第二四二話 硫黄島の現状
砲が並んでいる部分から奥に入って行き、アリの巣の通路を少し進むと、ハンモックが二つかけられ、岩を削って造られた、机一つと椅子四つが用意された、小部屋のような空間が現れる。
「へー、こんな空間作ったんだ。てっきり全員地面に雑魚寝だと思ってた」
椅子に座ってぐるっと小部屋を見渡す。窓、というか穴は開いていないが、ここに来るまでに空気循環用のファンがいくつか回っていたから、そこまで息苦しくはない。
「各班の持ち場が言い渡されて、それぞれの方法で休憩の仕方は見つけろと、熊潟指揮官からのお達しです。洞窟で身をひそめることになるのは分かっていたので、こっそりハンモックを持ち込んでおいたんです」
伊藤が誇らしげに語る。
「他の奴らは、大体布一枚敷いて地べたに寝てるよ。まあ、天山要塞と医療所には寝床作ってあるらしいけどな」
前橋が付け加える。
「んで、どーせ機内では爆睡だったであろう雨衣隊長殿に、現状を軽く説明しますよ」
地図を岩の上に広げ、石塚が話始める。
「まず、現状の硫黄島に付いて。指揮系統はクソだ」
初手からすっとばしてくるなぁ。
「どうゆこと?」
「さっきも言った通り、ここの総指揮官である政治家野郎はバカなんだ。『俺は軍事を元々研究して、体力にも自信がある。自衛隊の将は他の島の防衛や本土に居ろ。俺が全部やる』って言って、この島に来た」
「はっ!? じゃあこの島の最高権限者は、あの政治家一人だけなの!?」
三人はため息をつきながら頷く。
「ほんで、あの指揮官は全ての人員を効率よく的確に運用したいらしい。だからあえて、中隊指揮官や小隊指揮官を置かず、班のみで部隊を構築した。戦いになったら、〇〇戦場××班で呼んで指示するそうだぞ」
アホじゃん!
内心でそう叫ぶ。
「な、なんでそんなことを……」
「全て自分の想定通りに作戦が進めば、ここを守り切れるから、思っていること以外をされたくないんだと。まったく、文字と数字と女のけつばっかり見てるからそんな考えになるんだ、冗談じゃねえ」
前橋がそう悪態をつく。
「一応、僕たちは摺鉢山戦場1班なんで、覚えておいてくださいね」
伊藤が補足する。
「ま、まあ、指揮系統云々は大体わかった……」
「んじゃ次は兵力だ。これもアホだな、今の硫黄島守備隊は1個師団と1個連隊だ」
「ふーん、1個師団と1個連隊ね……」
1個師団と、1個連隊。一万人と、二千人。一万二千人………。
「はア!? 一個師団と一個連隊!? 2個師団じゃなくて!?」
私の叫びに、耳を塞ぎながら石塚は言う。
「なんでも、海自戦力がバックアップしてくれるから、物資温存と人的資源温存のために、数を減らしたらしい」
「そんなバカな真似したのどこのどいつよ!」
「国会」
「はアぁぁぁぁ!?」
二度目の絶叫。
「もう意味わかんない! なんでこうなるかなぁ!? 有馬に教えてもらったけど、太平洋戦争中の硫黄島の戦いですら二万人は守備隊がいたんだよ!? なんでそれで守り切れてないのに、それより兵力少なくするの!? 馬鹿なの!? 死ぬの!?」
伊藤が私を宥め、前橋は腕組しながら深いため息。
「近代兵器と作戦の前には、敵の上陸など襲るるに足らんのだと」
「典型的な戦場舐めてる指揮官の発言じゃんそれ!」
私の中で、あの熊潟とか言う男に沸々と怒りが湧いて来る。
「でも、実際海で敵のほとんどをやってくれるなら、状況はかなり変わって来る」
石塚がそう付け加えるが、私の不安は消えない。
「今の海上戦力で、本当になんとかなるの? 有馬も、『大和』も『武蔵』もいないのに……」
「そこばっかりは、海自に期待するしかないな。どうやら海自も本気で艦隊殲滅を目指しているみたいで、『やまと』と『くろわし』を主力にした艦隊で来るらしい」
