終幕 戦後

ウェポンスピリッツは未来に継げる!

7月30日、栃木県宇都宮、有馬家、実家。


「あらあ、あらあら! ちょっとあなた! 勇儀が、女の子連れて来たわよ!」


 お袋が、俺の姿を玄関で見るなり、めをぱちくりさせて、家の中へと消えて行く。


「えっと……まあ、上がれよ」

「う、うん。お邪魔します」


 俺は、全てが片付いた後、空を連れて実家へと訪れていた。俺も空も、士官服を纏い、少しかしこまった帰省となった。

 リビングに入ると、親父がスマホゲームをしていた手を止め、にやりと笑った。


「おう、英雄様のご帰還か?」

「やめてくれよ」


 俺の後ろでガチガチになっている空をソファーに座らせ、冷蔵庫に入っていた麦茶を取り出す。コップに注いで前に置いてやると、ちびちび飲み始める。

 普段、緊張とは無縁の存在の癖に……。

 

 俺もその隣へと座ると、お袋と親父も一つの机で向かい合って着席する。だが、一言も話さず、無言の時間がしばらく流れた。


「えっと、とりあえず、色々一段落したから、こうして実家への帰省命令が出て、こうして帰って来た」

「そうか」


 再び無言。一先ず返って来た理由は話したが、それ以上俺が言い出せることがない。それを見抜いたのか、おやじは「はぁ」とため息をつき、背もたれに体を預ける。


「聞きたいことはいっぱいある。俺も元自だしな。予備役として召集待機令自体は出ていた……まずは、この戦争の顛末を教えてくれ。第三次世界大戦、WAS大戦は、一体どうゆう戦争だったんだ?」


 頷き、聞かれたことを答える。


「WASリーダー、松川卓也の復讐心が、全ての始まりだった。そこから、『人間』というものに対して、色んな恨みや怒りを持った人たちが集まりあそこまで大きな集団となり、こんな戦争を引き起こした。この戦争は、WW1やWW2みたいに、政治思想や民族自決、資源確保とか、そうゆう戦争じゃない。結局は、一人の男の、壮大な復讐計画だったんだ」


 最後までWASリーダー松川の考えを、俺は理解することはできなかった。被害者と犠牲者の差も、俺には納得できない。だが、紀伊の話を聞く限り。本当に、ただ自分の家族が大好きな、悲しい父親そのものだった。


「そうか……そんなWASは、全て殲滅されたのか?」

「いや、7月28日、WASの代表として、一人の少女が松川の代わりに国連への降伏文書に調印。降伏って扱いになったよ。各地に存在したWASの指揮官クラスの人物も、「その少女」が言うならと言って、活動を停止、おとなしく捕まってくれたよ」


 7月28日、『大和』の艦上で、紀伊がWASの代表を名乗り、降伏文書へと調印。WASは国連軍であるWHSに対して無条件降伏した。この大和条約によって、正式に第三次世界大戦は終戦した。


 各指揮官はおそらく特級犯罪者として、それぞれの国籍の司法に裁かれるだろう。紀伊の扱いについては、まだ定まってはいない。だけど、もしこのままWSの管理権限を俺に与えてくれるなら、俺が処遇を決断することになるかもしれない。


「その少女は、随分凄い子なんだな」

「まあな……世界最強の艦になるはずだった子だからな」


 紀伊は強い。目の前で生みの親を殺したというのに、役割を理解し、人のための行動をしてくれた。生みの親の考えに反してだ。


「……それで、今後日本は、桜日はどうなるんだ?」

「それは多分、丁度今頃から、小堀大臣が言ってくれるんじゃないかな?」


 俺は机の上に置かれていたリモコンを手に取り、電源を付ける。

 よく分からない教育番組が終えると、お昼のニュースが始まった。その中で、小堀大臣が緊急記者会見を開くことを告げている。


『えー国民の皆さんに置かれましては、これまで長い混乱を強いてしまったことについては、深くお詫び申し上げます。戦時中であったため、多くの情報を明かすことはできず、今ここでも、全てを話すことはできません。重ねて、お詫び申し上げます』


