第28話 回想

 翌週も亜澄は恵子の病室を巡回した。出来れば毎日来たい、そう思った。恵子は言った。


「ここって窓があるから嬉しいわね。今日もツバメかしらね、たくさん飛んで行ったのよ。きっと暖かい国へ飛んでいくのね」

「そうですね。やっぱり古河さんは鳥がお好きなんですね」

「そうねえ、鳥って結構賢いと思うのよ。人間が考えてること、みんな解ってるんじゃないかって思うことあるのよ。お話しできればさぞ楽しいでしょうねぇ」

「たまにお喋りする鳥がいますよね」


 亜澄は微笑み、恵子はまた一段とベッドを起こした。


「そうなの。ほら、前にお話ししたでしょ、家出しちゃった小鳥。あの子もいろいろ喋ったのよ」

「へぇ」

「でも悪い言葉も覚えちゃうのよ」


「悪い言葉?」

「うん、悪いと言うか失礼と言うか。神戸先生、私のかかりつけのお医者さまの藪先生、ご存知かしらね」

「ええ、書類に書いてありました。藪クリニックの先生ですね」


「そうそう。あんな名前だから私も面白がって『ヤブ』って呼び捨てで呼んでたのよ。ちゃんと藪先生って言えば良かったわ。娘まで真似て言うようになっちゃったもんで、これはいけないと思って呼び方変えたんだけど、あの子、ビデオで覚えたのかしらね。藪先生にバレなくて本当に良かった」


 恵子は瘦せこけた顔でお茶目に笑った。亜澄は朱里の話を思い出した。ナナも『ヤブ』って叫ぶとが言ってたな。小鳥が覚えやすいフレーズなのかな。でも、


「ビデオって何ですか?」


「ビデオ? ああ、娘のビデオを娘の部屋で毎日見てたのよ。でも先生、小鳥も子どもも教えたいことは覚えないくせに、覚えなくていい事ばかり覚えるものよねぇ」


 恵子は点滴チューブがついた腕を拡げて悪戯っぽく笑った。

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