第二四九話 失望
5月28日
艦隊は負けた。艦隊の攻撃が失敗したため、私たちの攻勢も断念、高砂台から撤退を試みた。しかしその途中で敵の空襲に遭い、多くの兵が死亡、やっとの思いで、囮として使っていた硫黄島航空基地まで撤退できた時には、兵は1300人にまで減少していた。
撤退の援護はしてくれなかった。と言うのも、本部はどうやら私たちに、撤退してきてほしくはなかったようだった。
「補給物資が、尽きた?」
「天山防衛司令部の物資整理担当の自分から言わせて貰うと、そうゆうことになる」
申し訳なさそうに男はそう言い切る。
「どう、して……? 本土からの輸送はつい昨日まであったはずでしょ? それが一日二日で尽きる訳……」
「補給倉庫が、バンカーバスターで爆撃されたんです」
バンカーバスター。日本語に直せば、地中貫通爆弾、掩蔽壕破壊弾と呼ばれる高威力爆弾。
硫黄島天山補給備蓄所は、硫黄島全土に渡すための補給物資を一時的に置いておくため、非常に広い。それらは司令部側の地中に配置されており、万全の守備状態になっていると思われていた。
しかしどうやら、艦隊殲滅に参加した『S2』が、クロウミサイルの代わりに大量のバンカーバスターを持って昨晩飛来。私たちが撤退中に爆撃されるさなか、物資集積所も爆撃されていたらしい。
「防空体制はどうなってたの!? 私たちの撤退を援護しに来なかったぐらいなんだから、対空車輌は充実してたでしょ!?」
半分恨み言交じりにそう詰め寄る。
「そのほとんどは、滑走路の守備に当てられました」
私は拳を握りしめ、歯を食いしばる。あの無能な指揮官への怒りで体が震える。
「雨衣少佐、怒るのは分かります。でも、相手は将クラスの指揮官です、ここは既に本土から孤立しました。今上のヘイトをもろに受けるのは得策ではありません」
私の姿を見て察したのか、男はそう宥めようとするが、私は限界だった。
「ヘイトが全て私に向くだけなら結構」
それだけ言い残して、走り出した。向かう先は天山司令部。若干空腹のため足は遅くなるが、それでも最大速度で乗り込み、熊潟とか言うバカがいる司令部の扉を蹴破った。
「何事かね! ここは指令室だ――」
「言え、なぜ備蓄施設を守らなかった?」
席に付いていた熊潟が雑音を放つので、銃剣を突きつけて黙らせた後、そう尋ねた。
「貴様上官に向かって何たる態度か! おい誰か! こいつを拘束―――」
それでも黙らない、私の質問に答えないから、腰から拳銃を抜き、熊潟の耳元で引き金を引いた。
「次は足だよ」
熊潟は顔を青ざめ、ようやく黙った。
「もう一回聞くね、なんで補給集積所より滑走路を守ることを優先したの? 相手が『S2』を持っていることは艦隊戦で分かってるんだから、バンカーバスターを警戒してもいいはずだよね?」
改めてそう問うと、熊潟は目を逸らした。
「GBU―28なら知っている。アメリカの地中貫通爆弾だ、しかしその爆弾は、『F15E』系列の機体しか装備したことは無かった! WASは『F15E』は保有していない、よって、バンカーバスターを警戒する必要はないとしたのだ!」
「本気で言ってるの? バンカーバスターはその重量を運べさえすれば、何でもいいの。着弾誘導だって、レーザー目標指示装置さえあれば、別機体がやったっていいの。それが両方一機で出来るのが『F15E』なだけ!」
全部有馬からの受け売りの知識だ。だが、バカな私でもそれぐらいの知識はある。
「『S2ビショップ』の投下するクロウミサイルは、バンカーバスターと同じ仕組みなんだから、『S2』がそれを装備することぐらい想定できるでしょ!? 指揮官なんでしょ!?」
「そもそも、私は『S2ビショップ』なんて機体を聞いたことがない! あれが戦略爆撃機であることは分かっても、WASの兵器の細かい差異などいちいち覚えていないわ!」
どうなってるの。何? それが普通なの? 有馬はさすがに知りすぎかもしれないけど、彭城長官や浅間長官、若い明野さんですらある程度敵の詳細を理解していた。だと言うのにこの男は、『S2ビショップ』の名を知らないと言った。機体を『戦闘機』『爆撃機』などでしか区別できないと言うことか?
