第三話 君は『大和』なんだな


現在、13時07分、南鳥島から12キロ地点。




 結局、あの後二人で食堂に行ったが、大和の分を頼むわけにはいかず、俺の分を少し分けてやったら気に入ったらしく、全部平らげてしまった。

 というか、なんであいつ飯食えんの?


「……お前って本当に『大和』なのか?」


 不意に俺が聞くと、大和はちらっとこっちを見て聞く。


「なんで?」

「いや、なんとも信じがたい話だなって」


 確かに、大和の姿は廊下ですれ違った、ほかの誰にも見えていなかった、だが今の俺には見えている、そんな不思議なことがあるのだろうか?

 AIと言ったから、ロボットの体を持っているのかと思えば、だれにも認知されない。だからと言って、物に触ることができるのならホログラムでもない……?


 いまだに疑い続ける俺に不満を持ったのか、少し声を低くして、大和は俺に聞いてきた。


「……どうすれば私を『大和』と認めてくれる?」


 そう……だな……。


「君が『大和』だというならば、の話を聞かせてくれないか?」


 そう言うと、大和の肩がピクリと動く。

 坊ノ岬沖海戦、それは戦艦『大和』が、無数の航空機に波状攻撃を受け、轟沈させられた海戦、この時日本に帰ってこれたのは数隻の駆逐艦だけだった。


「ほう、いきなり兵器のトラウマをつくとはいい度胸してるじゃん」


 そう言って、大和は俺の頭に手を当てる。


「何をする気だ」


 大和はニカっと笑い言う。


「君が知りたがっているものを見せてあげようと思って」


 君呼びか……あんまり好きじゃないな……。

 ああそうか、まだ名乗ってなかったな。


「俺は君じゃない、有馬勇儀だ」


 大和は姿勢と表情を崩さずに、もう一度言う。


「じゃあ有馬、見せてあげるよ、私の最後を」


 そう言って大和が俺の目を覗き込み、俺の目には大和の燃えるような赤い目が映る、その瞬間頭の中に大量の情報が流れ込んで来る。


「うッ!?」


 視線が急に途切れ真っ暗になる、しかしゆっくりと情報を整理し意識が戻った。





 再び目を開けるとそこは、真っ赤に染まったの上だった。


「衛生兵! 衛生兵!」


 甲板に転がるのは、死体、死体、死体、死体―――

 甲板の木が見えないほどに散らかった機銃の空薬莢と肉片、聞こえる声は、会えない母や愛する人の名前を叫ぶもの、ただ純粋に死への恐怖から助けを求める声、そこに希望は無い、あらがえない絶望だけが存在した。


「高角三十度! 右二十度! 撃て撃て撃てええ!」


 しかしそんな現状に抗おうと若者たちは立ち上がる。

 

 大和は沈まない。

 

 そう信じ続けて戦い続ける、そうでもしないと正気を保っていられないからなのか、本当に大和は沈まないと思っているからなのかは分からない。


「もうやめてよ、皆逃げて、私はもう持たない……姿勢制御はもう限界だし主砲は撃てない。まくれが何か所も出来て、最高船速もだせない。私はもう、戦えない……」


 大和の声に現実で見えた覇気は無く、実に弱弱しい。



 そのころ艦橋では。


「艦長、注排水システム全損! 復元不能!」

「……わかった、総員再上甲板、離艦用意!」


 伊藤整一長官はその声を聴くと、艦橋要員に、静かにたった一言残した。


「残念だった、皆、ご苦労であった」


 その場にいた全員は敬礼し、伝令は電信室に向かって走って行った。




 しかし甲板では。


「いやだあああああ降りたくないいいい!」


 『大和』の甲板は、すでに左弦に大きく傾いており、立っているのも困難な状況だった。


             だが機銃は止まない。


 『大和』と一緒に沈む気でいる若者たちが機銃を撃ち、左弦側にいるものは、必死に大和の甲板にしがみつく。


「やめて、もうやめてよ、おとなしくみんな逃げてよ!」


 大和の声が悲鳴に変わるが、そんな中でも敵機の機銃掃射と爆撃は止まらない、『SBⅭ2』のダイブブレーキ音と『TBF』のエンジン音、そして、合間を縫って機銃の連射音。


「アアァ!」


 一本の魚雷が、水につかりかけている左弦に、もう一本が右舷のスクリュー近くに直撃し、『大和』が完全に倒れこむと煙突に水が流れ込み、大爆発を引き起こした。



   大きく立ち上る煙は幹の如く     飛び散る破片は散る花びらの如く 


               ああ、桜が咲いた





「…………ッ」


 俺の視線は、いつの間にか現在の大和に戻った。


「どうだった、私の最後は」


 大和は、辺りをきょろきょろしながら俺に聞く、どうやら俺の意識がない間、代わりに見張りをしてくれていたようだ。

 ……あれ? でも大和は『大和』だから、見張るも何もないのか?


「君は……本当に『大和』なんだな」


 俺はたったそれだけしか言わなかったが、大和は満足そうにうなずいた。


「さて、君のことをWSの魂? の大和であることを認めたところで」


 俺は双眼鏡で東の空を見る、そこにいくつかの黒い点が見えた、先ほど目が覚めた時から微かに聞こえるエンジン音、これはおそらく、レシプロ機のプロペラ音。


「見張りより電探、東に航空機らしきもの発見、対空電探の使用を求める」

「了解、最終点検を切り上げ、探知を始める」


 その四秒後、艦橋から衝撃の伝令が送られる、こんなところであってはいけない報告、俺たちにはまだ遠かったはずの指示。



「各員対空戦闘! 東方面より敵機約30!」



♢  ♢  ♢ 登場兵器紹介・味方 ♢  ♢  ♢

艦名:『大和』 艦種:超弩級戦艦  所属:桜日国


  全長:263メートル  全幅:38.9メートル 

最大速力:27ノット 基準排水量:64,000トン


  主砲:45口径46センチ三連装砲・三基九門 

  副砲:60口径15.5センチ三連装砲・二基六門

  魚雷:なし

 対空砲:40口径12.7センチ連装高角砲・十二基二十四門

対空機銃:25ミリ三連装機銃・五十二基百五十六丁

     25ミリ単装機銃・六基六丁

     13ミリ連装機銃:二基四丁

 搭載機:『零式水上観測機』三機 『二式水上戦闘機』二機


同型艦:『武蔵』


 桜日国、および日本の象徴的なWSとして最初に復元された本艦。基本的なスペックや外観は1945年時点の『大和』とそう大きな差はない。世界最大の砲戦火力と鉄壁の装甲版をもつ『大和』は、日本を守るため、再び水上を進む。

♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢

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