第二六五話 再び『大和』へ

 7月3日 午前8時00分 呉海軍工廠


「ん、来たな」


 いつぞやお横須賀のドッグでお世話になった、西村陽人さんだ。確か所属は横須賀海軍工廠の責任者だったはずだが?


「西村さん、呉までどうしたんですか?」

「お前の所の『大和』を死んでも直せと上から命令があったからな、色んな所からエリート整備員たちが呉に集められてんだよ」


 どうやら『大和』のために、日本の技術者が総動員されていたようだ。


「それは……なんと感謝を申し上げればいいのか……」

「礼はいらねえ、この先も日本でうまい酒と飯が食えれば十分だ」


 そう言いながら、ひょいと俺にタブレットを投げる。


「うおっと」


 慌ててそれを受け止める。そこには、『大和改二』の詳細が記されていた


超弩級戦艦『大和改二』


主砲 試作51センチ三連装砲三基九門

副砲 180ミリ連装速射砲二基六門

対空 改長10センチ連装高角砲十二基二十四門 改長10センチ単装高角砲四門 

   30ミリ単装機銃六基 改25ミリ三連装機銃五十二基 ファランクス四基


   87号電探 71号対空電探 VLS六セル


「知らん兵装がいっぱいある……」


 51センチ砲はまだしも、87号電探ってなんだよ、71号対空電探ってなんだよ……聞いたことねえぞ。それに、180ミリ連装速射砲ってなんだ? 155ミリ三連装副砲はどうしたんだ?

 武装だけじゃない、電子機器の導入や発電機の設置など、もはや日本人が知っている『大和』ではなくなっている。


「まあほんと、試作兵装全積みだからな無理もないだろう……」


 西村さんが手を伸ばし、ひょいとページを捲る。


「180ミリ連装速射砲は、護衛艦なんかが装備しているMk.45Mod4を基本設計にした速射砲だ。流石に127ミリだと威力不足とみて、180ミリにしたみたいだな」


 毎分16~20発の180ミリ砲か……なかなか脅威だな。小型艦戦闘にはもってこいだ。


「んで、87号電探は分かりやすいぞ、55号の改良型だ。消費電力量を抑えつつ、ステルス性を持つ敵を発見可能、かつ全力運用すればかなりの距離まで索敵可能だ」


 遂に55号ステルスレーダーは完成形に至ったと言う訳だ。


「そして71号対空電探、電探射撃可能、航空機探知は勿論。おまけにミサイルの目標指示にCLWSの制御、両弦の高角砲も統制可能だ。こいつのおかげでVLSを乗せられた訳だな」


 そう言えば、VLSって書いてあったな……。


「戦艦にVLSなんて積んで大丈夫なんですか? 被弾時、誘爆なんてしたら……」

「お前の言うこともごもっともだ。だから、実際は砲戦になる前にVLSは撃ち切ることを推奨する。一応対策として、艦首の空洞部分に置いたり、VLSとメイン区画の間には分厚い装甲を用意はしてある」


 そんな風に『大和』について話していると、一人の作業員が駆け寄って来る。


「西村さん、『明石』、入港しました。キューブの修復は完了しているとのことです」

「そうか……大和のご帰還だな」


 作業員を仕事へ戻し、西村さんは俺の背中を叩く。


「行ってこい、お前のお姫様だろ」

「……はい、乗艦させて頂きます。『大和改二』に」


 ドッグへと入って行き、『大和』の甲板に掛けられた階段を上る。甲板には近代的な高角砲群と機銃群が並び、甲板も綺麗に張り替えられている。とても対艦ミサイルを食らった後のようには思えない仕上がりだ。


「流石日本人技術者たちだ……2か月でここまで綺麗にするとは……」


 艦橋外側の階段を使って、第一艦橋へと上って行く。

 すると目に入るのは、これまでよりも存在感を増した主砲塔、試製45年式51センチ45口径砲が三本並ぶ三連装砲。サイズが増したため主砲塔脇に設置されていた機銃たちは撤去されている。


 艦橋内部も、まるで別の艦のように、これまでとは全く異なる設計になっている。

 これまで多く伸びていた伝声管が全て撤去され、通信機器は一つの箱に集約され、艦長席、参謀席のそれぞれに設置。衛星電話、S無線、艦内無線の受話器が装備され、万が一回路が切断された時用に、機関室への伝声管だけは用意されている。

 

 今の時代不要になったこまごまとしたアナログな計器も撤去、艦橋窓の下に、大きな三枚のモニターが設置、参謀席と艦長席の前に小さなモニターが一枚。艦橋中央には、『しろわし』で見た電子机が置かれている。


「電気消費量がえぐいことになりそうだな……」


 そのために発電機を乗せたんだろうな。流石に既存の機関での発電量じゃあ辛いだろう。


「さて……防空指揮所か」


 そして最後に、いつもの場所、防空指揮所に上って行く

 黒鉄の城の頂上、展望席。三つの双眼鏡と、元々艦橋への伝声管があった台。上を見上げれば、見慣れた21号……ではなくなっているが、おおむね変わっていない。


「それじゃあ、そろそろ姿を見せてくれてもいいんじゃないか? 大和」


 俺の一声に反応して、柔らかい光と共に紅白の和装に、耳に桜のイヤリング、明るめの茶髪で燃え盛る赤い眼を持つ大和が、姿を現した。


「勇儀……元気だった?」

「まあな、お前が眠ってる間、日本は大変だったけど」


 少し茶化す様にそう笑うが、大和の表情は重い。


「明石から聞いた。硫黄島と沖縄のこと、クーデターのこと……戦犯のことも」

「……お前も、俺を責めるか? 勝手に戦犯を引き受けたことを」


 空はそうだった。会うなりビンタして来たことは、しばらく忘れられないだろう。


「怒りたいよ。そんなことしないでって、勇儀は戦犯なんて言われる筋合いはないって……でも、勇儀がそう言われる理由を作っちゃったのは……私だから」


 ぎゅっと自身の腕を握りながら、大和は言う。


「私が不甲斐ないせいで、乗員の三分の一を死なせてしまった。勇儀は、きっと自分の指揮がとかっていうかもしれないけど、結局は、私がCLWSを上手く使えなかったり、耐えられなかったのが原因。あの状況、指揮でどうこうなるような場面じゃないよ」

「……だが、300人の命を切り捨てる決断を下したのは俺だ。決断には、責任が伴う。そして今回俺が背負う責任は、多くの人を死なせてしまったという十字架だ」

「だったら、その十字架は私も背負う。勇儀が戦犯として牢獄に入るなら、私も退役して港に固定してもらう。勇儀と一緒に、勇儀の下で失った命の罪を背負う。それが、相棒ってもんでしょ?」

「大和……」


 俺の手を取って、大和はそう告げる。


「勇儀を一人にはしない。私は兵器だから、人間として勇儀を助けてあげることは出来ないかもしれない。でも、戦争に関することなら、勇儀を助けられる。戦場に居る時は、勇儀が軍人としている時は、絶対に、私が側に居るから」

「ありがとう、大和……世界最強の艦が側にいてくれるなら、怖いものなしだ」


 俺の、心からの本音だった。

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