第二六六話 天零号作戦

 7月5日 7時04分 佐世保


「各艦用意は良いな、『長門』『陸奥』『扶桑』『ゆきぐも』『あらし』『やまと』『夕張』『吹雪』『夕立』『綾波』『陽炎』『蒼龍』」


 彭城長官の声が、『やまと』CICに響いた。


「行きましょう、イージス戦艦『やまと』抜錨! 機関室力を70%へ!」

「機関室力上昇、艦、前進します」


 私の指示に合わせて、操縦系統を操る乗員が声を上げる。

 この艦隊は囮。敵の最重要撃破目標である、『紀伊』を孤立させるための、陽動。


「だが、この陽動を失敗すれば、『大和』は『紀伊』以外の艦艇とも砲火を交える必要が出て来る……」


 作戦を始める前に有馬さんに聞いたが、51センチ砲を搭載したとは言え、『紀伊』に勝てる可能性は五分だそうだ。しかも、それは一対一で正面からやり合った場合の数字。そこにヘビー級戦艦が一隻でもいたら、勝てる可能性はガクンと落ち込む。

 推定される敵は、戦艦『紀伊』、他ヘビー級戦艦八、ミドル級戦艦六、空母四、重巡十四、軽巡四十八、駆逐六十九の大艦隊。その内、『紀伊』以外全てを、私たち十二隻で相手取らなくてはならない。


「やってやろうじゃないですか!」


 顔を強く叩き、気合を入れ直す。


「出航後は対空警戒を厳に、近代兵器からの艦隊防衛は、この艦にかかっています」

「了解、常時全周レーダーを起動します。対ステルス用に、見張り員も用意します」

「お願いします」


 有馬さん大和さん、何としてでもこちらは陽動を完遂して見せます。ですから……ですから。


「後は、お願いしますよ」




 同日、8時33分、東シナ海


「陸奥、感じるか?」


 艦橋で仁王立ちを続ける長門が、不意にそう話し出した。問いかけに、無線越しの陸奥は答える。


「ええ長門、はっきりとね……見ているわ、あの子が」

「彭城長官、全艦に戦闘態勢を、敵量産艦より先に、『紀伊』の砲撃が来る」


 艦橋の外を睨んだまま、私に向かってそう助言する。


「分かった、各艦に告ぐ、戦闘態勢に入れ! 敵戦艦『紀伊』からの砲撃に警戒せよ!」


 現在、艦隊は『長門』『やまと』『ゆきぐも』と『陸奥』『扶桑』『あらし』が複縦陣を引きその少し裏に『蒼龍』、艦隊全体を囲うように、『夕張』『吹雪』『夕立』『綾波』『陽炎』が展開している。


「『蒼龍』より全艦、偵察機からの報告、『紀伊』に発砲炎!」

「来るぞ!」


 長門が力む。その直後、中央の主力艦艇郡の周りに、巨大な水柱が立ち上る。


「『やまと』、長距離対艦ミサイル発射! 普天間航空基地に連絡、作戦開始!」


 『紀伊』含め、敵量産艦がこの艦隊を狙ったこのタイミングこそ、『天零号作戦』発動のタイミングだ。


 私が指示した通り、後方に位置する『やまと』から、第二次硫黄島沖海戦時にも使ったと聞く、『ハ号四四式長距離対艦墳式弾』が発射される。


「航空隊は、どれだけ戦えるか……」


 普天間より発信した航空隊は、『紀伊』に攻撃を集中させ、回避運動を取らせる。その間、他艦艇に我々が攻撃を加え、紀伊と艦隊の動きを離別させ、距離を離させる。そう言った作戦だが、一つのポイントとして、航空隊の攻撃がどれだけ的に効果かあるのかと言う点がある。

 もし、航空隊の攻撃、爆撃、雷撃、ミサイル攻撃、機銃掃射、全て効果がないとしたら、敵は回避機動を取る必要はないため、この作戦は破綻する。その時は、代替え案である『武蔵作戦』を発動する必要が出て来る。


「こちらの全滅覚悟で、『紀伊』以外の艦隊を撃滅する、か……無茶なことを言ってくれる」


 私の額には、嫌な汗が伝っていた。




「全航空隊、いい、ちゃんと順番通りに攻撃して、どれなら効果があるのか、しっかり確認するよ!」


 私は、『零戦』に乗り、敵艦載機と格闘戦を行いながらそう無線に叫ぶ。


「吹雪! 俺たちが先行するぞ!」

「了解尾田さん! ジェットは任せます!」


 今回普天間から発進したのは、『F3』8機、『M0』8機、『F35』4機、『流星』22機、『彗星』24機、『零戦』12機。『零戦』を除く全ての機体を『紀伊』へと向ける。その理由はただ一つ。


