第二四五話 摺鉢山陥落
5月19日
私の嫌な予感は的中した。
17日に、硫黄島へ向かうはずだった艦隊が潜水艦と航空機による攻撃を受けたらしい。硫黄島を守るための艦隊がその対処に当たってしまい、しばらく硫黄島へ向かえなくなってしまったと。
そしてその隙をついて、敵艦隊は再び硫黄島へ肉薄してきた。
「七番砲大破!」
洞窟の中にそう声が響く。たった今の砲撃が、頂上に並ぶうちの一門をダメにしたようだ。
「そろそろ敵の艦砲も、当たり始める頃合いか……」
もうここも、安全とは言い難い。
「kar」
「なんだ?」
私が呼ぶと、隣に姿を現す。
「下の様子はどう? まだ持ちそう?」
「うーん、今上陸してる補給物資が届いちまったら抑えが効かなくなるかもしれないな」
karには、定期的に下へ降りて状況を観察してもらっていた。
「だとしたら、そろそろここも放棄の指示が出るかもしれませんね」
伊藤の言葉は、全員が心中で思っていることだった。
karの言った通り、敵の上陸部隊が戦線へと合流していくと、下からの悲鳴の援軍要請が聞こえて来る。
「本部からの撤退命令はまだ来ない?」
「来ないですね」
私はkarを肩に担ぎながら、伊藤に聞くが首を振る。それに痺れを切らし、備え付けの無線機を本部に繋ぐ。受話器を耳に当てる。
「こちら摺鉢山一班、摺鉢山防衛線劣勢、海岸線まで撤退の許可を」
二つ返事に行くとは思っていない。条件や少し待てと言われることも考えていた。
「ダメだ、撤退は許可しない」
しかし、全否定されるとは思ってもいなかった。
「どうゆうことですか!?」
「そのままの意味だ、摺鉢山の放棄は認められない。敵を引きつけ続けろ」
「それでは、ここを守っている兵が全滅してしまいますよ」
「そこは上手くやれ。摺鉢山を敵の手に渡すことは絶対に許さん! 何としても死守し、海岸から登って来る補給物資を叩き続けるんだ!」
こいつ頭の中どうなってんの!?
「兵の命はどうでもいいって言うの!?」
「どうでもよくはない、だが本土を守るために、この硫黄島を渡す訳にはいかない。そして、硫黄島を渡さないためには、摺鉢山を落とさせるわけにはいかないのだ」
「どう考えても兵力を温存して、撤退した方が良いでしょ! このまま摺鉢山が孤立したら、食料も弾薬も尽きて、戦うことすらままならなくなります!」
さすがにこんな状況では、はいそうですかと引き下がれない。この摺鉢山は一個連隊約2000人で守備している。その2000人をみすみす殺すことなどできない。
「ええい喚くな! そこを落とされさいしなければ、完璧に作戦通りことが運び、硫黄島を守り通すことが出来るのだ! 分かったか!」
「分かるわけないでしょ!? なんでもかんでも都合よく運ぶわけないんだから、その場に合わせて柔軟に作戦を変更して……もしもし!?」
向こうから無線を切られた。私は思わず受話器を放り投げ、無線機を蹴り飛ばす。
「あのバカ! 信じらんない!」
もういい、あいつの指示なんか気にせず後退する。
「石塚、伊藤、前橋! 摺鉢山全体の班に移動命令! 準備させて!」
「班長は?」
石塚の言葉に、私はkarへ弾薬を込めながら言う。
「突破口を作って来る」
私は一人、防衛戦闘が続けられている二層へと入っていく。
洞窟を使った入り組んだ戦闘、出会いがしらに敵兵を一人、また一人と屠って行きながら、戦闘に当たってた班の連中を三層に上がるよう指示、撤退することを告げて回った。守備に当たっていた兵たちは、撤退を許さない熊潟に嫌気が刺していたようで、素直に私の言うことを聞いてくれた。
「これで生きてる人は全員三層に上がれたかな……」
三層に上がる階段を目指して走りながら、改めて周囲を確認する。
「結構な数が死んでたな」
karが声だけで私に語り掛ける。
「うん、三層を取られると、弾薬庫も撤退経路も取られちゃうから、二層で食い止めるために、防衛担当だった歩兵は頑張ってくれたみたい」
おかげで、だいぶ敵の物資をダメにすることが出来たが、もうそれも、お役目ごめんだ。敵の物資の前に、ただでさえ足りないこちらの頭数を守るのが普通だ。
「班長こっちです! 皆撤退を開始してます!」
階段の上から伊藤が手招きする。それを見て、安心して階段に足をかけようとした直後、後ろから嫌な気配を感じ、ジャンプしながらその場を離れた。直後、そこに無数の機銃弾が着弾する。
私は、慌てて岩の陰に隠れる。
「伊藤! 階段を落として蓋をして! 私は別ルートで合流する!」
このままだと三層に敵兵が上がり、撤退する味方の背後を撃たれかねない。
「しかしそれじゃあ!」
「私は大丈夫! 早く!」
数秒伊藤は悩む素振りを見せたが、頷いて、三層に繋がる木の階段を外した。
「班長! 必ず後で合流してくださいね!」
「まっかせといて!」
その後伊藤は三層に繋がる穴を、元から用意されていた土と岩の蓋で塞いだ。
「どうする気だ?」
実体化したkarが、敵の様子を窺いながら聞いて来る。
「敵が入って来た横穴から出て、海岸防衛線まで突っ切る。その後皆と合流する」
「よっしゃ、敵中突破だな」
karに小銃を渡し、私はSFP9拳銃とナイフを構える。
「kar、援護任せた!」
「任された!」
欧州の決戦の時と同じだ。幸い、洞窟と言う、建物の廊下と似た空間のため、戦い方は覚えている。
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