虎! 虎! 虎!

ゼフィガルド

お題は『虎』と『めでたい』

 天を統べる様に、長い胴体を唸らせながら龍が吼えた。対峙する相手は、その強靭な四肢で地を踏み締めながら、唸り声を上げた。その近くには蛇と猪が倒れていた。

 周辺の者達が逃げ惑う中、彼らの行く末を見届けるべく立ち会ったのは、虎と龍を除く十二支の者達だった。果たして、如何様にして竜虎相搏つ光景が繰り広げられるに至ったのか?


 話は年の始まりへと遡る。何処とも知れぬ山中、虎はその牙に血肉を滴らせながら、友人のパンダに相談をしていた。


「今年は俺の年であるが、皆が俺のことを思い出し恐れ戦くのは心が痛む」

「ならば、他の十二支達の様になるんだ」


 僅かながらの血肉だけを残した骨を足で払い除けた後、彼はパンダへと擦り寄った。そんな彼の喉元を撫でるとゴロゴロと音を立てた。


「どうすればいい?」

「お前が頭を下げて、教えを乞うなら彼らも快く教えてくれるだろう」

「そうか、俺達は十二支で仲間なのだ。お前の言うとおりだ」


 虎は顔周りについた汚れを舐め取ると速やかに出かけた。その姿を見せるだけで多くの者達が固まり、あるいは逃げ出していた。

 この畏怖こそ拭い去られるべきだと信じた彼が訪れたのは、多くの者達に笑顔と安らぎを与える兎達の元であった。


「頼もう」

「きゃあ」

「待て。彼らを食べるなら、僕が許さないぞ」


 先ほどまでに和やかに歓談に興じていた兎達は縮こまり、犬が彼らを守る様にして立ちはだかっていた。


「これは酷い誤解だ。俺は皆に、この様な思いをさせたくない。だから、お前達の可愛らしさを教わりに来たのだ」

「本当かなぁ?」

「きっと本当だよ。もしも、私達を食べに来たなら、話す前にパクっと食べちゃうでしょうし」

「うぅ、恐ろしいよ。早く逃げ出したいよ」

「大丈夫だよ。僕がいるから」


 疑う鼠を兎が説得し、鳥はブルブルと震えている。犬が精一杯気張る中、おずおずと皆の前に出た兎はニッコリと笑って見せた。


「なんと愛い」

「これは見る人の心を幸せにする笑顔と言う表情なの」


 兎の表情を真似するようにして、ズラリと並んだ歯を見せた。歯には真っ赤な汚れが付着しており、その隙間にはビラビラとした破片が挟まっていた。


「うわぁ。やっぱり、僕らも食べられちゃうよ」「逃げろっ」

「きゃあああああ」「兎さん、逃げるよ!」


 鳥が鼠を掴んで空へと逃げ出し、犬は兎を咥えて逃げ出した。その光景を見た虎は憤慨した。


「言われたとおりにしたのに逃げ出すとは何という奴らだ」


 その場を去り、次の心当たりへと向かった。兎達と違い、体も大きく、たくさんの者達に慕われている馬達の元へと足を運んだ。そこでもまた、彼らは歓談に興じていた。


「僕はどんな遠い場所にでも、あっという間に辿り着いてしまうのさ」

「それなら、私は沢山畑を耕したし、重たい荷物も運んだわ」

「でしたら、ワタクシはこの毛で皆を暖めて来ましたのよ」

「本当だ。馬さんはとても速く、牛さんは力持ちで、羊さんはフワフワだ」

「まぁ! 猿さんは褒めるのがとてもお上手ね。もっと撫でてもいいのよ」


 猿が皆の体に乗ったり、その毛を撫でて褒め称えていた。上品に笑い合う彼らの雰囲気に一刻も早く加わりたく、虎も姿を現した。彼らは一斉に引け腰になった。


「待ってくれ。俺は皆と仲良くしたいんだ」

「そ、そうなのか」

「俺には立派な爪と牙がある。そして、とても沢山食べるんだ」


