第二六話 軍人

『貴様らこそ甘えるな! 民間人に死者が出ないことを当たり前だと思うな!』


 その一言で、再び会見場は静かになる。


『これは戦争だ! 世界中の国が空襲を受け、民間人に少なからず被害が出ている、それなのに日本では、桜日は未だに民間人に被害が出ていない、それは何故か!』

『それは……』


 記者の一人が言葉を詰まらせると、大臣は続ける。


『わからんか! 自衛隊の防衛能力が突出して高く、軍が攻撃の芽を潰しているからだ!』


 その言葉を、笑いながらさっきの記者が言う。


『ふん、たかが数か月に一回しか起こらない空襲を防ぐことができない無能の集まりの、どこが防衛能力が高いだ』


 その言葉に、俺たちは湯飲みを握りつぶしそうになるが、圭が「落ち着いてと」止めに入る。


『今まで、2045年になってから、何度日本が空襲を受けたかご存じですか?』


 そう大臣は問いかける。


『今日の一回と五月の一回で二回だろ、たかが二回を両方とも失敗するような……』


 その記者が言い切る前に大臣は言った。


『29回です』

『は? 報告ではその二回しか受けていないと聞いているのですが、まさか妄想で話を進めているのではないですよね?』


 そうにやにやと記者が言うが、大臣はその記者に向かって資料を投げる。


『それは自衛隊の、観測課が記録したスクランブル発進の回数です、我々は基本的にすべての敵機を海の上で迎撃し、領空に入ったときのみ知らせました、確認したければ、日本中の基地に行って、資料を見てくれればいい』


 それを見て、その記者は笑みを崩す。


『し、しかし、嘘の情報を流していたというのは、よろしくないと思いますが』

『なぜわざわざ、国民を不安にさせるような情報を流さなければならない』


 その一言で、すべての記者の表情が固まった。


『空襲を何度も受けていると怯えながら生活するのは不憫だ、だから自衛隊は、常に最前線で日本の空を、海を、陸を守り続け、最低限必要な時だけ警報を鳴らしている。日本で過ごす国民が、戦争に怯えながら過ごすことのないように自衛隊や軍は戦っている、そんな自衛隊を無能と言うのは……私にとって……日本に住む者にとって……不愉快だ』


 最後の一言だけ強く言い放ち、会場は静まり返った。


 俺はニュースを消して、茶を飲み干す。


「気にしてもしょうがない、難しいことはお偉いさんに任せて、俺たちは戦うだけだ」


 そう言って立ちあがる、23時02分、もう浴場には誰も居ない頃か。


「俺は風呂に行ってくる、もう誰もいないだろうからな」

「お、じゃあ俺も行くか」

「なら僕も行きます!」


 と、男三人は大浴場に向かう、皆も入ってなかったのか。


「誰も居ないなら、私たちも行く?」

「そうだね」


 後ろに女子二人もついてくる、結局みんな同じタイミングで風呂か。


「一人でゆっくり入りたかったのに……」


 ぽつりと俺は、愚痴を零したのだった。




「あ~生き返るう~」


 そう航大が大きく息を吐く。

 親父臭いな。


「湯船につかるのは久しぶりですねぇ」


 圭もそう言って大きく息を吐く。

 『大和』には基本シャワールームしか用意していないため、確かに湯船につかるのは久しぶりだ。

 一様長官たちには小さい湯船が用意されているが、ほとんど使わず俺たちと同じシャワーを使っている。

 昔の『大和』には海水風呂があったが、今の『大和』は真水でシャワーだけだ。


「にしても、さっきのニュースどう思う? 勇儀」


 そう言って航大は、俺の方へ視線を向ける。


「どうって、どうだ?」


 俺は質問の意味が分からず、聞き返すと、航大が呆れるようにもう一度言う。


「お前はあのニュースを聞いて、なんか考えたかって聞いてんだ」


 あーそう言う事ね……。


「何も思わないさ、ただ事実だけを伝えれば良いわけじゃない、だからと言って、軍人や自衛隊の人間が貶されたり、馬鹿にされたりするのは嫌だが」


 そう俺は答える、正直俺は、世間の反応に興味はないが、貶されるのは不愉快だ、それ以外はどうでもいい。


「案外、有馬さんって一番軍人ですよね」


 圭が顔に湯をかけながら言う、なんだそれ? 案外軍人って。


「どういう意味だ?」


 俺が問い返すと圭は笑う。


「有馬さん初めて会った時は普通の学生に見えたのに、今では長官として仕事しているのを見ると、軍人らしいなって。元からそうなのか変わったのかは分かりませんけど」


 なんだそれ……。


「俺は元高校生、現戦線長官だ、立場によって顔を分けるのは当然だな」


 流石に長官と言う立場で、高校生の振る舞いをするのはよろしくないと思っている。


「じゃあ今は、どっちの有馬勇儀なんだ?」


 航大の問いかけに俺は答える。


「348部隊班長、有馬勇儀、だな」


 その答えに、俺たち三人は大きな笑い声をあげた。





「男子風呂は元気だねぇ」


 そう空はつぶやく、会話の細かい内容は聞こえてこないが、大きな笑い声が聞こえる、それなりに愉快な話をしているのだろう。


「ねえ、空」


 私は空の隣によって話しかける。

 近くに行くと、空の体の傷がくっきりと見える。


「どうしたの吹雪? こんなに近くによって」


 空はうーんと背筋を伸ばして聞く、私はそんな空の耳元でそっと囁く。


「覚悟は決まったの?」

「ぅひゃぁ⁉」


 空は変な悲鳴を上げてお湯に潜る、耳、くすぐったかったかな?


「なんで耳元で言うの!」


 湯船から顔だけ出し、こちらを睨む。

 私はその顔にお湯をかけて、話を続ける。


「日本に帰ってくる前に言ってたじゃない「吹雪の言ってた意味が分かった」って」


 空は、顔のお湯を払って座る。


「分かったとは言ったけど……」

「じゃあ言っておかないとでしょ? 私達は軍人、いつ死ぬかわからないんだから、できることはすぐにやった方がいいと思うけど? 後悔する前に……」


 私がそう空に告げると、空は自身の体を見下ろす。

 傷だらけの体を。


「こんな体でも?」


 確かに空の体は傷だらけだ、一般な女の子とは程遠い……でも、それでも……。


「あんたが好きになった人は、そんなことで人を選ぶ人なの?」


 私がそう聞き返すと、空はブクブクと泡を上げながら湯船に沈む、私的には、さっさとくっついてくれた方が楽なんだけどなぁ。

 私も湯船に沈みながら空の表情を見つめる。


 私は知っている、空が有馬に溺愛していることを、そして空自身もそれをわかってはいるが、受け入れてもらえるのか不安なのだろう。


 有馬は人を外見だけで選ぶ人ではないと分かってはいるが、それでも決心つかないのが乙女心というものだ、空だって兵士である前に女の子なのだ。



 戦場という名の地獄の中でも咲き誇る、今にも枯れてしまいそうな蒼花は、私の前で今、静かに揺れていた。

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