 深く、深く頭を下げる大臣。


『こうして会見を開いたのはほかでもありません。全てを元に戻す時が来たからです』


 日本は、ここ数年間で大きく変わってしまった。それらを、少しづつ崩していくのだ。


『まず第一に、六・一事件以来敷かれていた軍事政権を解体、及び、桜日国は崩壊させます』


 戦時に特例として名乗った桜日国を終わらせ、元の日本へと戻る。


『それにちなみ、憲法、法律機能を回復。尚、憲法9条に関しては、『自衛隊を保有し、防衛力を保有する』ことを記述したものを採用します』


 2031年に行われた改憲騒動、それを『自衛隊の明記に留める』というところに落とし込んだ。これは、勿論与野党内で協議した結果だ。今回の戦争を踏まえて、交戦反対派が嫌でも防衛力の必要性を実感させられた結果、上手く丸め込むことができたようだ。


『また、ただ今をもって国家緊急事態宣言、戦時行政特例法、総力戦体制を撤廃します』


 これで、きっと普通の日本が。いつもの日本が帰って来る。


『18歳以下の、桜日軍へと所属していた学生たちは手当及び、謝礼金をお渡しし、8月15日をもって解雇とします。尚、自衛隊所属となっている場合、保護者との会談の後、名誉除隊とするか、現役自衛官となるかを選択頂きます』


 これで、吹雪と圭は、元の生活に……戻れるのかな。空と俺は、立場が特殊過ぎるから、この解雇には当たらない。空はそもそも日本国籍がないし、俺はあまりにも階級が高くなり過ぎた。


 それ以降は、死傷者や被害の話へと変わって行ったため、俺はテレビを消した。


「ざっと、今後の日本はこんな感じかな。だけど、俺はちょっと特例で、今すぐ解雇ってことはない。というか、辞めるつもりもさらさらない」


 親父は「なるほどな」と呟き、天井を仰ぐ。


「大体わかった。お前の1年間の武勇伝も聞きたいところだが、それは後にしよう。母さんが聞きたくてそわそわしてるみたいだからな」


 お袋の方に目を向ける。


「ね、ねえ勇儀? 隣のお人形さんみたいに可愛らしい子は? 部隊のお仲間? それとも何か、階級が高いからお付きの人とか?」


 この野郎、あえて思ってること口にしてねえな。

 頭をかきながら、俺はちらりと空の方へ目を向けると、「へへ」と薄く空がはにかんだ。そのはにかみが何を指したのかは分からないが、お袋は「まあ」と目を見開いた。


「部隊の仲間って言うのも、お付きの人って言うのも正解。彼女は雨衣空中佐、俺の所属した大和第348部隊の隊員で、どさくさに紛れて元帥にさせられた俺のボディーガードで……俺の、彼女……です」

「きゃー! お父さん聞いた!? 勇儀が彼女だって!」


 ちょっと嘘をついた。


「ああ、あの勇儀が、鉄の塊にしか興奮しなかったあの勇儀が……」

「おいおい聞き捨てならねえな」


 軽く突っ込みを入れながら、俺と空は再び視線を交合わせた。

 彼女というか、もう既に結婚する段取りまで進んでいるのだ。小堀大臣曰く、「雨衣君は国籍がないから、今後不便だろう。しかし、君の籍に入れるという形ならば、国として国籍を偽造してやらんこともない。そうすれば悪用もできんしな」とのこと。

 もともとロシアの国籍すらなく、亡命扱いにもできなかった空を、きちんと日本人と定義づけできるなら、それは、俺が空にしてやれる、精一杯の恩返しだと考えた。


「ささ、空ちゃん。お菓子でも食べて、勇儀との話、一杯聞かせて?」

「お袋はそっちのが興味あるか」

「あったりまえでしょ。私、戦争のことぜんっぜんわかんないんだもん」


 そうして、空の有馬家での受け入れはうまく行った。お袋とはすぐに打ち解けていたし、親父とも、ちょっとしたミリタリーチックな話から、マニアックな軍の内部的な話で盛り上がり、仲良くなっていた。


 こうして、戦後にやりたかったことの一つは無事に終了した。





 8月15日、元千葉太平洋基地。


「いやぁ、すっかり綺麗になっちゃったねぇ」


 俺の隣に立っている空は、辺りを見渡しながら。そう零す。


「ああ、もうこの基地の役割は終わったからな……それに、駐留する艦も、もういない」


 千葉太平洋基地は、桜日国崩壊とともに、破棄が決定。その一番の理由は、この基地に配属させる艦も航空機も、もう存在しないからだ。イージス戦艦、空母は『ゆきぐも』『やまと』『しろわし』『りゅうおう』を残して全滅。折角そろえたイージス艦や護衛艦たちも、半数近く喪失した。今の海上自衛隊は、2020年の日本より戦力が劣っている。


