第5話 七色舞い降りる

 そこにはセキセイインコが止まっていた。ほんのりと七色の小鳥である。


『え、インコってこんな色だっけ? それとも小型のオウム? どこから来た?』


 徹は立ち止まり、左手をそっと右肩に差し出す。するとインコはふわりと飛び上がって、今度は左肩にかけている通勤カバンに飛び移った。彩が手作りしてずっと使っているサコッシュバッグである。


 あれ。空色になってる。


 サコッシュの上で尻尾を振る小鳥は、オーソドックスな白と空色のセキセイインコになっていた。


見間違みまちがいか。虹が出てたからそんな風に見えたのかな』


 徹は思い直したが、問題は何も解決していない。インコはサコッシュのポケットに潜り始め、顔だけを出している。


 ピユ ピユ ピユ


 徹はサコッシュを持ち上げインコと目線を合わせた。


「あのさ、キミ、どこから来たの? 逃げて来た? 野生にはインコいないよね」


 ピーユ ピユ ピユ


 インコは上機嫌でさえずる。良かったー、家が見つかったー、そんなノリである。冗談じゃない。


「あのさ、ウチ、娘のお世話だけでも大変なんだから、キミのお世話まで手が回らないんですけどぉ」


 徹は少し毬の口真似をしてみる。そしてその瞬間気がついた。お? 毬に世話させればいいじゃん。一挙両得?


「あーごめん、前言撤回。取り敢えずウチにお出で。それからまた考えよう」


 幸いインコはサコッシュのポケットに潜り込んだまま満足げだ。よし、このまま帰ろう。徹は娘にLINEを入れた。


『夕食、二人分、コンビニで買ってきて』


+++


「ただいまー」


 徹は速足で、しかし振動にならないよう丁寧に歩き、広い市民公園に隣接する自宅の玄関を開けた。玄関にはローファーが脱いである。もう帰ってるんだ。


「おかえり」


 珍しく、当の毬が二階から降りて来た。


「お、ただいま、メシ買ってくれたか?」

「うん。珍しいから具合でも悪いのかと思ったよ。元気で良かった」

「心配してくれる方が珍しいよ」


 徹は靴を脱いで上がる。


 ピユ 


 サコッシュから声がした。二階に上がりかけた毬が振り向く。


「なに? 口笛?」


 ピユ ピユ


「それがさ、帰り道で拾ったって言うか、勝手に飛んできてここに入っちゃったんだよ」


 徹はサコッシュのポケットを指した。インコはきょとんとした顔をしている。


「え? セキセイインコ?」

「まあな。初めはほら、虹の七色に見えたんだけど、よく見たら普通の色のインコだった」

「ふうん」


 一言唸って毬は二階に上がっていった。


「あれ。響かなかったかな。こういうの、好きだと思ったんだけどな」


 ピーユ


 サコッシュのポケットから徹を慰めるようにインコは鳴いた。


 仕方ない。取り敢えずカゴが要る。徹はそこら辺を引っ掻き回して、深めのバスケットとBBQ用の網を見つけた。バスケットの底にタオルを敷いて、小さな器に水を入れてインコをそっとそこに移す。バスケットの上には網をかぶせて辞書を置いて重しにする。


「すまないね。キミのお家とご飯を買って来るわ」


 徹はバスケットの中に向かって声を掛けると、財布とスマホを持って家を出た。

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