第二五一話 決行前日
5月31日
横須賀海軍基地内の端にあり、自衛隊・軍共同で運用し、日本軍部総合本部、軍事作戦本部が内蔵される軍部省、その最奥に位置する元帥会議室。中央に置かれた円卓を囲むように8人。
「戦略第一大隊ガーディアンには話を通した、他戦略大隊にも連絡を入れたから協力してくれる。警視庁にも内通者を入れた、行動開始と同時に動きを封じてくれる手はずだ」
浅間長官が言う。
「東京駐在の第一師団、第八戦車連隊にも話は通した。私たちの動きは邪魔しないとのことだ」
彭城長官が言う。
「横須賀海軍基地とその周囲にいた桜日軍、歩兵3000、戦車20輌、航空機120機は完全にこちら側に取り込んだ。これで作戦には十分な戦力なはずだ。部隊を展開させる、首都高速湾岸線の逗子から霞が関料金所、国会周辺の交通規制は当日の午前9時から開始し、9時30分に終了する見込みだ」
凌空長官が言う。
「横須賀駐留中の艦隊は、全艦艇協力を申し出ています。WSの皆さんは……まあ言うまでもないですよね」
明野さんが言う。
「ファントムも横須賀のドッグに入った。もうここまで来た以上、ファントムとしての極秘行動は出来ないがな」
大堀さんが言う。
この場にいる5人の武官が、それぞれの担当した工作の報告を終えると、腕組をしてそれを聞いていた一人の文官が口を開く。
「6月1日、臨時会談、今後の戦況について話し合うために、国会に阿呆どもを集めた。内閣大臣ら全員と野党の代表もいる」
小堀防衛大臣だ。今回の作戦実行に当たり、政治家で唯一協力してくれる存在。
「これで、準備は整ったな」
彭城長官は大きく息を吐き、私と吹雪の方を見る。
「この作戦で第一陣を切るのは君たちだ、しっかり頼むよ、清原大尉、雨衣少佐」
「「はい」」
私は国会周囲に潜み、第一陣として国会へ殴り込む。吹雪は国会上空を飛んで賑やかし、私たちの突入を気づかせないようにする。
「本当にこんなことをする羽目になるとはな……人生何が起こるか分からないものだよ」
凌空長官が頭をかき、窓の外に広がる町を眺める。
「繰り返すが、絶対に死者だけは出してはならん。出せば、こちらの正当性が著しく下がるからな」
小堀大臣が何度目か分からない忠告をするが、それを凌空長官は鼻で笑う。
「そもそも軍事クーデターの時点で、正当性など欠片もないけどな」
相変わらずこの二人の仲は険悪なようだ。
「抜かせ、どちらにせよ、死者が出れば国民からの信頼は落ちる。ただでさえ軍事を嫌う国家だ、政府転覆を図って死者なんて、デモどころじゃ済まないぞ」
「そのために、こちらの兵装は空砲と信管を抜いた爆弾とゴム弾にしたんだろ」
彭城長官の言うとおり、私たちに渡されたのは全て殺傷力の低いゴム弾だ。国会を守備する警官らと一戦交えたとしても、殺すのはまずい。
「お任せください。死者を出さずに、やり遂げて見せます」
全ては有馬のために、有馬が守りたかった日本のために。狂信、自分で言うのは何だが、もはやそう言うほかない。
彼の努力が無下にされ、彼の夢も叶わなそうなこの現状、黙って見ている訳にはいかない。
遂に明日、100年の時を超えて、日本で軍事クーデターが起こる。
同日 17時22分
「こんなもんか……」
防衛省、海上自衛隊幕僚監部の一角、謹慎と称して書類処理を押し付けられた俺に与えられた謹慎部屋。この時間になれば、夕日が差し込んでくる。
「たく、謹慎させるなら、戦況が分かる横須賀の宿舎内で謹慎させてほしいもんだ。これじゃあ仕事にも身が入らねえ」
軍法会議で裁かれた俺は、有馬勇儀一等兵まで降級、その後、この戦争で死んだ者たちの責任を負って、戦犯となった。
まあ、吹雪と空がそれぞれ前線に出てるなら、一先ず大丈夫だろう。帰って来ると同時に閉じ込められたおかげで、全くこれっぽっちも戦況が分からないが……。
「まあ普通にあの二人が戦場で自由に暴れ回ってれば、問題ないだろう。9月までにはアメリカがなんとか復帰するだろうし、それまで耐えられれば反撃開始だ」
ただ永遠と書類整理と敵兵器の分析記録を書くだけでは暇な俺は、常々戦況を予測していた。
「防衛ラインの縮小は仕方ないとして、硫黄島は本上陸されたら終わりだからな……」
ぶつぶつと呟きながら備え付けのベッドに寝転がる。
「例え上陸されたとしても、硫黄島までの補給路さえ確保しておけば、摺鉢山までは譲っても大丈夫か……戦時中とは違って、こっちには上質な戦車と砲があるからな、敵艦隊さえ深手を負わせられれば、取り返すこともできるだろう」
そうこう呟いている間に、扉が開く。
「今日の仕事は終わったか?」
「ああ、そこの机にある通りだ」
警備の人間だ。俺がこの部屋から出て行かないようこの部屋の入り口を監視している。ここは地上6階のため、窓から飛び出ることは出来ない。空でもない限りは。
「ご苦労、今夕食を持ってくる。まっていろ」
食事を運んでくれるのもこの人だ。トイレとシャワーも付いており、本当に一切部屋から出してもらえない。
しばらく待つと、警備の人間がお盆に乗せた夕食を持ってきた。
「……よく噛んで、ゆっくり食えよ。お盆に零すな」
やけに真剣な眼差しで警備の人間が俺にお盆を手渡した。
「ん? ああ、分かった」
どうやら今日の晩御飯はビーフシチューとバケット、ポテトサラダのようだ。シチューを零すなと言いたかったのか?
机に置いて、自分も席に着く。
「いただ……うん?」
さっそく頂こうと皿に目を向けると、バケットの乗った皿の下に、紙が挟まっているのが目に留まった。スプーンを咥えて、その紙を開く。
『勝手に悪役になるなんて許さない。勝手にいなくなるなんて許さない。必ず迎えに行く。迎えに行って、ビンタしてハグしてキスをする。歯を磨いて、正座して待っていて。 ~オデットより』
「随分殺意の高いラブレターだこと……」
一目で分かった。この字体も、この文字から漂う怖さも、間違いなく空のものだ。わざわざ旧名で差出人の名前を書くなんて、一体何のつもりなのか。
「……というか迎えに行くってどうゆうことだ?」
あいつ今、本土にいるのか? 俺はてっきり台湾やサイパンの奪取か、硫黄島、沖縄の防衛に付いてると思ったが……。でもこの紙を書いたのは間違いなく空だ。
「まあ、待ってみるか」
丁度退屈していたところだ、何が起こるか期待しても、悪くないだろう。まあ、この部屋を出る訳にはいかないが。
「久しぶりにあいつの顔を拝めるのは……楽しみだな」
愛しくも恐ろしくもある彼女の顔を想像して、夕食にありついたのだった。
――――まさか、あんなことになっているなど、夢にも思わなかった。
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