第二四三話 押し寄せる波

5月7日 07時11分


「摺鉢山戦場1班より天山司令部、目視にて敵艦隊及びその上陸輸送船を発見! 攻撃許可を求める!」


 前橋が無線機にてそう本部に連絡する。

 今日の明朝からレーダーに大艦隊を捉えており、警戒態勢に入っていたが、目と鼻の先にその艦隊は接近してきていた。


「前橋! 砲撃許可は!?」

「攻撃まてだそうだ、もう少ししたら、海自の艦隊が、上陸戦の準備をした敵艦隊の横っ腹をぶん殴ると。だから向こうをあんまり脅すなだと」


 なるほど、あえて上陸中の無防備な姿を作り、そこを殴ると。どうやら艦隊の指揮を取っている人は、そこそこ頭が回るようだ。


「ねえ、今回艦隊の指揮取ってる人って誰か知ってる?」

「あれ、言ってませんでしたっけ? イージス戦艦『あめ』艦長の、明野沙織提督ですよ」





「全艦艇、無線封鎖解除、ウェポンズフリー! 『娘』に打電、ステルス解除、遊撃に移れ」

「了解、ウェポンズフリー、無線封鎖解除します」

「『娘』に打電終了、返信、『我、之ヨリ敵艦隊ヲ遊撃ス』」


 CICのモニターには、敵艦隊の姿が映し出される。


「敵艦隊の背後を突きます! 『やまと』『しなの』『まや』『ゆら』、我に続け!」

「四艦に打電します」

「明野提督、航空部隊はどうしますか?」

「航空隊は輸送船、及び上陸舟艇への攻撃をお願いします」


 副長の問にそう答えると、速やかにそれも打電された。


艦隊陣容

旗艦:イージス戦艦『あめ』

イージス戦艦『やまと』イージス艦『しなの』『まや』汎用護衛艦『ゆら』

航空母艦『くろわし』 潜水艦『こうりゅう』『ほくげい』『伊―403』


 敵艦隊陣容

『ラハティ級』戦艦一、『ピクシー級』軽空母二、『ユグドラシル級』重巡洋艦一、『ルビー級』防空巡洋艦二、『ソード級』駆逐艦三、まで名付き艦

 戦艦四、重巡八、軽巡一二、駆逐四五、空母三、輸送艦多数


「ハープーン、撃ち方用意!」

「VLSオープン、射線方向クリア。撃ち方用意良し」

「発射!」

「発射! ミサイルアウェイ、着弾まで30秒!」


 味方艦を映すモニターには、『あめ』に倣い、艦対艦ミサイルを発射する僚艦が見える。


「敵、近接防空システムの稼働を確認!」

「敵の艦艇も進化しているみたいですね……」


 艦長席から、出来る限り動揺を見せないよう、静かに事実を確認する。これまでなら、この場にいる艦艇でミサイルに対する近接防空システムを持っていたのは、『ピクシー級』と『ルビー級』のみ、だが今は名付き艦全てが、量産艦の戦艦と空母が、CLWSらしき弾幕を張り、小型ミサイルを発射している。


「目標到達、今」


 その声と同時に、モニターに映る敵艦数隻に爆炎が踊る。


「ただ今のミサイル攻撃、敵戦艦一隻撃破、重巡一隻撃沈、軽巡一隻撃沈、一本は目標へ到達せず」

「続けて、ハープーン第二派用意!」

「了解、第二撃用意良し」

「発射!」

「発射! ミサイルアウェイ、到達まで28秒」

「敵戦艦に発砲炎!」


 『伊―403』のおかげで敵艦隊へ気づかず接近でき、こうして奇襲を仕掛けられたわけだが、流石に第二撃ともなれば、敵も反応してくる。


「構うな! 主砲、射程に入り次第撃ち方始め!」

「了解、主砲、射撃開始します」


 とにかく敵を退かせ、この島を守り切ればいい。この艦隊の目的は上陸なのだから、私たちがいることさえ分らせれば、上陸を躊躇うはず。


「『やまと』射撃開始」


 新たな報告とともに、CICに直接聞こえてくるほどの爆音を、『あめ』の後ろにいた『やまと』が鳴らす。どうやら46センチ単装砲を発射したようだ。


「負けられないんですよ、私たちは!」


 私の言葉に答えるように、敵艦隊へはミサイルや砲弾が適宜命中していく。

 そうだ、負けられない。この島を渡せば、次の標的は東京だ、もう一歩も退くことは出来ない。たとえ有馬さんが戦場に出れなくても、負けることは許されない。


 有馬さんは軍法会議にて、指揮官職の剥奪が決定、予備役への強制編入となった。だから、謹慎期間が終わったとしても、もう戦場に立って指揮を執ることは出来ない。それどころか、戦場に立つことすら許されない。


 主に政治家たちが、そのような処遇を有馬さんに求めたと聞く。確かに、『大和』を救うために300人を見殺しにしたと言えば聞こえが悪い。しかし、残りの600人と『大和』という日本海軍の象徴を確実に守ったと言えば、責めることもできないはずだ。


 指揮官としては、時に人を切り捨てなくてはならない瞬間がある。それは私も理解している。そしてその選択を有馬さんは下した。それは指揮官の仕事を全うしたに過ぎず、失態を責められることはあっても、まさか軍法会議で犯罪者のように扱われるのは心外だ。


「私たちは、有馬さんを頼り過ぎていた」


 今有馬勇儀という有力な指揮官が戦場から離脱することで、各所にガタが来ている。ただでさえ政治家の軍事介入という最悪なパターンに入っているのに、有力な将がいなくなるのはあまりにも惜しい。

 しかし、よくよく考えて見れば、彼はまだ19歳の青年。成人しているとはいえ、まだ幼い。普通なら、艦隊司令官、戦線長官などという役職にあるはずがない年齢なのだ。だというのに、私たち大人は、その子供に頼り切っていた。本来の自衛隊は、彼のような存在がいない状態で戦わなくてはならないのに。


「見ていてください。貴方がもう、人の死に触れることがないように、ただの兵器が好きな青年に戻して見せます」




 5月8日


 電報で教えてくれた。どうやら防空戦で、初めて死者が出たらしい。流石に精鋭を集めたとは言え、毎日のように来る空襲を退け続けるのは骨が折れることだろう。

 昨日、海自の艦達が敵上陸部隊を追い払ってくれたおかげで、今のところは、まだ上陸されていない。


 5月9日


 空襲はあったが、今日は上陸部隊の様子は見えなかった。ただ、どうやら向うはこちらがレーダーで艦隊の様子を随時見ていることに気づいたらしく、飛行場だけでなく、満遍なく島中を爆撃して回ったおかげで、司令部にある艦隊を見るためのレーダーを壊された。これにより、『やまと』『あめ』『くろわし』が装備するレーダーを介さないと、敵艦隊の動向が分からなくなった。


 5月10日


 再び敵が上陸を仕掛けて来た。今度も海自が阻止してくれた。しかし7日とは違い、明らかに敵の艦隊は、海自の艦を待っていた。上陸支援は一切行わず、少しでも海自の艦隊が硫黄島に近づくと、すぐにそちらへ向かい、艦隊戦を行った。

 摺鉢山からは、ぎりぎり見えるか見えないかの場所で海戦を行った結果、『まや』が損傷したらしい。明らかにWASの艦隊は、7日以上の戦力を持って艦隊戦に臨んでいた。

 上陸部隊は、私たち防衛陣地に居た兵が蹴散らした。

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