間章 計画
なんとか引き返そうとしても、こちらからの操縦は一切反応しない。
「皆……」
私は、窓の外から『あめ』を見つめる。敵艦隊の砲撃を浴び続け、もうすでにかなり傾斜している。だが、それでも砲は撃ち続けている。まだ皆、戦っているのだ。
「せめて……せめて同じ場所に……」
私は、腰に刺さっているSFP9を取り出す。同じ艦で散れなくとも、皆が逝く、同じ場所へ……。
その一心で、私はSFP9のスライドを引いて弾をコッキングした。したつもりだった。
「……え」
しかしスライドの中には、一発も弾が入っていなかった。スライドは引かれたままストップし、弾切れを告げる。
「まさか、副長!」
戦闘の前、私に拳銃を渡すのはいつも副長だった。戦闘中の万が一への備えと威厳のため、艦長は戦闘時常に拳銃を持っている。今回も私が艦長席へ座る時、副長が私へ拳銃を差し出してくれた。
きっとその時から今の状態になることを想定して、弾を抜いておいたのだ。
「どうして……私を連れて行ってくれないんですか……どうして」
絶望のあまり、私は全身から力が抜け落ちた。敵の対空ミサイルにこのヘリが撃墜されてしまえばいいとさえ思った。
脱力した私の手に、何か紙のようなものが触れた。眼球だけを動かしてその紙を見ると、それは作戦指令書のようなものと、クリップ止めされた一枚のメモだった。
「……『貴女はまだやることがある。有馬指揮官を戦場に連れ戻し、日本を守り切るという使命が。それを、パプア港に関わる全ての兵と、お父様が望んでいる。日本をお願いします』」
メモにはそう記されている。この文字は副長のものだ。
「有馬指揮官を連れ戻せって……」
そんなことを言われても、彼はすでに予備役に……。
そう心の中で呟きながら、『515作戦』と記された指令書に目を通した。
「これは……」
その内容を読んだ私は、脱力などしている場合ではないことを理解した。
『515作戦』
目的:国会及び政府官邸、警察組織を制圧する。その後、有馬勇儀を戦線へ復帰させ、WW3を終わらせる。
概要
有馬勇儀は、政府により予備役へ編入とされたが、それだけに終わらず、政府は彼を戦後、戦犯として裁くつもりになっている。これまでの戦績、彼の実力はたぐいまれ無いものがあり、日本を守り通すのには必要な力である。
しかし愚かな一部政治家はそれを理解できず、このような現状を作り出した。挙句の果てに、心身共に日本へ尽くした青年を裁こうとしている。これを黙って見過ごすことが出来るほど、我々軍部上層部は腐ってはいない。
よって時が来たらこの作戦を始動し、一時的に日本を軍が制御、本土を守り通す。
そこに書かれていた内容は、まさに。
「軍事クーデター……こんな計画が」
計画立案者は、彭城長官と清原吹雪大尉。協力者は随時集めていると記載がある。
「……私に、これをやれと言うんですね」
『あめ』の乗員たちも求めていたのだ。彼を。
私は、皆と同じ場所に行くのを一旦諦めることにした。
「貴方達の最期のお願い、聞き届けましたよ」
士官帽を深く被り直し、改めて作戦の内容をじっくりと読み始めた。
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