「『F3』、対艦ミサイル発射!」


 この化け物の弱点を探るためだ。

 報告が聞こえ、くるりと機体を回すと、真っすぐ艦へと飛翔するミサイルの姿が目に入る。しかし、そのミサイルは紀伊へと届くことなく、空中で爆発した。


「ミサイル、目標に到達せず! 攻撃失敗!」

「間髪入れないで! 次!」


 私の指示に合わせて、今度は上空に陣取っていたAI操縦の『彗星』たちが一斉に身を翻す。次の攻撃は爆撃だ。

 『大和』に匹敵、いやそれ以上の防空弾幕が『彗星』を出迎える。内地で訓練を積ませ、かなり成熟したAIを積んでいるはずの『彗星』が、一機、また一機と火を上げていく。


 引き起こしをかける時には、第一波の12機は、半数以下の5機になっていた。放り投げられた500キロの爆弾は、見事な軌道をたどって『紀伊』へと向かった。


「っつ! これもダメか!」


 しかし、先ほどのミサイルと同様、空中で落下速度が低下したと思えば、次の瞬間にはその場で爆発してしまう。爆炎すらもシャットアウトするように、薄緑の膜が紀伊を包んでいる。


 第二派が、その幕を目指して突っ込んでいく。

 第二派は、第一波よりも突っ込んで爆撃しようと、AIが判断したようだ。

 成り行きを見守りたかったが、正面から敵機が向かってきたため、一瞬意識を逸らし、敵機を落とす。そうしてほんの一瞬目を離した直後のことだった。


「『彗星』が!」


 零の悲鳴にも近い絶叫が聞こえる。

 はっと視線を向けると、薄緑の膜の中へと突っ込む彗星たちが火だるまになり、落ちていく。


「まさか……あの膜の中に入るだけで、ああなるの?」

「入った瞬間に発火、多分、生身の人が乗ってれば、数秒でコックピットの中で焼き切れてる……」


 『彗星』だった金属の塊が、火だるまになりながら海面へと落ちていく。まるで砲弾が落ちるように、『彗星』は海中へとその身を投じ、水柱を立ち上げる。


「ああ、もう! 次!」

「了解! 『F35』行くぞ!」

「『M0』、続くぞ!」


 今回『F35』の役割は、羽下機首下につけた30ミリガンポットの、『M0』は20ミリFBでの機銃掃射だ。戦艦相手にどれだけダメージを与えられるかは分からないが、艦橋、対空砲等を潰すことはできるはずだ。

 『紀伊』もCLWSを装備しているのか、接近するジェット機たちに、対空機銃とは明らかに違う速度で弾幕が向けられる。


「ガンズガンズガンズ!」


 薄い膜ギリギリまで接近して、ジェット機たちは機銃を発射する。FB弾や、曳光弾など、おそらく榴弾型の機銃弾は空中で爆発しているのだろう。小さな爆発が直線的に発生する。しかし徹甲弾型の弾は『紀伊』に届いているらしく、微かに甲板や環境に、着弾の火花が見える。


「ダメだ、徹甲弾だけじゃあ、効果は期待できない。機銃での攻撃失敗!」


 ミサイル、爆撃、機銃掃射、全てダメだった。


「最後! 『流星』!」


 私が機体名を呼ぶと、待ってましたと言わんばかりに、AI操縦の『流星』たちが、水面ギリギリの高度を横帯陣で紀伊へと向かっていく。


「水中を走る魚雷なら!」


 次々に『流星』が800キロ航空魚雷を切り離し、機首をずらしていく。


「行っけえ!」


 私の声に答えるように、『紀伊』は艦首を大きく横に振った。


「『紀伊』が取り舵をとった! 繰り返す! 『紀伊』が攻撃を避けようとしている!」


 つまりそれは……。


「魚雷なら、『紀伊』に通用する!」


 期待に答えんと、三本の魚雷が命中コースを進む。少しでもダメージを与えれば、『大和』に有利になる。そんな期待の眼差しで見つめていたが、それは叶わぬ夢と知った。


 紀伊の側面から、何やら小さな砲煙が上がると、紀伊の側面にいくつもの水柱が上がり、真っすぐ進んでいた魚雷が爆圧によって誘爆、一本は海面へうち上げられ、爆発した。


「魚雷に対しても防御手段はあるってわけね……」


 私は、舌打ちしながら周囲の様子を窺う。


「制空権自体は拮抗、向こうの空母の艦載機はまだ残ってるだろうから、とれたとは言いにくい。でも、魚雷、と言うより水中からの攻撃、かな? それは効果はあると分かったし……」

「制空戦闘が可能な機体以外は一時撤退、魚雷を装備できる機体をかき集めて、『紀伊』の航行を妨害するよ! 尾田さん、彭城長官に潜水艦隊の出撃要請を!」

「了解、電報を送る!」


 『M0』の方が通信機の質はいい、私がやるより確実だ。


「さあ行くよ、第二ラウンド!」

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