第二話 我が名は大和
――――あの日見た夢から約3か月後。
2045年、8月16日、08時30分、戦艦『大和』甲板。
「これが戦艦『
バルバスバウで波をたやすく切り裂き、砲が火を噴く姿は阿修羅の如くと恐れられた艦。
主砲四十六三基九門はあらゆる装甲を貫徹し、舷側410ミリの装甲はあらゆる砲弾を弾き返す。
「我ながらすごい艦に志願してしまったな」
十五日に、復活式などと言って再び海の上に浮かべられた百年前の艦たちを見て、俺は夢でも見ているのではないかと思いつつ、この艦に乗艦した。
昨日は荷物の整理や配置の確認でゆっくりこの艦を見る暇もなかったため、今さら俺、有馬勇儀は感嘆しつつ、艦首の甲板から『大和』全体を眺めていた。
「砲術長~この資料のチェックよろしく」
「ああ、主砲点検終わったのか……うん、異常無かったみたいだな」
俺はそう言って、指でそのタブレットにサインを書く。
「そういえば砲術長、ビッグアメリカに行って何するんだ?」
「え、知らないの?」
正直、そこまで年が離れていないため互いにため口で話せるこの男に、俺はため息交じりに聞き返す。
ビッグアメリカとは現代のアメリカの名前で、南北アメリカ大陸に属する国を総合してそう呼ぶ。
「今回の任務は向こうからの輸送船を日本に連れて帰る、要は船団護衛だよ」
「ほー攻勢に出るわけではないんですね」
男はタブレットをいじり、何かを眺めならそう相槌を打つ。
「えーと、あったあった、今回の作戦概要……」
そう言いながら、男は去っていた。
あいつ本当に大丈夫か……?
そんなことを思いながら甲板を移動していると、様々な乗員の声が聞こえてくる。
現在、大和には2700名の乗組員がいる、話のネタは尽きないだろう
「ほんとにでっかい艦だよなーこの艦は」
そりゃそうだ、全長263メートルだからな。
「ほんとほんと、主砲も体も艦橋も、とにかく全部でっかいよなぁ」
主砲は46センチ45口径、世界最大の艦砲なんだからでかいのは当たり前だろう、艦体が大きく横にやや広いのは安定性を高めるためにだ。
それから、艦橋は正直そこまで大きくない! なんだったら『扶桑』型のが倍ぐらいでかいぞ!
「聞こえてるぞー有馬―」
心の中だけで突っ込んでいるつもりだったが、どうやら声に出ていたようだ。
「あーすまない、いつもの癖だ」
「ほんっとお前兵器好きだよなぁ、こんな鉄の塊のなにが良いんだ? それに兵器が好きだなんて、戦争狂みたいじゃないか」
その言葉を聞いた瞬間、俺は咄嗟にそいつの胸倉を掴んでいた。
「あぁ?」
「わ、悪かった……もう言わない」
俺に掴まれた男は、そういってやや引き気味にその場を去っていった。
「……いいじゃねえかよ、兵器……かっこいいし、美しいし……かわいいだろ……」
そうぶつぶつと文句を言いながら、俺は自室を目指した。
本来個室などなかったが、そこは整備課が何とかしたらしく、約600室作り、各部屋五人分隊で生活する、俺は348号室だ。
甲板から移動し、部屋の扉を開ける、そこには見慣れた348部隊の四人……
いや一人しかいないな。
「有馬さんお疲れ様です、お部屋の準備進めておきましたよ」
「お、サンキュー」
一人いた小柄な少年は、そう言いながら荷物整理を進めている。
「圭、吹雪と航大、あと空は?」
「航大さんと吹雪さんはまだ艦のメンテナンス中、空さんは相変わらずお昼寝スポットを探しているみたいですよ」
荷物整理を手伝いながら、同じ分隊員であり最年少、よく周りからは『弟君』と呼ばれるこの少年、
ある程度荷物の整理が済む頃、艦内放送で、警戒配置につくよう放送があった。
「大体のメンテは終わったみたいだな……じゃ、俺は防空指揮所での見張り担当だから、行ってくるわ」
「はい、行ってらっしゃい、有馬さん」
そう交わした後、俺が部屋から出ると、ちょうど廊下を俺の分隊員が歩いていた。
「ん、なんだ有馬、見張りか? 頑張れよー」
「お疲れ様ね、初日からそうそう」
航大と吹雪は、そう軽く流して、部屋へと入っていった。
「二人は気楽でいいなぁ」
そうぼやきながら、俺は艦橋の上にある防空指揮所を目指した。
「お、いたぞ……あれが噂の348部隊長さまだ」
そんなヒソヒソ話がどこからともなく聞こえてきた。
「あれだろ? なんか特例で、通常より上の階級から始まってるやつらで構成されている隊」
二人の中年男とすれ違うと、その声はどんどん遠のいて行った。
俺たちの隊は、たしかに階級が通常より高い状態から兵役に就くことになった。
18歳の子供が、指揮官階級である中尉の地位にいるのは気に入らないのか、それとも羨ましがられているのか……。
