第二三五話 それが普通

5月6日

 どうやら夜間空爆はなかったらしいが、お昼頃にエンジン音が聞こえたから、迎撃に向かったっぽい。この部屋からだと滑走路の様子は見えないから、行ったこと以外は分からなかった。


5月7日

 零が教えてくれたが、どうやら硫黄島に攻撃が始まったらしい。米軍のいたグアムがもぬけの殻状態になってしまったから、グアム、サイパンと踏んで硫黄島にWASが来ている。だた、勿論硫黄島守備隊も奮戦しているし、空母『くろわし』と『やまと』が援護しているらしいから、一先ずは大丈夫そうだ。


5月8日

 零が教えてくれた。今回の迎撃戦で初めての死者が出たと。落ちた機体も『F35』、ジェットの方だ。この悪い流れを断ち切らないと、ずるずる損害が大きくなり始める。


5月9日

 敵機に『V33シヴァ』が出現したらしい、まだ数が少ないから捌き切れているが、そう遠くない内に限界が来ると予想した。


5月10日

 『シヴァ』の報告を受けて、本土から援軍の機体を持ってきたらしい。『F15J―CX』と、何やら重爆専門の迎撃機らしいが……。


「お久しぶりです、吹雪さん」


 私の前に、桜の花びらが刺繍されたまっさらな振袖と桜色の袴を纏う、8歳ぐらいの少女が姿を見せる。


「その声、桜花!?」


 謹慎中の私の前に姿を現したのは、欧州出兵前にあったきりだった、桜花だった。


「はい、『特殊ロケット迎撃機桜花一一型改』です」

「久しぶり~! 元気だった、機体の調子はどう? 改って言ってたけど、どこか変えて貰ったの?」

「落ち着いてください……」


 桜花が私を宥める。零以外の人とちゃんと話すのが久しぶりだったから、つい嬉しくなって舞い上がってしまった。


「私は、皆さんが欧州に言っている間、北方での迎撃任務に当たっていました。その際、より重爆、と言っても『シヴァ』に対抗できるよう武装を変更、今は機首機銃を撤廃し、100ミリ砲を先端に装備しています」

「100ミリ砲かぁ……大丈夫? 機体は耐えられてる?」

「はい、吹雪さんの外壁強化改装のおかげで、十分戦えています」


 私は頷きながら、桜花の手を取る。


「ちょっと今、私は難しい状態だけど、一緒に頑張ろうね!」

「はい! 重爆退治は、私にお任せください!」


5月11日

 桜花のおかげで、『V33』にもしっかり対抗できるようになり、大いに士気が盛り上がっているらしい。よかったよかった。ただ、硫黄島の戦況は芳しくないらしい。『やまと』が敵潜水艦の攻撃を受けて、一度撤退、硫黄島に上陸を許してしまい、現在熾烈な地上戦が行われていると聞いた。

 空が、心配だ。


5月12日

 最悪な報告を聞いた。敵機動艦隊へ攻撃を行ったらしい。そして、失敗したらしい。その機動艦隊の中核を担っていたのは、欧州で散々苦しめられた『サタン級』空母。よくもまあ『一式』の爆雷撃で沈められると思ったなと呆れてしまった。


 5月13日


「ようやく出所だ~」


 私は大きく伸びをして、謹慎室のあった宿舎から滑走路へと出る。最初に向かう先は、航空倉庫。残存機を確認する。


「……『零戦』が242機、『疾風』108機……『一式陸攻』31機……31機!?」


 減りすぎだ。元は200機近くいたはず、昨日の攻撃で170機も失ったというのか?


「それに、『F35』も22機しかいない。もとは35機いたはずなのに……」

「整備長、出て来てたんですね」


 増山が航空服を着た姿で私の元に現れる。


「うん、今日から出所。増山は? 今日当直なの?」

「俺が、というより、吹雪隊がですね。俺と三橋、それから高倉、天沢、桐谷、が『M0』で、他のメンバーが『零戦七二型』で待機です。整備長も上がります?」

「うん! 行く!」


 ダッシュで更衣室へと駆け込み、私は一目散に航空服に着替え、自身の『零戦七二型』の調子を見た。適当にそんなことをして時間を潰していると、13時ちょうど、警報が響いた。


「基地に接近する航空編隊あり、吹雪隊出撃せよ」

「出番みたいだね」


 警報が響くや否や、滑走路脇に待機させておいた零へと乗り込む。


「零、行ける?」

「問題ないよ」


 声だけが私の耳に届く。レシプロ機たちが滑走路へ向かう間に、『M0』5機は先に離陸する。


「よし、行くよ!」


 滑走路へとたどり着き、スロットルを全開に上げる。零の軽い機体はゆっくりと動き出し、時速が150を超えたあたりで上昇を始める。高度4000まで昇ったら、機体を水平に戻し、周囲を見渡す。


「敵航空編隊って言ってたけど……爆撃機かな?」

「どうだろう、陸爆なら台湾からだから、潜水艦が先に報告してくれると思う。空母からきた艦載機部隊じゃないかな」


 そんな話をしている頃、無線機から声が聞こえる。


「こちら管制塔、敵編隊は『S型艦爆』『S型艦攻』『S型艦戦』計32機、そこより北東の方向を飛行中、迎撃せよ」

「了解、迎撃に向かう」


 どうやら零の読みは正解らしく、艦載機部隊のようだ。しかしこの規模だと、『M0』たちの仕事はなさそうだ。

 敵編隊を見つけると、『零戦』たちで攻撃を開始した。何度も落としている相手だ、今更怖くない。


「こちら吹雪隊4番機、艦攻は全滅させました」

「同じく艦爆も落としました」


 ものの数十分で、攻撃隊は全滅した。


「了解、それじゃあ引き上げようか」

「管制塔より吹雪隊、真下に複数の艦影を確認!」


 急な警告に、私は慌てて機体を反転、海面を見る。


「……あれは! こちら吹雪隊! 敵艦船は『X級スレイブニル潜水艦』4隻!」


 欧州の海で大量に湧いて出て来た潜水空母。まさか太平洋にまで進出していたなんて。


「敵潜水艦に発艦の動きあり、12機来る!」

「現在ジェット機の応援が向かっている、『M0』は迎撃を、『零戦』は撤退せよ」


 言われなくてもそうするっての!

 機体を半降下させ、速度を稼ぎながら戦域を離れる。しかし、飛び立った敵機の一部は、それを見逃さず、こちらに向かってきた。


「『トーネードーVX』に、『零戦』で勝てるわけないでしょ!」


 敵機は凄まじい速度で迫って来る。どうやらレシプロ相手にミサイルはもったいないと思ったようだ。バルカン砲の射程に入るか入らないかのタイミングで、私の無線機から声が聞こえた。


「アグレッサー隊、エンゲージ」


 正面からミサイルが飛来、そのミサイルは、的確に『トーネードー』の羽をもいだ。ミサイルを追うように飛んでくる6機のカラフルな機体。


「まさか、援軍に来た『F15J』って、アグレッサーのことだったの!?」


 日本が保有する、実戦での教官役となる部隊。それがアグレッサー隊。人に教える、敵を演じるにあたって、高度な技術が要求されることから、日本でずば抜けたエリート航空部隊だ。


 私が驚いている間には、次々と敵機を墜として回るアグレッサーたち、やっぱり腕は確かなようだ。

 アグレッサーたちの奮闘もあって、私たちは一機も失わず基地へと帰還することが出来た。


 防空戦は、順調に進んでいる。

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