮って入れたのかな。わざわざ印刷したんだ。オルゴールを渡し忘れていたお詫びかな? 毬は不思議だったが写真はそのままオルゴールの中に放り込んだ。流れるメロディに細かい話はどうでもよくなったのだ。


 母の思い出を抱き締めて眠りについた毬は、写真に写っていたのは毬が知っているナナではなく、かつて母が飼っていたナナである事など、知る由もなかった。


+++


 明け方、謎が解けた満足感からか、毬はぐっすり眠っている。机の上のオルゴールの中では、シリンダーに引っ掛かっていたセキセイインコの写真が、何の拍子なのか外れ、ゆっくりと残音を奏で始めた。その僅かな音に、ナナは反応した。頭を振ってメロディに聴き入り、そして窓の向こう、暁の空を見つめた。


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