第二六三話 「暁」作戦終了

 俺は空を救護所まで担いで走った。

 空は、全身の筋肉から出血し、目からも血の涙を流している。左腕は欠損してしまったため、俺は携帯していた止血バンドを撒きつけ、上着で腕を覆うが、ぽたぽたと血が滴っていた。


 救護所に運んで言われた一言は、「ここじゃどうしようもない。緊急ヘリで本土へ運べ」だった。そこで俺は、衛星電話で本土に電話、オスプレイの後継機である『ノルス』を呼び、空を本土の軍病院まで運んでもらった。

 硫黄島は歩兵5000人と角田少将を残し、摺鉢山に日の丸を掲げたところで撤収。次の攻撃に備えるよう指示を出し、俺も『ノルス』に乗って本土へと帰還した。

 本土に着くなり空は軍病院の集中治療室に直行、応急処置、手術、身体チェック、全て終えて空がベッドへと移ったのは、12時間後のことだった。




7月1日 6時11分 軍部省


「空君は、大丈夫か?」


 中国大陸での戦闘を終了し、帰還していた浅間長官が聞いて来た。


「はい、とりあえず一命はとりとめました。まだ意識はありませんが……」


 軍部省の奥にある会議室、ここには「暁」作戦を説明した面子が集まっている。彭城長官は、九州の佐世保で、敵艦隊の急襲に備えているためいない。


「硫黄島での激戦、ご苦労だったな。後は、陸上自衛隊が引き継ごう」

「はい、よろしくお願いします今村元帥」


 とりあえず硫黄島からサイパン島にかけての制海権は確保し、硫黄島も奪還できた。失ったものは大きいが、「栗林」作戦は成功した。


「中国大陸も、敵『チャーチルクロコダイル』率いる部隊にてこずらされたが、第一戦車師団の森少佐のおかげでそれらも撃破。朝鮮半島全土と台湾、中国沿岸部の寧波まで制圧した。これで、強襲上陸の危険性は随分下がったはずだ」


 浅間長官の言う通り、陸自の大部分の兵と、残っている軍の陸上戦力全てをつぎ込んだ「畑」作戦も成功した。ロシアの協力もあり、朝鮮は比較的スムーズに、航空支援のため停滞したが、沖縄が復活したことで台湾も制圧できた。

 『クロコダイル』はアジア電撃作戦の時にも相まみえた航大の仇だ。どうやら、それは陸自の方で討ってくれたらしい。


「とすると、やはり問題は「牛島」作戦か……」


 酒井元帥が嘆く様にぼやく。


「作戦自体は成功したが、それ以上に厄介なやつが出て来たからな。それに、西方艦隊も壊滅と来た」


 第二方面沖縄、「牛島」作戦。機動艦隊の撃滅、沖縄航空基地の復活までうまく行った。しかし、機動艦隊殲滅後、『紀伊』率いる砲戦部隊が出現、西方艦隊は撤退を図るも、イージス戦艦『こがらし』イージス艦『はぐろ』小型護衛艦『はるかぜ』潜水艦『うしお』『そうりゅう』を失い、壊滅した。

 現在残存艦艇は佐世保で修理と補給を行い、WSの艦も加えて艦隊を形成、敵に備えている。


「「暁」作戦自体は成功。しかし、次の一手を考える必要が生まれてきましたね」


 俺は、沖縄からフィリピンまでの地図を見ながら呟く。


「ああ、いよいよWAS主力艦隊を追い払う段階だ。これさえ叶えば、WASの主力を消し去り、本土を守り切るだけでなく、この第三次世界大戦に終止符を打つことが出来るだろう」


 凌空長官が、遅れて会議室へと入って来る。


「遅いぞ凌空。何をしていた?」

「そりゃあ、内政に決まってるだろう。それから、敵の調査もな」


 茶封筒を抱えて、凌空長官は席に着く。


「具体的に何を調査していたんですか?」

「敵のトップが判明した」


 その報告に衝撃が奔る。


「それはつまり、WASのリーダーが誰か分かったってことか?」


 浜松元帥が食いつく。一同も凌空長官の言葉を待つ。


「ああ、WASを指揮し、この地球を機械による統治を実行しようとしたのは……松川卓也、日本人だ」


 茶封筒からがさっと髪を取り出し、机の上に置く。


「日本人……」


 まさか、世界を巻き込む大テロ組織の首謀者が、日本人だとは……。想像していなかったわけでは無いが、心底驚いた。


「東京都池袋在住、62才男性。町工場で働いていたものの、今は退職している。ただ、家は既にもぬけの殻だった。すでに何年も家に戻っていないようだったな」


 ……見る限りではごく普通の人だ。何故こんな人がここまで災厄を生み出したのか分からない。


「家族はいないのか?」

「それが……」


 凌空長官は続けて資料を取り出す。


「婚約者と娘がいたんだが、数十年前、事故で二人ともなくしている。両親は既に他界されているようだった」


 『乗用車暴走事故、二名死亡』と記された新聞記事と共に、詳細が綴られている。

 どうやら、家族で出かけ、横断歩道を渡っている時、運転手の操作ミスによって暴走した乗用車が突っ込んできたようだ。その結果、松川さんは軽いけがで済んだものの、妻と娘は、跳ねられた後も車に引きずられ、無残なことになってしまったと。

 痛ましい事故だ。


「この事件で得た損害賠償を使って、松川は機械制御による車やAI研究へと身を投じたらしい。町工場と言うのも、そう言ったロボットなどの精密機器の部品を作る会社だったみたいだな」


 そして、それらを転用してWASを……。


「だが、これは我々ではなく文官に任せるべき仕事だ。我々武官が注目するべきなのは、こちらだ」

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