第二五〇話 めんどくさい女
二人に導かれるまま、私は前線の防衛ラインまで戻って来た。そこには、だいぶ痩せこけたウルフ1が戦車の上に座って待機している。
チラッと、こっちに気づいたのか視線を向けた後、ぽつぽつと呟く。
「明日、午後11時00分。西海岸に潜水艦が来る。それが最後だ」
私は首を捻る。
「どうゆうこと?」
「515を実行するのを決断するなら、明日の午後10時30分までに実行する決断をしてくれ。本当はいつでもよかったんだが、まさかここまで制海権を完全に喪失するとは思わなかったからな」
ウルフ1は一方的にそう話し続ける。
「まって、どうゆうことなの?」
「お前を本土に送り届ける。515作戦の重要な駒として、お前は清原大尉や彭城長官に求められている」
また515だ。515、515って……。
「そろそろ教えてよ、515作戦って……なんなの?」
ウルフ1は少し考えた後、再び口を開いた。
「簡潔に言えば、軍事クーデターを起こし、有馬指揮官を予備役から戦場へ戻して貰う。それが515作戦の内容だ」
「軍事……クーデター……」
クーデターの所も気になったが、それよりも……。
「有馬が予備役ってどうゆうこと? 謹慎が終わったら、戦線に復帰するって……」
「あれは彭城長官があんたのためについた嘘だ。それを聞いたら、あんたがちゃんと戦ってくれる自信がなかったんだと」
もしかして、石塚や前橋たちが有馬の名を聞いて目を逸らしたのはそう言うことか……。
「ここまで来たから言うが、隠してるのはそれだけじゃない。有馬勇儀は戦後、戦犯として裁かれる用意がある」
その言葉に、全身の毛が逆立つ。
「戦犯って、どうゆうこと!?」
「その名の通りさ、戦争犯罪者。罪状は、人命を軽視した指揮を行い、多大な軍人を死なせたこと」
体が震える。一体国は何を言っているんだ? 人命を軽視した指揮? 多大な軍人を死なせた? 意味が分からない。
「政府は、この戦争の落としどころを有馬指揮官に置いたんだろう。この戦争はWW2とは違う。数万人程度の死者で、無知な国民は『大きすぎる犠牲』なんだよ。それに対する弔いを、怒りの矛先を必要とする。その先が、有馬指揮官なんだよ」
「どうして、どうして有馬が! そんなの政府の偉い人たちが負うべき物でしょ!? どうして命を張って前線で戦った有馬が、誰よりも日本を大切にしてる有馬が! 日本から憎悪の目を向けられなくちゃならないの!?」
「彼は18歳の指揮官として、色んな所から賛否両論あった。死んだ兵士の遺族のある程度は、すでに有馬へイトを向けていた。政府は有馬に責任を求め、それを国民の代理として叩くことで、国政を安定させようとしているんだ。戦後の日本のな」
ウルフ1は、ため息をつきながら続ける。
「そして有馬指揮官も、それを受け入れた。彭城長官や軍部のお偉いさんは止めたが、政治家たちは与野党関係なく有馬に責任を求めた。そうすることで、国の崩壊は防ぐことが出来るから。国として日本が機能を失えば、政権争いどころの話しじゃなくなるからな」
ウルフ1は戦車から降りて来る。私の前に立つと、私と視線を合わせる。
「これを聞いたら……確かに私は、その場で実行するって言っていたね」
「だろう? だから、今の今まで内容を伏せていたんだ。お前がこの作戦を実行するってことは、有馬指揮官の覚悟を踏みにじることになるからな」
有馬は、きっと善意で責任を取ることに承諾したのだろう。欧州以前から続く戦闘で死んだ部下への責任、『大和』艦内で死なせてしまった兵への責任、有馬は多分、罪を償う場所を見つけたと考えているのだろう。
「そうだね……でも、私は有馬のそんな覚悟、踏みにじるよ」
でもそんな勝手、許さない。
「私は、有馬の彼女だから。ゆくゆくは妻になる女だから。勝手にそんな責任を背負って退場するなんて、私は許さない」
私の言葉に、ウルフ1は苦笑する。
「有馬指揮官殿も、めんどくさい女に好かれたもんだ」
それだけ言うと、ウルフ1は戦車の運転席へと入り手招きをした。招かれるまま私も戦車を上ると、運転席から受話器が出て来た。
「俺たちウルフ隊が使うこの次世代MBT『四五式主力戦車』は、全車輛衛星電話搭載だ。これで、作戦発動を通達するといい」
「分かった、繋ぐ先は、沖縄普天間基地にして」
「了解」
彭城長官は今どこにいるか分からない。ただ吹雪のいる場所は分かっている。だから吹雪へと掛ける。
「……こちら硫黄島守備隊、清原吹雪大尉をお願いします」
繋がった先の兵がそれに了承した数分後、受話器から声が聞こえた。
「空……どうしたの?」
その声に生気はなく、いつもの軽口を言う気力も残っていなさそうだった。
だから私は簡潔に、かつストレートに言った。
「515を実行しよう。吹雪、私たちの指揮官を取り返しに行こう」
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