第6話 家族仮免許

 ピユ ピユ ピユ


 誰もいないリビングでインコが囀っている。しばらくして二階から毬がこっそり降りて来た。半分恐々こわごわとバスケットを覗く。インコは暗いバスケットの中でちょこまか動いている。毬に微笑みが浮かんだ。


「かわいい」


 小さな声で呟く。本当は興味があったのだが、『いっそ家を出て独りで暮らしてもいいや』とか思っていた毬にとって、あのまま飛びつくのは子どもみたいで恥ずかしく、意地を張っていたのだ。


 インコは毬を見上げた。目が合う。


 ピーユ ピユ


 まるで何かを催促しているようだ。


「ごめんね。多分、今、お父さんがご飯を買いに行ってるよ。もうちょっと待っててね」


 父がどういうつもりで連れて帰ったのかは判らない。でもこの子、綺麗な色だ。白と空色、お母さんが好きだった色。ウチで飼うつもりなのかな。そうだ。名前くらい、あたしが付けたっていい。でなきゃ話も出来ない。


 毬は父親の話を反芻した。初め、虹の七色に見えたって言ってた。そんなセキセイインコ見た事ないけど、でもそれって素敵かも。毬はバスケットを覗き込む。


「名前、ナナにするよ。虹の七色のナナだよ。ね、ナナ」


 ピーユ


 小さな声でインコは応えた。毬は小鳥と気持ちが通じ合った気がした。

 ま、いいか…。家なんていつでも出られるし。


+++


 しばらく後、徹がケージと小鳥の餌を抱えて帰宅した。


「ただいまー」


 毬は玄関の方を向く。するとバスケットの中から小さな声が聞こえた。


『タダイマ』


 え? 毬はバスケットを覗き込む。


「ナナ、あんた、今喋った?」


 ピユピユ ピュルル


 空耳かな? 首を傾げている所に徹が荷物を持ってやって来た。


「お、毬、見てくれてたんだ」

「これどうするの? ウチで飼うの?」


 毬は少し尖った声を出した。徹は一瞬引いたが、目の前の光景は悪い兆候じゃない。


「一応届けようかとは思うけどな」

「動物園に?」


 徹は呆れて毬の顔を見る。


「警察だよ。サイフ拾ったのと同じになる筈だから」

「そうなの? 生きてるのに?」

「まあな。法律上はその筈だ。飼い主がいるかもなのに、勝手に飼うと窃盗になると思うよ」

「そっか」


 毬はバスケットに視線を移す。急にインコが不憫に感じられた。


「毬、取り敢えずインコをここに入れて、餌とお水を入れてくれるかい」


 徹は言ってみた。どうなるか…父娘の絆。


「判った」


 毬はあっさり答えた。


「でも、名前つけちゃった。『ナナ』って」

「え、名前? ナナ?」

「うん。お父さん、虹の七色に見えたんでしょ? だからナナ」

「ほぉ」

「今日、虹が出てたもんね。あたしも見た」


 徹は肯いた。父娘の絆、半歩前進。


「それとさ、さっき、この子喋った気がする」

「え?なんて?」

「ただいまって言った気がする」

「へーえ、セキセイインコだから喋ることはあるだろうけど、帰って来たのは俺なんだけどな」


 毬はくすっと笑う。父娘の絆、一歩前進。


「だよね。ちゃんと教えてみようかな」

「まあいいけど明日交番に持ってくからさ、元の飼主が見つかったら帰っちゃうよ」


 毬は詰まった。そうか。サイフと一緒ならそういう事か…。いや、でもさ、それなら


「1割とか貰えるんじゃなかったっけ?」


 徹はまた呆れて娘の顔を見る。


「どうやって分けるんだよ。それにそう言うのって落とし主のお礼の気持ちなんだからさ、当てにするもんじゃないでしょ」


 確かに。毬はバスケットを覗き込んだ。セキセイインコはバスケットをつついている。仕方ないか。どうか落とし主が現れませんように…。


「明日一緒について行っていい?」

「ああ、いいよ。夜になっちゃうけどね」

「判った」

「取り敢えず入れ替えてあげて」


 毬はせっせとケージに餌と水をセットし、バスケットからそーっとインコを持ち上げてケージに入れた。


「わ、小さい。温かい…」


 初めての感触にドキドキする。


 ナナは初めての住まいを珍しそうに眺め、止まり木をトトトと移動し、ピュルピュル囀っている。それを見つめる毬の目は大きく輝き出した。


「お父さん、ナナ、ここが気に入ったって。飼主見つからないといいなあ」

「そうだねぇ。もし飼主が見つかって引き取られたら、ペットショップに行って小鳥を探そうか」

「うん。あたし的にはこの子がいいけど。仮免許の家族みたいだし」


 そうだよな。父娘の絆がたった今数歩は進んだんだ。こんなに娘と喋ったのは久し振りだし、毬の明るい表情も久し振りな気がする。父娘をつなぐ家族仮免許の小鳥か…。彩、天から授かりものをもらった気分だよ。徹は天国の妻にそっと報告した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る