第二三六話 無謀

5月17日


 もうじき空母たちの修理が終わり、戦線に復帰できると言われていた矢先、事件は起きた。朝食を取っている最中、尾田さんが私に教えてくれた。


「潜水艦がやられた?」

「ああ、台湾に張り付いてた『そうりゅう型』潜水艦が二隻とも沈められた」


 非常にまずい、そうなると、台湾から発進する陸爆たちの探知が遅くなる。


「本部はなんて?」

「撃沈理由が、ここより南に陣取った『サタン級』空母の『リリス』だから、うかつに新たな潜水艦を出せないでいるみたいだ」


 となると、空母たちが出るまで、この基地は随分な危険に晒されることになる。


「空中警戒を出さないといけないかもですね」

「すると、燃料をかなり消費することになるな……備蓄足りるのか?」


 尾田さんが味噌汁をすすりながら呟く。


「攻撃隊の燃料を抜いて、安定するまで戦闘機隊に燃料を回すことになりそうですね。どちらにせよ空母が来るまで、こちらから打って出ることは不可能でしょうし」


 ポリポリと壺付けを食べながら、そう自分の見解を述べる。しかし、私は失念していた。ここの最高指揮権を持つ人間が、政治の人間だということを。


 朝食を取った私は、航空倉庫での作業に移った。一通りのメンテナンスを終え、補充してほしい物品のリストを大西中将に渡すために、司令室に来ていた。

 補充してほしい物品の中には、『M0』の部品も多くある。ベイルアウト用の射出機に不備がある機体が見られ、一番戦闘に関係ない部分だから後回しにされてきたが、いい加減なんとかしたい。それを伝えようと思って、直接手渡しに来た。

 ノックしようと構えると同時に、部屋の中から大西中将の声が聞こえた。


「そんなの認められない!」

「貴方が認められないと言おうが、これは既に私が決めたことです。コンピューターの計算通りに行けば、間違いなく空母艦隊を撃滅できます」

「人間がコンピューターと同じ動きを出来ると思うな! それにAI操縦の機体とて、人間の思考をまねて作られている、常に最適な動きを出来るわけでは無い!」

「では何のためのエース部隊ですか? 敵機動艦隊を早く撃滅できれば、本土への影響も排除でき、一早く叩くのは最適解のはずです」

「こちらの機動艦隊到着まで待てと言っている! この基地の戦力を大きく失ったら、本土の空は誰が守るというんだ!」

「だから言っているじゃないですか! この通りできれば負けないんです!」


 ノックも忘れて、私は扉を乱暴に開け放った。


「黙って聞いていれば……敵機動艦隊に、この基地の戦力で攻撃を仕掛けるつもりですか?」

「清原大尉、盗み聞きとは感心できませんね」

「答えてください。燃料の節約を考えなくちゃいけないこのタイミングで、攻撃隊を多く失う可能性大の作戦を強行する理由は何ですか?」


 私は補充品のリストを机に叩きつけて、聞く。


「政府から、機動艦隊の存在が本土を脅かしているから、即刻排除した方がいいと助言を貰ったからだ。その助言通り、丸一日かけて私はこの作戦を立案した」


 それは、身の保身じゃない? 第一、政府が作戦を提案するのは可笑しいでしょ。どうなってんのよ今の国会は。


「現場を知らぬ政治家の言葉を、貴方は信用するんですか? 大西中将の必死な反論を何一つ聞かず、政治の世界で自身の立ち場を作るために、政府の言うことを聞くんですか?」

「当たり前だ。文民統制の元日本は戦っているのだから、文官である私たち政府の意向が優先されるのは当然だろう」

「羽取さん、それはあまりにも―――」

「これ以上の反論は、国への反逆罪とみなす。大西中将、私は貴方を更迭する権利がある」


 ため息交じりにそう告げる羽取。

 こんな時、有馬ならどうしただろうか? あの訓練の時のように、上官に拳をぶつけていただろうか?


「失礼します!」


 しかし私は、出来なかった。よく言えば有馬より理性が働いた、悪く言えば、自身の立ち位置を失うのが怖かった。私がいない状態で、この作戦を、吹雪隊を出撃させるのは嫌だ。仲間を失うのは、嫌だ。




 5月18日 10時00分


 遂に、決行のその日。上空で哨戒機が飛行する中、機体が続々と倉庫から運び出されて来る。

 今回出撃するのは、『一式陸攻』30機『F3』20機『F35』22機の攻撃隊と、『零戦』42機『疾風』30機『M0』15機『F15』8機の計159機、この基地のほぼ総戦力に等しい数が出撃する。


「これで基地叩かれたら本当に終わりなのに……」


 私は、愚痴を言いながら『零戦』を滑走路へ進める。


「任せてください吹雪さん、私が、責任をもってこの基地を守って見せます!」

「おうともよ、レシプロの相手なら任せろ」


 桜花と、『隼』の加藤さんが無線機越しにそう言ってくれる。


「そうだね、二人がそう言ってくれるなら、心強いかな」


 もうここまで来てしまった以上、任せるしかない。後は、いかにこの無理な作戦を遂行するかにかかっている。


「零、頑張ろうね」

「うん。なんとか、みんなを生かして返してみせるよ」


 今回、『零戦七二型』のオリジナルは零に渡し、私は量産型の『零戦』に乗っている。零が全力を出せる状態にして、少しでも戦力を増強しておく。


「『零戦』、離陸を開始せよ」


 管制塔からの声で、私はフルスロットルにエンジンを開き、空へと昇る。

 上空警戒の機体に見送られながら、159機の航空機は南へ進路を取る。


「たく、『一式陸攻』に無理させるぜ」


 『一式陸攻』の魂である高橋さんの愚痴が聞こえて来る。


「正直、『一式陸攻』は、今回囮ですからね……」

「特攻に比べりゃましだが、こんなの実質特攻と変わらねえぞ?」


 大戦中を生き残った人の言葉だ、重みが違う。


「……ごめんなさい、止められなくて」

「お前が気に病む必要はない。上の奴らが腐るのは、いつの時代も同じだ。それが政治家となりゃ尚更な」


 超低空を飛行するため、波の音が無線機越しにも聞こえて来る。その響きがどこか、『一式陸攻』たちの鳴き声に聞こえた。

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