「俺が気にしてもしょうがない、か」
気を取り直して、俺は甲板に出る。
穏やかな海風と潮の匂いを感じながら、艦橋横に取り付けられている急な階段をしばらく上り防空指揮所に立つ、その下には艦橋があるが、厚い鉄扉によって守られている。
本来は、艦橋を通らないとここに来ることはできないが、改装して外階段を取り付けた、艦橋を通るたびに長官方に敬礼するのは疲れるという意見が出たからだ。
「……こんなところにマニュアル貼っとくなよ」
防空指揮所の縁には、見張り時の心得や、敵発見の時の報告の仕方などが書き込まれた紙が貼ってある。
「せっかくの黒鉄が台無しだろ……」
うだうだと俺は文句を言いながら外周に設置されている双眼鏡に目をつける。
現在、10時05分、南鳥島をそろそろ通過する、まだまだ日本の領海だ、こんなところで、敵に出くわすことはないだろ。
「そもそも、『大和』一隻と量産型護衛艦三隻じゃ、対空戦は無理があるな……」
量産型護衛艦は、対空ミサイルなどの現代兵器を積んでいるわけではないので、二次世界大戦の巡洋艦や駆逐艦と大差ない。
「そーだねー、私の十八番は対空戦じゃなくて艦隊決戦だからね」
これだけの対空兵装を積んだとしても、空を覆う無数の航空機には抗えない。
「『大和』の轟沈理由が、航空機だからな」
そう呟くと、声が返ってくる。
「轟沈ねえ、あんまり言うものじゃないよ? それに私は、桜が咲いたって言われた方が気分はいいかな」
ほー、桜が咲いたね……ん? 見張りには俺しかいないはずなんだが……?
「…………誰!?」
戦艦の上にいるにいはいささか不自然な、巫女服のような袴のような服を着た女性が、いつの間にか俺の隣に立っていた。
風になびく赤茶色の髪は、照りつく太陽に照らされ、まるで人間ではないかのような輝きを放つ。
「私? 戦艦大和だよって……」
大和? と名乗った女は、こっちを見て固まる。
「……私が見えるの?」
いや見えない訳ないだろ、俺の視力は2,0だぞ?
首を縦に振り、自身の意思を伝える。
「ほんとに……私が見えてる……いやったああああああ! やった、やったよ! 私たちが見える人見つけた! やっと見つけてもらえた……」
女はそうはしゃぎだし、俺の肩をバシバシ叩く。
結構力強いな……。それに、やっと見つけてもらえたってどうゆうことだ?
「痛い、痛い、で、結局お前は誰なんだ」
俺が改めて聞くと、女は自分の胸に手を当てて高らかに、自慢げに答える。
「我が名は戦艦大和、世界最強の戦艦にして一億総特攻の魁である!」
そう名乗ると同時に、一際強い風が吹き、彼女のまぶしい表情がはっきりと俺の瞳に焼き付く。
表情と並んで、耳に着いた小さな金色のイヤリングが俺の目に入る。そのイヤリングには、桜の模様が掘られており、どこか、俺を懐かしい気持ちにさせた。
一瞬、完全に彼女に目を奪われていたが、すぐに我に返り、今度は頭を抱えた。
俺は……疲れているのか? それとも、こいつは軍に紛れた変質者なのか?
混乱する俺を可笑しく思ったのか、軽く笑い声を上げながら、彼女は再び口を開いた。
「私は、言ってしまえばこの艦の魂だよ。この艦を蘇らせた後、システムに『キューブ』って言う部品として組み込まれたみたいだね。長官たちは、ウェポンスピリッツって私たちのことを呼んでた、略してWSって、詳しくは長官たちに聞いて、私はよくわからないから」
大和はそう言ってにこりと笑う。
システム? だとしたらAIなのか?
「……とりあえずお前は『大和』の魂……AI? ってことでいいのか? 遺憾納得しにくいが、今はそれでいいとしよう」
大和はAIと言う単語を理解しなかったが、魂ということを認めた、もうめんどくさいから何でもいいや……。
俺は、ため息をつきながら時計を見る。
「もうこんな時間か……」
現在11時30分、お昼時だ、午後にも見張りがあるため、少し早めに食べるとしよう。
「俺はいったん降りるが」
俺がそう宣言して大和の方を向くと、寂しそうにする子犬のような眼差しを向けられる。
置いていきにくいのだが、大戦艦の魂さんよぉ……。
「ついてくるか?」
しばらく考え、悩んだが挙句に出た言葉がそれだった。
「うん!」
そう言って、大和は立ち上がり防空指揮所から飛び降りる、この行動でひとまず人間ではないと分かった。
しかし、WSの魂って何なんだ? 会話がかなり悠長だった、ここまで高度な会話は今のAIでもできないと思う……。
考えれば考えるほど頭が痛くなるので、一度思考をやめた。
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