第36話 捜索依頼
やっぱり知りたい。お母さんとおばあちゃんとのこと、そしてナナのこと。知ったところで何かが変わる訳ではない。でも、それでも知りたい。だって、おばあちゃん、この間まで生きてたんじゃない。どうしたらいいのだろう。お父さんは何か知っているのかな。
夜、帰宅した徹に毬は今日の出来事を話した。その上で知っていることはないか聞いてみた。徹は考え込んでいたがポツリと言った。
「実はお父さんも何も知らないんだ。知りたがらないことが一緒になる条件だった」
「えー? 何それ」
「普通じゃなかったんだよ、最初っから」
そして徹は彩との出会いを毬に話して聞かせた。
「へぇ? コミック以上の話だ。お父さんとお母さんがそんな劇的なって言うかアニメっぽい関係だなんて思いもしなかった」
「そう言われりゃそうだけど、どっちも普通の人間だよ」
「そうだろうけど、お父さんは知りたくないの?お母さんのお母さん」
「うーん。今さら知っても仕方ないかな。それより今生きている毬のことで一杯一杯だよ」
「で、でもさ、そのビデオにお母さん映ってるかもなんだよ。多分、若い頃のお母さん」
「そりゃ、そのビデオがここにあるなら見たいよ。でも、幾らおばあちゃんだったかも知れない人だとしても、亡くなった人の家には勝手に入れないだろ。そもそも場所すら判らないし、朱里ちゃんのお母さんの病院だって、簡単に個人情報を明かしたりしない。持ち主が亡くなった家には、相続人とか管理人の弁護士とか警察の捜査でもない限り、勝手には入れないよ」
う。そうなのか。
「ウチは相続人じゃないの? おばあちゃんだとしたら」
「毬はそうかも知れないけど、亡くなった今、急に相続人かもなんて言いにくいよな」
確かに。財産乗っ取りとかと思われるかも知れない。欲しいのはビデオだけなんだけど。
「ま、必要なら市役所とかが何か言って来るんじゃない? それまでは騒げないよ」
あー、お父さんはテンション低いな。毬は壁にぶち当たった。
二階への階段を上りながら、毬は消沈した。相続人、他に居たら頼むのにな。弁護士とか怖いし、警察とかは…
警察!?
毬は思いついた。上原さんに聞いてみよう。警察官なんだから泥棒のやり方にも詳しいだろう。毬は見当違いの期待を持って翌日の下校時、公園前交番を訪ねた。
「おや、毬ちゃん」
先日以来、上原巡査は毬のことを名前で呼ぶようになっている。毬はそれを意識しながらも殊勝に切り出す。
「今日はお願いと言うか、教えて欲しいと言うか」
「今度は何が現れたんです?」
巡査はナナの話だと思い込んでいる。毬は亜澄から聞いた話をそのまま巡査に伝えた。
「だからそのビデオが手に入れば、あたしのおばあちゃんが見つかるんです!もう亡くなっているけど、やっぱり知りたくて」
上原巡査は考え込んだ。毬ちゃんは以前から知りたいと言っていた。まだ世の事には
家が今どうなっているのか判らないが、持ち主が亡くなっているのなら、相続人か財産管理人が鍵を持っているだろう。しかし、そうだとしても、警察が個人宅に入ってモノを探し持ち出すには、家宅捜索や差し押さえの令状が要るし、それは交番勤務の俺の範疇じゃない。
どうする大雅。毬の目が巡査を伺う。その瞳には悪戯っぽい希望の光が見て取れた。
「えっと、上原さんはお巡りさんだから、こっそり家に忍び込む術とか知ってますよね」
「はい?」
「えーと、泥棒の手口にも詳しいですよね」
「それを聞いて毬ちゃんどうするの?」
「
上原巡査は吹き出した。駄目だ、これは放っておけないわ。
「毬ちゃん。そんなことしたら毬ちゃんが泥棒として捕まりますし、私も犯罪幇助で逮捕されますよ」
「え?お巡りさんなのにタイホされるんですか?」
「そりゃそうですよ。私だって国民ですからね。毬ちゃんは早まらないで一旦私に預からせて下さい。ちょっと聞いてみます」
「有難うございます!」
毬はもう解決したかの如くの喜びようで帰って行った。巡査はその後ろ姿を見て声を出した。
「市民の要望を聞くのも仕事のうちだ」
本当にそれだけなんだろうか…。
いつかしら自分の中に根付いている少女を追い出すように、上原巡査は帽子を脱いで、自分の頭をポカポカ叩いた。しかし、花火会場で背中に感じた彼女の柔らかい重みと仄かな匂いは、巡査の中から消えることはなかった。
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