第二三四話 スクランブル

5月5日 午前9時22分


「台湾沖に潜伏中の潜水艦より通報、敵爆撃機編隊、沖縄攻撃の予兆あり、これを迎撃せよ。『剣部隊』出撃せよ」


 基地全体にそんなアナウンスが流れ、スクランブルの警報が響いた。


「お出ましね」

「ああ、本格的に沖縄侵攻が始まった」


 私は、基地指令室に大西中将といた。今日は私の当直ではないから、出撃しない。


「それで、君の要件は理解した。515の指令が下った場合、剣部隊は吹雪隊の動きを黙殺しよう」

「ありがとうございます。本当に、なんとお礼を言ったらいいのか」


 静かに首を振る大西中将。


「お礼など、日本の勝利以外、私は何も望まない。あの青年は、日本の軍部に必要な人間だ。それは、現場を見てきている我ら軍人ならば、誰もがよく分かっている……しかし、515時、ここが動かないだけでは、失敗に終わる可能性が高いぞ? 警察権力に近衛兵、東京駐留部隊には機甲師団も存在しているはずだ」

「はい、その点は万全に進めています。ご心配なく」

「そうか……用意周到だな、よっぽどあの青年を好いていると見る」


 右目を閉じ、推理したのか得意げな顔で話す姿に、私は思わず笑ってしまった。


「そうですね、訓練時代からの付き合いですから、この国で最も有馬を信じている一人ですよ。でも、好いているかと聞かれれば、NOですね」

「それは、何故かね」


 そっと窓の外に目をやり、空を見つめる零の姿を見る。髪には、鶴の髪飾り。


「彼が生きてる世界は、私には遠すぎます。それに……ライバルが多すぎますから、私はもっと手軽な男を狙います」


 有馬のことは嫌いじゃない。部隊で一緒にいても不快じゃないし、長年共に活動してきたから、別に結婚しろと言われても嫌じゃない。

 だが、それはもはや生死を共にするチームとしての好きに過ぎない。それよりもさらに重い感情を互いに向けあっている人がいるのだから、そこに介入しようだなんて思わない。


 ただこれは言えるし、この気持ちは空に負けず劣らず強いと自負している。


「私は、有馬の指揮で戦うのが好きなんです」


 窓の外では、次々に航空機が飛び立っていく。最初にレシプロ、次いでジェット。日本の空を守るために、羽を広げる。

 



 午前12時01分。飛び立った機体たちは帰って来た。無人機半数、有人機半数での出撃だったが、死者は0、無人機は多少墜とされたものの、人には一切被害が出なかった。


「補給の前に、今飛び立った機体の整備を始めるよ! 各機、慎重にいじりな! 一機でも使えなくなったら、それだけこちらの首が絞められるんだからね!」


 格納庫で、私は声を反響させる。指示を出すと、私も『M0』の整備に取り掛かる。これをしている時間が、一番自分でいられる気がする。


「清原整備長、『零戦』の30ミリが機嫌損ねてます!」

「分かったー。今行く」


 整備兵の中には、新兵だったり、学生労働の者もいる。そうゆう子には修理ではなく、問題個所の確認に努めてもらっている。飛行機はねじの締め方一つで性能が変わる。できる限り機体は万全の状態にしておきたいから、私が許可を出すまで、修理は任せない。


「どれどれ……ああ、そうゆうことね」


 少し弄ってやると、しっかり30ミリは機嫌を直した。


「清原整備長、こっちもお願いします!」

「はいは~い」


 こうして飛行機をいじることで気を紛らわせているが、空に行きたくて仕方ない。ずっとうずうずしている。というのも、無駄な体力と物資の消耗を避けるためにと、訓練飛行すら制限されてしまった。