日本の海自が持つ現最強の艦である『やまと』と、日本の4隻いる空母、2隻いる正規空母の内の片割れ、『しろわし型』航空母艦二番艦、『くろわし』。確かに、今の海自の全力かもしれない。
「祈るしかないか……」
「こればっかりはな」
三人も私の言葉に頷いた。しばらく沈黙が流れるが、石塚が地図をしまい一言。
「ま、いずれにせよ見張りは二人立たなくちゃいけないから、そこは適当に交代制でやっていこう。休んでる二人がハンモックで寝る。それでいいよな、班長?」
「うん。今は出来ることをしようか」
石塚の言葉に同意し、私はハンモックへ身を投げた。
「じゃあとりあえず私は寝るから、交代になったら起こして」
「ほんっと、この班長は……」
前橋がそうぼ妬いていたが、後は聞こえないふりをした。
5月5日
今日も今日とて、担当の人がお昼の弁当を持ってきた。毎日3食、こうして担当の人が弁当と食事用の水を各班に渡している。
普段使いする水筒の水は、空になったら山の地下にある貯水タンクから貰って来なくてはならない。
「はい、今日は焼き魚のお弁当ですよ~」
四つ弁当箱と水の入ったペットボトルを渡される。
「どうも~」
「いつも通り、空になったペットボトルと弁当箱は、摺鉢山地下の補給所までお願いしますね」
「分かってるよ。ご苦労様~」
渡し終えると帰ろうとする兵だったが、足を止め、思い出したように私に言った。
「そう言えば、どうやら本格的に沖縄に敵機が飛来し始めて、防空戦を始めたようですよ。今朝の電報でその旨が伝えられたようです」
「……そう、教えてくれてありがとう」
「いえいえ、それでは」
去って行く背中を見送り、受け取った弁当を皆に渡す。今前橋と伊藤は休憩中だが、お昼の時間のため砲台まで出てきていた。
「「「「いただきます」」」」
全員で、砲台側に用意されていた、地図を広げる用の机を囲み弁当を食べる。まとまって皆で食べるのは、片づけが面倒くさいからだ。それに、この机からは砲台の先に広がる海岸も見えるので、見張りの役割もしっかり果たせる。
「へえ、沖縄への空襲始まったのか」
「そうみたい、本格的に、WASの日本侵攻が始まった証拠だね」
各々ステンレスの弁当箱に詰まった焼き魚やらほうれん草のお浸しを口の中に放り込みならが、そんな話になる。
「ここにももうすぐ、敵が来る……」
石塚がそうぼやいて外を見る。155ミリ砲が向かう先は南海岸、WASが上陸を仕掛けて来るであろう海岸だ。
「来たら、全部沈めてあげる。幸い戦時中と違って、まだ砲弾には余裕がある。海岸に敵兵が乗る前に、揚陸艇を全部始末するよ」
「むちゃくちゃ言いますね」
私の強気な発言に、伊藤は若干引き気味に答える。
「有馬っていう大きな戦力を失っている日本を、今は攻撃させるわけにはいかない。ここは、そのための最後の防衛線なんだから……小隊長レベルでもいいから、早く復帰してくれないかなぁ、有馬」
私が有馬の名前を出すと、一瞬だけだが、全員の視線が泳いだ。おそらく普通の人なら気づかない程度の一瞬の変化。
「……何?」
その変化の真意を問うべく聞いてみるが、三人は知らぬ顔で弁当を食べ終える。
「今日の片づけは誰だっけ?」
「俺だ、二人は先戻ってていいぞ」
石塚だけが残り、休憩中の伊藤と前橋は部屋へと戻っていく。私は食べるのが遅いため、大体こうなる。
「ねえ、さっきなんで私が有馬の名前を出した瞬間、皆反応したの?」
「さあ、一体なんのこ――」
「なんで?」
石塚の言葉を遮って、私は改めて聞く。
「……言えない。今は言えない……515までは教えられないっす」
食べ終えた私の弁当箱をまとめ、石塚はそれだけ言ってさっさと行ってしまった。
「……本当に、515って何なの?」
何やら有馬が絡んでるみたいだけど……。
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