 空自も航空戦力、パイロットを喪失しており、ここ以外の基地ですら欠員が出ている。


「博物館にするんだっけ?」

「太平洋記念館として、神社と博物館を立てるみたいだよ。折角私たちみたいな戦争遺物を作り直したわけだしね」

「その生き証人として、案内役には丁度いいですから」


 空の問には、ふわりと俺の側に姿を現した大和と扶桑が答えた。


「ああ、大和に扶桑。これからは、この博物館の案内役になるんだっけ?」

「まあね、魂のある艦で残ったのは、私と扶桑、それに瑞鶴だけだから」


 太平洋記念館は、今回の戦争で再建した実物のWW2兵器群を展示し、戦争と国防の記録を伝える場所となる。『大和』らキューブを維持したままのWSは、ここに集結し、案内役となる。


「空は私が担当しますよ」


 今度は零がやって来る。


「お、零。復旧終わったんだっけ?」

「まあね。吹雪が復活一番に泣きついてきて大変だったよ」


 俺たちは建設中の博物館を越え、もともと格納庫があった平地へとやって来る。そこには、今回の第三次世界大戦で死んだ人々が眠る、太平洋神社が存在する。靖国とは別に、英霊たちを祭る神社だ。


「あ、指揮官」


 どうやら先客が居たようだ。


「やあ瑞鶴、お前もお参りか?」

「まあね、先輩たちは、靖国とここにも居るから」

「そうか……」


 俺も、瑞鶴の隣に立って手を合わせる。流れで、全員が手を合わせる。

 ここには、松川も眠っている。家族を失い。復讐にかられ、全てを壊そうとしてしまった悲しき男だ。

 後の調査で、幹部の詳細も明らかになった。


 ヴェレッタ・アリア。アメリカでロボット研究を進めていた研究員で、ボトムアップAIを搭載したロボットを作成し、研究を進めていた。しかし、そのロボットのデータが抜かれ、行動パターンと適応力を軍事力へと転用され、皮であった体を破棄されていた。アリアは、AIの研究という名目で、軍事力の研究へと加担させれられていた現状に絶望した。


 凛覇宇和。陸上で何度か交戦した戦車兵で、元は中国で傭兵を務めていた。しかし、紛争地域での戦闘中、仲間に見捨てられ生死を彷徨う。命からがら撤退すると、死亡届を出されており、その手当てを受け取っていた指揮官に殺されそうになったことで、人間への怒りを覚えた。


 他にも幹部クラスとして仲間になった者は、何らかの『人間』に対する恨みを覚える過去を抱えていた。


 今回の戦争は、機械支配を目論む狂ったテロリストとの戦争ではない。人間が生み出し続けた僅かな歪が限界を迎え、裂けた結果起きた総力戦。結局は、人類全体のせいだったのだ。


「この世から戦争が無くなることは、多分ない。宗教対立に人種対立、資源や領土の争奪にすれ違い、色んな理由で戦争は起こって行くと思う……」


 でも、それでも。


「平和を願う心と、相互理解、相互扶助を、忘れてはいけない。いつか、ほんとうに人類が全てのわだかまりを解決できるその日を目指して」


 俺の呟きに、大和、扶桑、瑞鶴、零、空は頷く。


「それまでは、私たち兵器が、平和を守る守護者となるよ。国防の意思を、平和の夢を、生まれて来る兵器たちに継げて行く……そのために、私たちは生き残ったのだと思う。ウェポンスピリッツは未来に継げるために、まだここに居るんだよ」


 大和は神社から一歩離れ、俺に向かって敬礼する。それにならい、扶桑、瑞鶴、零も敬礼。


「有馬勇儀殿、1年間お世話になりました。これからも、よろしくお願いします!」

「「「よろしくお願いします!」」」


 全員の顔は晴れ晴れだ。


 俺の戦いは、もう終わったのかもしれない。WSたちも。


 でも人類は、まだ戦い続ける。いつか本当の平和が訪れるその日まで。人類に寄り添う、兵器とともに。


 

 ――――戦争は、終わった。



               「ウェポンスピリッツは未来に継げる!」~完~

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ウェポンスピリッツは未来に継げる! 古魚 @kozakana1945

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