第12話 森の景色

 間もなく夏休みである。ナナを預かってから2ヶ月近く、今のところ飼主は現れていない。しかし、実際に飼主が現れた時のことを考えると、ナナをあまり慣れさせる訳にもゆかず、じれったいながら毬はあまりベタベタの関係にならないよう心掛けていた。


 そして迫り来る期末テストのために毬は机に嚙り付いている。ナナは1階のリビングでピュルピュル囀っている。この頃のナナのマイブームは、囀りの中に『ナンデヤネン』を入れることだ。勉強しながらそれを聞いていると時々吹き出してしまう。


「あーあ、駄目だこりゃ」


 伸びをすると目の前の市民公園の緑が目に入る。そっか、ナナもたまには外の空気を吸わせてあげよう。

毬は1階へ降りるとナナのケージを下げて来た。そしてサッシを開け、2階のベランダに出てエアコンの室外機の上にケージを置いた。


 森からは蝉の声がやかましく聞こえる。あー外は暑いな、でもナナは動物なんだから大丈夫だろう。毬はセキセイインコの事を調べていた。セキセイインコの原産地はオーストラリア。草原みたいなところを群れになって飛んでいる写真を見た。寒い地域には見えなかった。だから大丈夫だろう。


 そうそう。毬は部屋から大きめのクリップを持ち出してケージの扉を挟んだ。あのお巡りさんからケージの扉をインコがこじ開けて逃げる話を聞いていたからだ。そして一緒に持って来た雑誌を、重し兼日除けとしてケージの上に載せた。


 ナナの羽が風を浴びて心持ちざわつく。止まり木に止まったまま、ナナは森をじっと見ている。


 毬はナナが蝉の合唱を聞いているのだと思った。


「ナナ、あれは蝉の声よ。大きい声で鳴くの。時々カラスに捕まってる。ね、お外もいいでしょ。セキセイインコって元々野生なんだから、ナナも外の匂いとか音とか知っておかないとね。ずっと家の中じゃ、ひ弱に育っちゃうからね。しばらくしたらお部屋に入れるからね」


 もっともらしい理屈を口にすると、毬はサッシを閉めて試験勉強に戻った。


 ナナは元々飛んで来て徹のサコッシュに入ったのだから、屋外を知らないわけはないのだが、毬はすっかり母親の気分になっている。


 ナナは首を時々傾げながら、やはりじっと森を伺っていた。


+++


 1時間くらい経過した頃であろうか。英語のリスニングのために付けていたヘッドフォンを外すと、ベランダから『ナンデヤネン!』が聞こえる。あー、また言ってるよ。すっかりお笑いインコだなぁ。するとケージが室外機の上でガタガタ揺れる音も聞こえて来た。『ナンデヤネン』は連発され、その声は次第に速く、ひきつっているようにも聞こえる。なんだろ。毬は立ち上がってサッシ越しにケージを眺めた。すると、


え?


 ケージの周囲に深緑と黒っぽい褐色が混ざったような、長いものが巻いている。何? 毬は目を細めてじっと見つめた。表面がざらざらで、ぬめり光っている。


 毬は思わず叫び声を上げた。


「ヘッ、ヘ、ヘビ!?」


 途端に毬の脚がすくみ、次に震えた。

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