第二四四話 辛抱

 5月11日


 懲りずに敵艦隊は再び上陸を仕掛けて来た。


「今日も来たのか……本部はなんて?」

「7日と同じようにやるから待機、だそう」


 前橋と石塚がそう言葉を交わす。今回の敵艦隊は、どうやら本格的に上陸する気らしく、艦砲射撃に空爆を島へ加えている。おまけに上陸部隊の数も多い。


「お、海自が来た」


 双眼鏡で海の様子を観察する。今回も上手く追い払ってくれると、こちらの仕事が減って助かる。そう思いながら私は、艦隊に注目した。


「流石に、数が足りないか……?」


 隣で観察していた石塚がそう呟く。確かに、海自が若干押されているように見える。7日のことがあったから、奇襲がほとんど意味をなしていないこともあるだろうが、何よりWASの戦力がかなり増強されている。


 少し危ないか? そう考えた矢先のことだった。


「『やまと』が!」


 私は思わず声に出して叫んでしまった。


 『やまと』の側面に、大きな水柱が立ち上っている。どうやら魚雷を食らったらしい。だが、どこから? 敵に魚雷を撃っている素振りは見えなかった。


「これ……まずくないですか」


 伊藤の言葉に頷く。


「まずい。海自の陣形が乱れて、防戦に入った。上陸舟艇を阻止できてない」


 そんな会話をしている内に、放送が入った。


「各戦場の各班、各自で舟艇への攻撃を開始せよ。繰り返す、攻撃開始!」

「やるよ!」

「「「応!」」」


 私は双眼鏡を机の上に置き、155ミリの席に着く。

 下からも兵が上がって来て、摺鉢山屋上の八門の砲は全て埋まった。


「撃つよ!」


 私は早速、舟艇目掛けて榴弾を発射した。

 すると、後ろで待機していた石塚、前橋、伊藤が装填を行う。一班一門扱う形になっている。


「装填よし!」


 その声が聞こえると、再び照準をつけ直し、引き金を弾く。撃ちだされた砲弾は海面を進む上陸舟艇へと吸い込まれて行き、爆発。吹き飛ばす。


「次!」


 矢継ぎ早に私は砲撃を行っていくが、それを阻止する者が上空に現れた。


「チッ、戦闘機」


 『N型』が摺鉢山頂上目掛けて突っ込んでくる。目標は勿論、私たち砲台だろう。


「邪魔!」


 他の班の人員が伏せて機銃をやり過ごす中、私は155ミリの榴弾を航空機へ叩き込み、爆砕することで難を逃れる。


「あ! 『やまと』が被弾した!」

 

 外の様子を見ていた誰かがそう叫ぶ。慌てて双眼鏡でそちらの様子を見ると、確かに、『やまと』の甲板上に火災が見え、大きな被弾跡が見える。


「おい、海自が退いていくぞ!」


 『やまと』の喪失を恐れて撤退したか……まあいい判断だと思う。ここで『やまと』を失っても、何も得るものはない。だったら、出直した方が良い。


 その代わり、上陸はされちゃうけど。


「敵第一波、陸上に到達!」


 放送で現状が報告される。そんなこと、見れば分かるっての。


「敵戦艦の砲口、こっちを向いてます!」


 隣の班がそう叫ぶ。流石にこれはまずい。


「伏せて!」


 席から飛び降り、そう叫ぶ。刹那、山全体を揺るがさんばりの振動が複数回走る。


「流石にこんな小さい穴に、あの距離から正確に砲撃をするのは無理があるか」


 どうやら、砲弾は全て山の地表に外れたらしく、砲台は無事だ。


「射撃を再開する!」


 敵艦の主砲、航空機の機銃がここを狙って来ようと関係ない。ここが一番海岸に砲撃できる要所なのだ、砲撃を止める訳にはいかない。止めてしまえば、海岸で戦っている兵たちが危ない。


 砲声、私の155ミリは再び火を噴き始める。それに感化されたのかほかの砲台も、艦砲射撃が続く中、負けじと打ち返し始めた。


 だが海自からの援護ない今、完全に上陸を阻止する術など、私たちにはなかった。

 撃ち続けて数時間が経った。時計は14時を指している。


「摺鉢山根本に敵兵侵入! 摺鉢山戦場430班から500班は迎撃に迎え!」

 あの熊潟とかいう政治家の声だ。数分前に海岸線の防衛ラインが後退したことは見えたが、どうやら摺鉢山にも敵兵が迫ってきている。


「頂上に来るまで、後何時間もつかな」

 私の呟きは、155ミリ榴弾砲の砲声で、かき消されていた。




5月12日


 夜を通して、WASの攻撃は続いた。海岸の防衛線は第三ラインまで後退し、摺鉢山はふもとで食い止めているものの、迎撃に当たっている班はかなり消耗している。後1日食い止められたらいい方だろう。

 ふもとが押さえられたら、下から順に制圧されて行き、三層が落ちたら、完全に摺鉢山は孤立する。しかしその前に、摺鉢山を放棄して海岸の部隊と合流、防衛線の縮小の指示が出るだろう。そうして遅滞戦術を行って、1週間も守れば、本土から再び海自がやって来るだろう。


 5月13日


 どうやら意外と耐えているらしい。海岸線の部隊は第三ラインを守り、摺鉢山のふもとも未だ突破されていない。海に浮かぶ輸送艦たちや、追加物資を運びに来る舟艇たちには、たっぷり155ミリの雨を降らせているのが効いているのかもしれない。

 兎にも角にも、このまま海自が来るまで耐え続けたい所だ。


 5月18日


 おかしい、いくら何でもおかしい。海岸線は防衛するどころか第二ラインを取り返し、摺鉢山も、地下と一層は制圧されたが、二層は余裕で防衛しており、突破される兆候がない。

 これだけだったら、まだ嬉しい限りだったのだが、一向に海自が来ない。司令部に海自の動向を聞いても分からない、としか返答が返って来ない。

 私の中に、嫌な予感が過っていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る