「……ほんと、最悪」


 そんな呟きとほぼ同時、再び警報が響いた。


「第二派?」

「軽空母を主力とする敵機動艦隊を発見、現在潜水艦隊が攻撃を受けている。これの救援に向かい、潜水艦の撤退を援護せよ」


 今度は潜水艦の援護、ねぇ。


「対艦攻撃部隊は速やかに滑走路へ配備、『M0』隊も空対空ミサイルを装備して出撃せよ」

「はア!?」


 追加で聞こえて来る出撃指示に私は心底驚き、思わずそんな声を上げる。私の声に驚いたのか、他の整備兵たちがぎょっとした目でこちらを見る。


「ごめん、このまま整備続けてて!」


 私は工具をその場に置いて、管制塔へと走って向かう。『一式陸攻』が飛ぶ前に止めないと、大変なことになる。


「誰だ馬鹿な真似しようとしてるのは!」


 管制室内の扉を蹴破り、私はそう叫ぶ。


「今すぐ離陸を中止! 『F3』に出撃機を切り替えて!」


 管制官が持つマイクを奪って、基地全体に指示を出す。


「清原整備長!? ダメですよ、これは羽取さんからの作戦指示ですよ!?」

「知らないわよ! 『M0』を危険に晒し、『一式陸攻』を大量に落とされるよりはマシよ!」


 そう言ってマイクを返さず、私は管制塔で『F3』8機の離陸を見送る。そのまま報告を聞くため、管制塔に居座っていた。

 結果、敵の軽空母は現代型と判明、それを守っていた艦は少数ではあるが、現代型の護衛艦と量産駆逐艦だった。『F3』は対潜攻撃中だったヘリを攻撃し、持ってきた対艦ミサイルで軽空母に損害を与え、護衛艦数隻を撃沈した。損失は0に抑えられた。


 『F3』が帰還した後、私は憲兵に連れていかれた。罪状は勿論、命令違反。軍法裁判もなくそのまま謹慎を食らった。


「おかしいでしょ!」


 私は一人、謹慎用の個室で喚く。


「WASは対潜攻撃用の航空機は確認されてない! ならヘリを使う。ヘリを搭載している軽空母は例外を除いて現代型のみ、現代型ならジェット機のお出迎えが考えられる! なら『一式陸攻』なんて持っていけるわけないでしょぉぉ!」

「それで、その主張は羽取っていう人には言ったの?」


 私の隣に零が現れる。


「勿論言ったよ、そしたら……『『一式陸攻』の搭載する魚雷の射程ギリギリから投下し、『M0』が敵機を引きつければ、艦隊にはよりダメージを与えられ、もしかしたら全滅させられたかもしれなかった』って。ばかじゃないのぉぉ!? あんた本当に軍事勉強したんかよ!? ゲームのやりすぎだわぁ」


 零が苦笑しながら私の肩を叩く。


「それは、確かに無理がありそうだね……」


 一通り喚き散らした私は、沖縄に来て何度目か分からない大きなため息をつく。


「本当に、このままだといつか破綻するよ? 私も1週間ここに居なくちゃいけないみたいだし……大丈夫かなぁ」


 現在台湾には、敵航空戦力が結集しつつあり、機動艦隊の目撃情報も増えている。佐世保で修理中の空母たちが復活次第、攻撃に出るが、少なくともそれまでは防衛に徹する必要がある。

 おそらく、今日の爆撃編隊は様子見であり、早ければ今日の夜から全面的に空からの攻撃が始まるだろう。


「零、しばらくよろしくね。何かあったら、教えて」

「うん、分かった。任せておいて」


 零の姿が消える。また私は、この何もない部屋に一人取り残された。


「……今までが異常で、これが普通、か……」


 謹慎を言い渡されるとき、羽取に言われた言葉だ。

『これまで君がどんな行動をとって来たのかは知らないが、管制塔に乗り込んで命令を上書きするなど、たとえ将クラスの人間でもやればアウトだ。それが子供だったら尚更な。今までの軍はお前たちみたいに運がいい子供に甘すぎたんだ。私がここにいるからには、しっかり規律の整った軍隊を築かせてもらう』


「そんなの、無能な大人の言い訳じゃない」

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