第5話

「あえて100ではなくて99で終わらせることで、永遠に続くことを意味します。諸説ありますが、99はおめでたい数字として」



 職場のラジオが何か言った。

突然、ラジオの電源を切った彼のことを、同僚はなんとなく振り返る。

けれど、あの夢のことを誰かに話したことはない。



「永遠ね……」



 駅長はブツ切りになったラジオの声を、あえて繰り返す。



「永遠なんてものはないよね。なにごとも」



 なんとなく彼を庇うようでいて、別の意味も含んでいるようだ。


 彼は顔中に負った傷を怖がられることが多いため、駅舎の中で事務作業ばかりをしていた。

同じところで働いていた彼らだからこそ、事務作業の様子で彼のことが分かってしまう。

けれど、誰も追求しようとはしなかった。


 事務作業をとにかく嫌がってダラダラしてたのは潘岳だ。

手早く終わらせて人のまで手伝ってしまってたのは潘雲だ。


 二人がそこに同時に存在することなどありえない。



「ねぇ、潘君。たまにはお散歩しない?」

「……どういうことですか?」

「外の空気吸おうよ。ね」

「遠慮しときます」

「駅長命令発動しちゃお」



 駅長が立ち上がると天井の明かりが揺れる。

背が高すぎて帽子の端がどうしてもぶつかるとか言っていた。



「さぁ、行こうか」

「いや、この書類……」

「あとで私がやっとくよ。ね」

「はぁ……」



 よく分からないまま背中を押されて、彼は駅舎の外に出る。

同僚達は一様にため息をついた。

あの日からずっとなにかと息が詰まる。

彼がせめて正気に戻ってくれれば……と思い、それ以上は誰も口にしなかった。




「俺をクビにしてもいいんですよ」

「なんで?」



 駅長はいつもの通り、腑抜けた顔で笑っている。



「この顔の傷も目立ちますし」

「いやぁ、それを私に言われてもね」

「まぁ、駅長も死ぬほど目立ちますけど……」



 よく分からないまま、背が高すぎる駅長は、連城駅の名物みたいになっていた。

遠くから写真を撮りに来る人までまれにいる。

駅長は笑っていつも対応していた。



「疲れませんか。自分でいること」

「んー、哲学だねぇ」



 駅長は適当に流したふりをして、しっかり彼に答えた。



「自分であることは弱みであり、強みだからね。自分のこと嫌いじゃないよ」



 駅のまわりの露店を見ながら二人で歩く。

一人で歩いていると、この顔の傷から目をそらす人ばかりなのに、駅長と歩いていると、駅長の方ばかり視線が集中していた。

2m越えてるみたい、なんて本人が言っていた言葉は本当かもしれない。



「ねぇ、潘君」



 駅長はそんな視線もものともせず、露店で適当な花束を二つ買った。

そして、そのひとつを彼に手渡した。



「君、潘岳くんだよね?」



 ピタリと足が止まる。

駅長は少し歩いてから気が付き、そっと振り返った。



「一緒に働いてたんだもん。分かるよ」



 黙り込む彼に駅長はほほ笑みかける。



「本当に思い出せない?」



 露店や街の騒がしさがやけに遠くに感じた。

彼はそっと、あの忌々しい数を口にする。



「99……」

「ん?」

「99%があいつで、1%が俺だとしたら。俺はなんだと思いますか?」

「哲学だねぇ……」



 駅長はひょうひょうとしているが、答えから逃げるような人ではなかった。



「1%でも残ってるなら、君は君じゃない?」



 黙って俯く彼の背中を軽く押して、また二人は歩き始めた。

どういう意味の問いか、答えた駅長にも分からない。

けれど、彼がずっと葛藤の中にいるのは事実だ。

皆、気疲れするくらいには、彼のことを助けたかった。

とっくに彼が誰かなんてみんな、気が付かないはずもなかったから。



「一周忌だねぇ。一緒に弔おうよ」



 あの日、死んだのは彼だけじゃない。

駅員たちも多くが巻き込まれた。

その瓦礫をひっくり返して、なんとか道を開けて、駅長はその長身のせいで、完璧に救助に回っていた。

色んなものを見ただろう。記憶のない自分以上に。



「俺が生きるってことは、潘雲が死ぬ事なんです」



 潘雲、という名前も、この一年口にしていなかった。

駅長は頷いた。



「そうだね」



 そっと悲しげな声が続く。



「潘雲くんの遺体を運んだのは、私なんだよ」



 ドキリとした。あまりにも生々しい言葉で。



「潘雲だって分かったんですか」

「見た瞬間にわかった。そのくらい……駅長だからさ」



 なんの説明にもなっていない。

けれど、これ以上の説明もないのかもしれない。



「倒れてる間に変な夢を見たんです」



 やっと虚ろな声は、あの日にたどり着く。



「俺とあいつが並んで座ってて、きっと、俺の方を99%にしてくれって。意味がわからなくて。起きたらあいつは……いなくて」

「なんだ、さっきと逆だったの。余計なこと言っちゃった」



 駅長はのったりと頭をかいた。



「じゃあ、潘雲くんが君を助けたんだね」

「夢の、話ですよ」

「いやぁ、君たち双子じゃない。双子ってそういうものかもね」



 途端に彼は、潘岳は泣き始めた。

潘雲も言っていた。双子ってそういうものだと。

そんなこと意味がわからない。

分かってたまるかよと、この一年ずっと思っていた。



「俺は、潘じゃダメですか」

「ダメです」



 駅長はぽそりという。



「助けられたんなら尚更、ちゃんと生きようよ。潘雲くんもそれを望むだろうから」



 今日はあの爆発から一年。

駅には献花台が作られた。

たくさんの花が、故人の写真や遺品なんかと並んだ。


一周して戻ってきた二人はその前に立つ。

駅長は駅員の写真の列に、潘雲の写真も並べた。



「寂しいけど、永遠なんてないから」



 花束を供えた。

後ろに立っていた彼も、同じように置いた。

駅長は少し笑って、彼に声をかける。



「おかえり、潘岳くん」

「いいです、潘で。どうせ、アイツと間違われることももうないんですから」

「呼びづらいよ。潘岳くんでいいじゃない」

「そうですかね」



 献花台から離れ、二人は駅舎へ戻った。

潘岳は同僚達に頭を下げる。

すると、彼を囲んでみんな嬉しそうに悲しそうに泣いた。


 99なんて、永遠なんて、ないんだってよ。

潘岳は胸の中で呟いた。

献花台の潘雲の写真が風に吹かれて少し揺れた。




終わり

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99【夜光虫if】 レント @rentoon

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