第三四話 〝明野沙織〟提督


 俺は桜花の件が一段落したので、道中航大にどつかれたりもしたが艦橋に戻っていた。



 そこには航海長の三浦長官しかおらず、訳を聞いてみると、どうやら皆間食に甘味を食べに行ってるようだ。


「お、帰ってきたのか、ちょうどいい、ちょっと変わってくれんか?」


 で、じゃんけんに負けた三浦長官は一人艦橋に残っていたという事らしい。


「はあ、別にいいですけど」


 俺がそう言うと目を輝かせて艦橋を飛び出した。

 

 そんなに食べたかったのか……。


「さて、一人になったけど……」


 いま頃大和も甘味を食べているだろうからこっちには来ない、しばらくは一人か。


「失礼します!」


 そんなことを思っていると、一人の兵が艦橋に入ってくる。


「あ、今俺しかいないから別に気にしないでいいよ」


 その兵は俺と同じぐらいに見えたのでそう言って話を聞く。


「そうか……さっき、本土の北を任せている『アリゾナ』から連絡が入って、至急有馬につなげろと言うから持ってきた」


 その兵は背負ってきた通信機の受話器を俺に渡す。


「はいもしもし、こちら『大和』艦橋の有馬です」

「聞こえているぞ、私だ、アリゾナだ」


 電話の声の主は『アリゾナ』に乗っているコルトさんじではなく、アリゾナ本人からだった。


「こうして言葉を交わすのは初めてですね」


 俺とアリゾナは初めて会ったのはハワイの時だが、実は一度もWSの姿であったことはないのだ。

 声からして男、しかも若くはないよう。


「さて、私が今直接お前に通信を入れているのはなぜだか分かるか」


 分かったら苦労しねーよ。


「いや、全く」

「ロイヤルの動きが怪しい」


 俺は少しの間沈黙する。


「具体的には」


 そう聞くと、アリゾナは言葉を続ける。


「まず政府と連絡がつかなくなった、これでロイヤルの状況が全く分からん、そしてロイヤルの戦車部隊が中国に向かっているのが発見された」


 俺はその言葉を聞いて、頭に嫌な感覚が残る。

 脱落した中国、陣取るWASの戦車隊、そしてそこに向かうロイヤルの戦車、こりゃ一波乱あるな。


「分かった、気に止めておきます」


 俺はそういって通信を切ろうとするが。


「まて、まだ話は終わってない」

「ん? まだ何か?」


 俺はもう一度耳に当て話を聞く。


「パプアで合流するユニオンの空母についてだが、少し日本艦とは相性が悪いかもしれん」


 そう言われても……米空母で日本艦と相性がいい奴なんていないと思うが……。


「パプアに向かっているのは『ヨークタウン』級だ、日本の空母四隻を屠りマリアナで日本を窮地に追いやった、米の古参正規空母『ヨークタウン』級だ」


 俺は、しばし絶句した。


 なんで『ヨークタウン』級なの……もっと他にも空母居るじゃん……何ならいっそ商船改造の護衛空母が来るかと思ってたのにまさか正規空母、その中でもよりによって『ヨークタウン』級が来るとは。


