第4話
「双子ってそういうものじゃない」
いまだにあの声が耳に残っている。
駅が爆破されてからちょうど一年、残された片割れは「潘」としか呼ばれなくなっていた。
本人は変わらず駅で働いている。
けれど、彼は自分の名前を忘れてしまっていた。
「いらっしゃい」
彼は友人や知り合いを何人も失っていた。
「気味が悪い」と、そう彼を避けて、人々は逃げていった。
それを引き留める気もなく、彼はただ爆破の前と変わらない日常を繰り返すように、二人で通いつめた飯屋へと来ていた。
毎朝彼らの姿を見ていたこの店の店主は、事情を知りながらも、同じ顔で笑う。
けれど、今日はなにか、少しだけ口ごもるような素振りだった。
「……なにか、ありました?」
敬語で話してたのは潘雲だ。
けれど、こんな量を注文していたのは潘岳だ。
「いや……その、ね」
ドカドカとせいろから紙袋へ包子を移しながら、やっと店主は答える。
「今日、雲ちゃんの夢を見た気がする」
紙袋を受け取ろうとする手が固まった。
店主はぼんやりと悼むような声を出す。
「川の向こうで、花に囲まれて……なんて、ベタな夢でさ。笑って手を振ってたよ」
どうして、俺の夢には出ないんだ。
そう言いかけて、彼は思考ごと消してしまった。
99という数字を目の裏に潜ませて、彼は笑う。
「なら、俺は潘岳かもしれせんね」
店主は傷だらけの顔を見て、なにか言おうとして俯き「ごめん」とだけ答えた。
色んな人が彼に色んなことを言う。
潘岳には妻と子供がいた。
その二人をどうする気なのかと、どうにもならないことを彼にたずねる。
「また明日」
彼は潘岳の家族へ金の仕送りだけを続けた。
会いに行こうとはしなかった。
夜に酒を飲みに行くとか、友人と遊ぶとかそんなこともめっきり無くなった。
そこにいつもいたはずの、兄弟の姿は消えてしまったから。
鏡を失った彼は、自分の顔がどんな表情をしているのかさえ分からなくなってしまった。
薄く笑ったまま、涙を残して彼は飯屋を去っていく。
「また明日……」
自分に言い聞かせるように店主は呟いた。
なにかを迫ろうとは思わない。明日また来てくれるだけで、それだけでいい。
もう余計なことは言わないから。
身勝手な願いだろうか。店主は大きくため息をついて、店の奥へと消えていった。
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