第二四一話 硫黄島
時間は少し、巻き戻る。
5月1日 硫黄島
「臭い……」
私は、常々要塞化が進められていた硫黄島の地を踏んだ。
「それに、若干暑い……」
海岸防衛線に摺鉢山砲撃陣地。飛行場塹壕網に天山司令部要塞。太平洋戦争中の硫黄島決戦と似たように要塞が構築されている。国家緊急事態宣言と同時に要塞化が始まり、現代技術も駆使して今日までに八割の工事を終わらせたらしい。
「雨衣少佐、貴様いつまでこんなところでだらけている。さっさと持ち場へ行かんか!」
『C1』輸送機から降りて、飛行場の隅に転がっていた丸太に腰掛けて居たら、後ろからそんな怒号が飛んできた。
「そんな大声を出さないでくださいよ~熊潟指揮官殿。それに、一応私、欧州出兵時に中佐へ昇級したんですけど~」
あくまで緩くそう返すと、政治家にしては嫌に背格好が高く、ガタイの良い強面男の表情に、イラつきが見える。
「貴様、機内での私の言葉を聞いていなかったのか!? 貴様のような指揮官に戦場を任せるわけにはいかんから、少佐へ降級させ、陸戦隊隊長の任を解くと言っただろうが!」
ああ、居眠り半分だったから聞いていなかったが、そんなことを言われたような気もする。確か、『子供に指揮権を与えて、むやみやたらに死者を出したくない』とかなんとか言っていた。
「あーそうでしたねー」
私は適当に手をひらひら振って、歩き始める。
ここ、北飛行場から摺鉢山までは8キロほどあるが、陣地の様子や経路も見ておきたいため、歩いて向かうことにした。
本来、もっと大きく、日ごろ自衛隊が使っていた硫黄島航空基地が、戦時中は元山飛行場だったあたりにあるのだが、どうやらそこは敵爆撃を集中させるための囮に使うらしく、現在空港として使うのは急ごしらえで北に用意した、粗末な滑走路に限定するみたいだ。
「こりゃあ大層ごりっぱな囮だこと」
ペンキで空いた穴を誤魔化された滑走路に、張りぼての航空機たち。確かに空から見れば、随分立派な航空基地と思うかもしれない。
そんな風に思いながら歩いていくと、元々千鳥飛行場があった辺りの平地に、見慣れない戦車が並んでいた。いや、一度どこかで見たこともあるような……。
足をすすめ、その車輌たちに近づくと、戦車の右頬についた、骨の狼が目に入る。
「……あ!」
思い出した、欧州で私が降下猟兵(一人)をやってた時に、目標の一つを襲っていた部隊の車輛だ。とすると、これはファントム部隊の陸上戦力となるが……はて、こんな大っぴらに動いてもいいのだろうか? 確かファントムは極秘の部隊だったはず。
「あんまりマジマジ見ないで欲しいもんだな」
戦車から一人の男が出て来る。ヘルメットを外し、私の顔をガン見してくる。
「ん? その顔、見覚えあるぞ。確か欧州の空で、『零戦』から俺らのことを見下ろしていたやつだな」
どうやら、向こうも覚えていてくれたらしい。
「え、ええ。雨衣空少佐です」
「あー、あんたが雨衣ってやつなのか、生で見るのは初めてだな」
どうやら名前も既に知っているらしい。なぜ?
「そっちの名前は?」
「んー? 言えないなぁ。あんたが『亡霊』を知っていたとしても、名前は教えられない。まあウルフ1でいいぞ」
どうらファントム部隊であることには間違いなかったようだ。それならなおさら、何故こんなところに居るのだろうか?
「ねえ、なんで『亡霊』の人たちがこんな大っぴらに作戦に参加してるの? 秘密部隊なんじゃないの?」
出来る限り小さな声で、口元見られないよう覆いながら話す。
「ああ、そりゃあ軍部に政治の野郎どもが介入して、秘密組織じゃなくなっちまったからだよ」
「え、えぇ……」
「おかげで特選戦車隊として認定され直され、『亡霊』の陸上部隊は硫黄島の守備に派遣された。ヘリのやつらも来てるぞ」
どうやら、思ったより政治家たちは軍部へ強く干渉している様だった。
「だがまあ、大丈夫だ、心配しなくていい。母艦は秘密のままだ」
私は首を捻る。そんなこと言われても、私分からないんだけど……。
「それと、俺たちがここに派遣されたのは硫黄島を守るためだけじゃない」
「それ以外に、ここに来るような用事なんてあるの?」
「515時、あんたを守って本土に送り返すためさ」
515、その言葉に私は息を飲む。
「ねえ、515って、一体なんなの?」
吹雪にも言われた、515。本当に日本が負けると思った時、彭城長官か吹雪に言えと言われた秘密の伝言。しかし私は、その内容を知らない。
「清原大尉の言葉をそのままそっくり言うぜ? 『空が知っちゃったら、その場で実行するって言いかねないから、空にだけは言わないで』」
私が聞いたら、実行するって言いかねない?
言葉の真意を考えている間に、ウルフ1は戦車の中へと戻ってしまった。
「あ、ちょっと!」
「次ぎ会う時は、あんたが撤退してきた時だ、出来れば会えないことを祈ってるよ」
ウルフ1が乗っていた戦車が動き出し、他の車輛もそれに続いて動き出す。随分軽快な足だ。見た目はMBTのようにしっかりしているのに、『10式』並に足がいい。
「まあいいか。私がここで敵を食い止めて、日本が負けるような事態にならなければいいんだもんね!」
日本の空は吹雪が、陸は私が守るんだから、何も問題ない。吹雪が向こうでへまをするとは、微塵も思わない。
南海岸、西海岸の水際防衛線、摺鉢山入口の岩場を利用したトーチカ群、摺鉢山全体でアリの巣のように繋がっている塹壕網をこの目で確認し、頂上へと昇る。
そこには、155ミリ榴弾砲が並べられた、摺鉢山砲台陣地が存在していた。山を登って来る途中にも大小さまざまな砲が見られた。まさにこの山自体を砲台としているのが分かる。
「こんだけ揃ってりゃ、上陸すらさせずに勝てるんじゃない?」
半分冗談半分本気でそう零すと、後ろから聞き覚えのある声が聞こえて来た。
「それはどうですかねぇ」
「お、石塚、それに前橋と伊藤もいるじゃーん」
第一部隊、私直下の歩兵班の三人だ。
「久しぶり、って言うほどでもないか?」
前橋が煙草を加えながらぼやく。
「お疲れ様です、少佐。今回もよろしくお願いします」
「うん、よろしく。今回私が指示出せるのって、もしかしてこの班だけ?」
「そうっすよ。何やら、全体指揮はあの政治家が取るみたいで、全員班組しかない状態で、小隊や中隊がないみたい」
眉間に皺をよせ、頭をガクンと横に倒す。
「何それ、どうゆうこと?」
「まあ、座って話しましょう、ちょっと行ったところに、一応休憩できるスペースを作っておいたんで」
そう伊藤が誘導する。私は頷いて、伊藤の背を追う。
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