「そう言うことだ、ではな」


 そう言ってアリゾナは電話を切った。


「だ、大丈夫か? 目が死にかけてるけど」


 電信課の兵はそう言って、俺の受話器を取り上げ通信機に戻す。


「ああ、戻って大丈夫だ」

「あんま無理すんなよ、俺とほとんど歳変わらないように見えるのに長官なんて」


 そう言って艦橋を出て行った。


「まったく、ほとんど接点がない同期に心配されるとは……」


 俺はそうぼやいて立ち上がる。


「もう見えてきたな」


 俺は双眼鏡を覗いて正面にある島を目視する。


「全艦両舷前進微速、入港準備!」


 俺はそう下令して。


「長官方、艦橋に戻ってきて下さい」


 そう呼びかけた。


「何も起こらずゆっくりと休めればいいんだがな」


 俺は、そう一人でぼやいていた。





「長旅お疲れ様です」


 俺はパプア軍港の管理者であり提督である、明野さんのもとに来ていた。


 明野と言う苗字は海自上層部の人で聞いたことがある、だからその人がここのトップだと思っていたが、どうやら違っていたようだ。

 一般的な海自の長官服に身を包み、きれいな黒髪を晒している、身長は俺より少し小さく、綺麗で澄んだ瞳をしている。


 そう、女性だったのだ。


「はい、明日の昼までお世話になります」


 そう言って俺は敬礼し返す。


「ふふ、何も言わないんですね」


 明野さんは微笑む、俺はその笑顔に戸惑い首をひねる。


「私が女性なのを見て何も言わなかったのは貴方が初めてですよ」


 まあ確かに、女性でこういう立場の人は珍しいかもしれない。

 数十年前までは、艦長や所長などの大切な役職には男しかついていなかったそうだ。

 今ではそんなこともないのだが。


「私の訓練していた駐屯所の所長が女性でしたし、周りに数名やばい女性兵士を知っているので……そうですね、あまり驚きはありませんね」


 俺がそう言うと、明野さんはさらに笑う。


「是非そのやばい女性兵さんとお話してみたいですね……ふふ、なんだか貴方とはこれからも縁がありそうです」


 そう言って、明野さんは俺の方へ来て手を差し出す。


「パプア国際軍港提督、海上自衛隊所属の明野沙織、中将です、どうぞよろしくお願いいたしますね」


 俺はその手を握る。


「大和戦線長官、軍所属の有馬勇儀、中佐です、よろしくお願いします」


 俺は明野さんとの挨拶を終え外に出ると、海岸に大和が立っていた。


「わざわざ呼びに行く手間が省けたな」




現在、14時48分。




 俺と大和は約束の場所に向かうため大和のキューブを外し、移動用のバイクを借りる、航大曰く『KLⅩ250』って言うらしい。


「軍港がブーゲンビルにあってよかったよ」


 そう大和の声が聞こえる、今はキューブだけなので声しか聞こえない。


「ほんとだな、パプア軍港って言うぐらいだからニューギニア島にあるのかと思っていたけどまさかブーゲンビル島にあるとはな」


 俺たちの目的地もブーゲンビル島内にあるので陸続きで行けるのだ。

 俺と大和は軍港からしばらく走り、舗装されていない獣道を進んで森林の中に入っていく。


「お、あったぞ」


 俺は目的地の目印となる何かの大きな破片の前にバイクを止め、キューブを腕時計に仮接続する、これで大和も目が見えるようになるはずだ。


「ん、見えるようになったよ」


 大和の姿が現れ、地面に刺さっている日の丸塗装の跡が見える破片の前に立つ。

 そこには何も書いておらず、何も供えられてはいないが、俺と大和は知っている、この破片は確かに、山本五十六元帥の墓標だ。


「お父さん、久しぶり」


 大和はバイクに積んでおいた花を取り、その破片の前に置く。


「お父さんとの約束ちゃんと守ってるよ」


 大和はひたすらにその破片、いや、父の墓に語りかける。



「……報告は以上だよお父さん」


 そう言って、大和は目を開け立ち上がる。


「次は有馬の番だよ」


 大和はそう言って俺を墓の前に立たせる。


「お父さん、この人が今の私のパートナーだよ、有馬はすごいんだから!」


 俺は苦笑いし、目を閉じ手を合わせる。


 山本司令長官、私は有馬勇儀と言うものです。

 貴方の姿を見て戦争というものを知り、学び始めました、そのおかげで今こうして大和の長官として軍に入ることができています。

 あなたとの約束の件、大和から聞きました、私は大和の相棒として貴方との約束を必ず果たして見せます。

 大和は、二度と沈めたりしません……そして、一刻も早くこの世界を再び平和に戻して見せます。

 貴方が成し遂げられなかった、日本の平和を……必ず、取り戻して見せます


「これからも、大和のことを見守ってください、よろしくお願いします」


 俺は、そう言って立ちあがる。


「さて、帰るか大和」


 俺がそう言い振り返ると大和は俯いて頑なに動こうとしない。


「どうした?」


 俺が大和の前に立つと、大和はがばっと顔を上げ、俺に抱き着いた。

 その力は今までよりも圧倒的に強く、戦艦としての馬力を、俺が潰れないぐらいで使っているようだ。

 抱き着かれているこちらとしては、かなり苦しい。


「急にどうした大和、少し苦しいんだが……」

「お願い、行かないで」

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