第三五話 大和の心

 え?


「お願いだから陸に上がらないで」


 大和の顔は見えない、だが声からどれだけ真剣なのか伝わってくる。


「理由を聞かせてくれるか?」


 俺はそっと大和の頭に手を乗せ、聞く。


「もし、陸の上で有馬が死んだら私、耐えられない、私は有馬の指示が良い、有馬が私に乗って指揮をしてくれるから私は上手く戦える、でも有馬が死んだら私、上手く戦えないかもしれない……」


 大和のそんな弱弱しい声を聴いて、俺のことを大切に思ってくれていることを嬉しく思い、同時に少し

        ――――残念な気持ちがあった。


「大和、たとえ俺が陸に上がらなくても死ぬリスクは変わらない、戦場に居る兵士である以上、死のリスクは下げられないんだ」


 大和は首を振る。


「私にいてくれれば有馬のことは私が守れる」


 大した自信だ、だが『大和』だからこそ、その言葉に偽りは感じない。


「……それでも俺は陸に上るよ、俺は君の相棒であるのがそれ以前に軍人だ、役目は果たさなくちゃいけない」


 俺は大和を離し、目を合わせる。


「だが俺は死なない、大和たちを残して死ねない、絶対に戻って、また君たちの指揮を執る」


 そう言うと、大和は嬉しそうな顔を一瞬浮かべるが、すぐに少し不満そうな顔をした。


「なんか納得できない……」

「えっと……何がだ?」


 ぎゅっと俺の裾をつかみながら、消え入りそうな声で言う。


「私達って言ったこと……」


 大和の顔は見たことないぐらい真っ赤だ、その顔は、少し前の空の顔に似ていた。


「……すまない、どう言う意味だ?」

「もう! 鈍感!」


 そう大和はぽかぽかと俺の胸を殴る。


「有馬は……勇儀は私のために帰ってきて! そして私の指揮を執って! 私を……私を! 勇儀の大切な人にさせて!」


 俺は、再び大和に抱き着かれたまま固まる。


「大切な人って……」


 大和は、真っ赤な顔を隠すように俺の胸に顔を埋める。

 その動作は、いつもの形だが、いつもにまして心臓の音がうるさい、ほっそりとした体、清らかでサラサラな髪、鼻を近づければいい匂いがしそうだ。


 そして、抱き着かれているから仕方ないが、大和の豊富な胸が、俺の体に押し当たり、素晴らしく柔らかい感触がある。

 だめだだめだだめだ、理性を保て俺!


 こんなに大和でドキドキしているのは初めてだった。

 いつもあんなに引っ付いてくるのに、俺は今日初めて、女性としての大和の愛おしさ、美しさに気付いたのかもしれない……。


「兵器である私が、こんな事言うのはおかしいって分かってる、有馬が呉に居る時、空に告白されたのも知ってる、でも……」


 大和は一度言葉を止め、息を吸う。


「私は……私は勇儀のことが好き、大好き、勇儀のその優しさが好き、温かさが好き、安心できる匂いが好き、勇儀の全部が愛おしい……」


 さらに大和は、俺の目を自身の潤んだ目で見つめる。


「結婚してなんて言わない、恋人にしてとも言わない、でもせめて勇儀の大切な『人』で在りたい、兵器としての私も好きでいて欲しいけど、人としての私も愛してほしい」


 大和を人として愛してほしい、か……お前も、そんなことを感じるくらいには、その姿を貰って生きているんだな。

 

 俺が少し沈黙すると、大和は首を振る。


「ごめんね、私はいくら人間に近づいても兵器であることには変わりない、鉄の塊であることには変わりない……そんなものを愛せって、無理だよね……」


 そんなこと、言わないでくれよ。


 俺は確かに『大和』が好きだ、世界最大の戦艦『大和』も、天真爛漫で自信家な大和も、どっちも確かに好きなんだ。


「それがなんだ」

「え?」


 ……今、言うべきなんだろうな、俺が今まで思ってきたこと、バカにされようとも信じ続け、周りに引かれようとも、愛し続けた思いを。


「なあ大和、俺の初恋を知ってるか」


 きょとんと大和は首をかしげる。


「知らないよ、そんなの」


 だよな。


「俺が初めて恋したのは14歳の秋、たぶん忘れることはないと思う」


 俺は話す、初めてそれを見たときのことを。


「最初は特に興味はなかった、でもな、あるテレビ番組でそいつの存在を知った」


 大和は首をひねる。


「初恋の人は女優さんなの?」


 俺は首を振る。


「違うよ、艦だ」


 大和は目をぱちくりして驚く。


「ふ……ね…?」


 俺は頷く。


「番組のタイトルが『時代の波に飲み込まれた悲劇の戦艦』」


 その言葉に大和は息を飲む。


「え、じゃあ有馬の初恋の相手って……」


 俺は大和の瞳をまあっ直ぐに見ながら答える。


「お前だよ、戦艦『大和』、俺は初めて見たその艦に心を奪われた……俺が兵器に興味を持ったのはそこからだった」


 そう、俺は『大和』を知って始めて、兵器を好きになった。


 そのあと、俺は自分の先祖が『大和』の乗員であったことを知ったのだ。

 そこからだった、俺は勉強し、歴史の教科書がどれだけ間違ったことを教えているのか、どれだけ重要な事を話していないのかを知った。


 そして、それを周りの人に広めようとした、戦争や兵器に対する考えを認めてほしくて、友達、学校の先生、いろいろな人に話した。

 

 日本の兵器とはこうゆう風に戦ったんだ、こんな活躍をしたんだ、こんな偉大な歴史を残したんだ。

 戦争は全てが悪ではないんだ、太平洋戦争は日本が悪い訳ではないんだ。


    ―――――戦艦『大和』は、こんなにも凄いんだと。


 でも、それに共感してくれる人は少なく、大和への愛を認めてくれる人には巡り合う事すらできなかった。


「そんな……有馬の初恋の相手が私だなんて、なんだか不思議な気持ちだよ……」


 そう言って、大和はもじもじと俺の手を握る、俺はそんな大和を反対の手で撫でながら言う。


「だから自分をそんな風に言うな、たとえお前が人間じゃない鉄の塊だとしても、一度に大量の人間を葬り去る兵器だとしても、魂は……」


 俺は大和を抱きしめ、囁いた。


「兵器の魂はこんなにも暖かいのだから」


「……ありがとう、勇儀」

 

 大和の顔は見えなかったが、声は少し震えていた。


 兵器がなぜ硬く冷たいのか、それは乗る人を守るためだ。


 兵器がなぜ大量に人を殺す力を持つのか、それは自分を生み出してくれた人に危害を加えられないようにだ。


 兵器はなぜ人を守ろうとするのか、それは兵器たちに温かい心があるからだ。

 無機物に感情移入するのはおかしい、そう言う奴には言わせておけばいい、なんと言おうと俺は――――

  

          ―――――兵器を愛している。

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