第13話 こっわ
ど、どうしよう、とにかく助けなきゃ、でもヘビなんてどうしたら…。足の震えが止まらず動けない。このままじゃきっとナナが食べられちゃう。これまで16年の人生で、毬はヘビと対決などしたことがなかった。お父さんはいないし、110番は幾ら何でも躊躇われる。ヘビをやっつけるもの…、毬は思い詰めた。
そうだ! ヘビは漢字で『蛇』と書く。きっと祖先とかが『虫』の仲間なんだ。だったら…。 [注]
毬は机の下にあったゴキブリ用殺虫剤を手に取った。そして思い切ってサッシを開ける。ケージの中ではナナが羽ばたいて、ナンデヤネンを連呼し大騒ぎだ。ヘビの頭がケージの格子の隙間をこじ開けて入ろうとしていて、ナナは反対側に張り付いている。
毬は震えながら腰が引けた声を出した。
「こ、こらっー ヘビ」
そして、ヘビの頭に向けて殺虫剤を噴射した。
白い煙霧はヘビの目と口にまともにヒット、ヘビはケージの囲みを解き、頭を抜いてのたうって室外機から落ちた。毬も飛び下がる。そして更に殺虫剤をヘビに向け噴霧する。毬も必死だった。
のたうつヘビはベランダの格子の隙間から転げ落ち、いなくなった。
「はぁーー、はぁーーあ、こわかった~。ナナ、大丈夫ぅ?」
毬は急いでケージを掴むと急いで室内に入り、サッシを閉めてシャッターを下ろした。今さら足が震えてくる。
「こっわ…」
毬は呟きながら明かりをつけた。
ナナはまだケージの隅っこにくっついている。よく見ると、ケージの底に何枚かの羽が抜け落ちていた。さぞや怖かっただろう。毬の目から涙がポロポロ零れた。
「ごめんねナナ、こんな恐い目に遭わせて。ヘビがいるなんて思いもしなかった。ここ2階なのに」
床にへたり込み、ケージを抱えて毬は謝った。ナナはバタバタ水を飲んでいる。
毬は一連の経過を思い起こす。ヘビはどこから来たのだろう。ここに住んでるわけは…ないと思う。以前、近所でニシキヘビが逃げて屋根裏で見つかった事件があったが、あれは室内で飼っていたからであり、ウチの家では有り得ない。じゃ、外から来たのだろうか。目の前は自然の森だからヘビがいてもおかしくはない。でもヘビって手足も羽もないから2階まで来るって出来るのだろうか。今度、あのお巡りさんに聞いてみようか。きっとナナはヘビが現れた時から『ナンデヤネン』を連発していたに違いない。まさに『なんでやねん』の事態であることには間違いない。しかし…、
毬はケージから手を放し、改まって前に正座する。
「ナナ! こういう時こそ『タイヘン!』って言うの!『ナンデヤネン』じゃ判んないでしょ!」
と、ケージの隅っこに移動したナナを大声で𠮟りつけた。
ナナは首を傾げ毬を見る。そして小さい声で言った。
『コッワ』
え? 毬も首を傾げた。
[注] 元々、「虫」とはマムシから来た象形文字だそうです。小さな生き物は皆、虫と呼んでいたとか…。
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