 先程と同じように笑顔を浮かべてみれば、馬が卒倒した。猿達が駆け寄り、その体を擦っているのを見て、たまらず虎も同じ様に撫でまわした。


「痛い、とても痛い」

「どうした、何処が痛むんだ。言ってみろ」

「君が触る所、全てが痛む」


 馬を残して逃げ去った羊達を見て、虎はため息を付きながら去って行った。とぼとぼ歩いていた先、そこでは龍達が睨み合っていた。


「やい、何が龍だ。お前も蛇だろう」

「何を言うか。俺様は天を漂い、嵐を巻き起こせるんだぞ。お前みたいに地を這うちっぽけな奴とは違うんだ」

「馬鹿を言うな。本当に凄いのは、俺の様にどっしりと地面に足を付けた奴に決まっている」


 先ほどまでと違い、蛇、龍、猪の3匹が睨み合っていた。その様相を見て、虎は自らの中でムクムクと沸き上がる物があったが、それには従わないと決めたばかりであった。


「皆、止めるんだ。争ってはいけない」

「何を言うか。お前は黙っていろ」

「蛇君、そんな怖い顔をしてはいけないよ」


 蛇がジロリと睨みつけて来たが、虎は同じ様に睨み返すのではなく、兎達に教わった愛らしい笑顔を浮かべた。

 ズラリと並んだ赤黒い汚れがこびりついた歯の隙間から除く破片が風に揺られてピラピラと動いた。余りの恐ろしさに堪らず、蛇は気絶した。


「どうしたというんだ」

「出ていけ」

「なんて早いんだ。それに、とても立派な牙を持っているね」


 猪が鼻息を荒くして突進をして来た。虎はその立派な牙を触ろうとして、前足を上げると、ちょうど猪の顔に突き出すような形になってしまい、バチンと大きな音を立てた後に倒れた。


「やはり、お前と俺こそが相打つ宿命だったのだな」

「そんな、俺は仲良くしたいだけなんだ。そうだ、龍さん。貴方は立派な爪と牙を持っている上に空まで飛べるなんて凄いじゃないか」

「そうだ。その上、俺の体はピカピカな鱗に覆われているんだ。どうだ、触らせてやろうか?」


 気を良くした龍は地に降りて来た。虎もその言葉に従い、そのピカピカな鱗を撫でながら、猿のやっていたことを思い出していた。

 猿に撫でられていた羊は大層気持ち良さそうだった。自分もパンダに撫でられると気持ちが良くなることを思い出し、龍の喉元を撫でた。


「ぎゃあ」

「おや、一枚だけ鱗が逆に付いているぞ。貼り間違えたのか」

「貴様、もう許さないぞ」


 空へと飛び上がった竜が吼えると、ザァザァと雨が降りだし、雷が鳴り響いた。虎は前足を出しながら唸り声を上げた。


「待ってくれ。そんなつもりはなかったんだ」

「うるさい。お前だけは許さんぞ」

「うわぁ、喧嘩だ」


 龍と虎の喧嘩を見た者達は一目散に逃げだし、その一部始終を見ていた十二支達は後に語った。


「聞いたかい? 龍と虎が力比べをしていたそうだ。年の始まりから豪快な物を見れて、とても楽しかったわ」

「やはり龍に並び立つ者は虎だけだ」


 その噂話は他の者達にも伝わり、虎は更に恐れられる存在となった。一方で、彼は不貞腐れて寝転がっていた。


「良かったじゃないか。皆が、お前を恐れ崇めているぞ」

「放っておけ。俺は皆に怯えられる存在でいるのが正しいのだ」

「そうだな。お前はお前だった」


 プイと横を向いた虎の機嫌を取るべく、パンダが喉元を撫でてみればゴロゴロと音を鳴らした。堪らず上げた鳴き声は山中に響き渡り、皆が恐れ戦いた。

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