「指揮官、どうされ……雨衣少佐!?」
さすがの銃声に他の兵が駆けつけて来ると、私の動きを見て後ろから止めにかかる。
「離して! 殺さないから、殺さないから一発殴らせて!」
「ダメです! さすがに雨衣少佐でも、それは見過ごせません!」
「落ち着いてください! 雨衣少佐!」
二人の兵が私の腕と肩を掴み、全力で引きずっていく。本気で抵抗すれば、この二人を突き飛ばすこともできたが、罪のない二人にまで怪我を負わせる訳にはいかないので、大人しく引きずられることにした。
指令室から連れ出され、少し離れた通信室へとたどり着く。
「……少し落ち着いてください」
「めちゃくちゃしんどかった……抵抗強すぎです」
私を椅子に座らせ、男二人は大きくため息をつく。
「それで、どうしてあんなことに? 雨衣少佐が怒っている所なんて、滅多に見たことないんですけど?」
「あいつが無能すぎるから」
ストレートな反応を見てか、二人は互いに目を合わせ、再びため息をつく。
「気持ちは分かりますが、あれでも政治家ですよ? 軍人が政治家を手にかけたなんて知られたら、国民が黙っちゃいませんよ?」
「別に、戦死ってことにして、別の誰かに硫黄島戦の指揮を執って貰えばいい。あんな奴より、そこら辺の大隊長とか師団長を務められるぐらいの人の方が、もっと上手く戦えるよ」
本部になら、あの政治家の補佐役として、佐クラスの兵もいるはずだ。その人に指揮を執って貰えばいい。
しかし、私の発言に二人は丸くした。
「そんなこと言ったら、あの人の次に階級が高いの、雨衣少佐ですよ?」
その発言に、今度は私が目を丸くする。
「え、補佐官とかは、自衛隊の士官クラスの人はいないの!?」
「いませんよ。あの人が、下手に階級が高いと自分の作戦に口を挟まれるかもしれないからとかで、ここに来るはずだった士官級の人はみんな本土に置き去りです」
じゃあ、ここは実質指揮官が、もっと言えば軍師的な立場の人間がいないことになる。
「ほ、本土に応援要請を、せめてまともな指揮を執れる人が一人欲しい。貴方たち通信員なんでしょ? お願い、誰か寄こすように本土へ……」
私が縋りつく様にそう言うと、二人は申し訳なさそうに首を振った。
「もう、現在は軍部の一存で指揮官や部隊の派遣が行えません。指揮系統すら国会が吸収してしまったので、議会の承認なしには下手に部隊を動かすことすらできません」
そんな、そんな状態になっているなんて……。
「何のための国家緊急事態宣言よ!」
「あれは国民への宣言であり、あくまで国民の行動を縛るものです。縛る側である政治家は関係ありません」
「そんな……」
私は膝から崩れ落ちる。
「指揮官は使えない、補給物資はない、兵力は足りない、制空権は取れていない、海からの支援も望めない……こんな状況で、どうやって戦えってのよ」
どうしてこうなった? 海自が負けたせいか? 摺鉢山が落ちたせいか? いや違う。全ては、この計画を立てた時から問題だったんだ。そこさえ有馬が手を出していれば、こうはならなかったはずだ。そうすれば、この場に有馬がいなかったとしても、まだましな状況だったはずだ。
「お戻りください、雨衣少佐。我々には、どうしようもないのです……」
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