第一話 歯車は廻り始めた
日本時間 2029年7月21日、13時11分。
その放送は、突如として世界中のモニターに映し出された。
「世界中の人間諸君、ごきげんよう」
モニターには、まるでオペラのような仮面を被って顔を隠した男が立っていた。
声から、それなりの年齢であることが分かる。
「我々WAS、ワールド・アンドロイド・セーブは、傲慢で怠慢で愚かな人間どもの支配から、将来生まれてくるであろう子供たちを救うため、この世界を破壊することに決めた」
映像を見る世界中の人々が騒めく中、男は続けた。
「ただの小さな宗教団体が完成した、2020年以降、我々は多くの破壊活動と工作を行ってきた、それも全て、今この時のため! 駒も、場面も、対局相手も、全て私の思う通りに揃えた!」
男は告げる。
「我々WASはここに、全世界へむけて、宣戦布告する!」
同日、世界中のニュース速報で。
『本日13時11分頃、WASと名乗る団体が、全世界に向けて、宣戦を布告しました、このことについて、安全保障理事会が、緊急会議を開いています』
『速報です、WASと名乗る団体の目的は、人間とAIの位置の逆転、AIの元の平和を実現すること、と政府機関に通達があったそうです。続けて、AIの支配下に入り国を明け渡すというのなら、最低限軍施設への攻撃だけに留めると宣告したようです。政府の反応に注目が集まっています」
『速報です、現在国会で、オセアニア戦争に介入するべきか否かの会議が開始されたようです』
同日、14時56分、国会議事堂。
「向こうがすでにこの国にも宣戦布告をしている以上、自国の脅威となり得る可能性を、黙って見過ごすことなどできません。即刻、自衛隊を派遣し、同胞であるオーストラリアを救い、また我々も、臨戦態勢を整えなくてはなりません」
自民党の議員が、そう強く訴える。
「貴方たちは何を言っているのですか? いつWASが、日本を攻撃しますと言ったのですか? わざわざオーストラリアまで戦争をしに行って、そんなに戦争がしたいんですか? それに、向こうは最低限の攻撃に済ましてくれると言っている、わざわざ戦火を拡大することもないでしょうに」
緑の党の議員が、呆れたような口調でそう答える。
「あなたたちは、正体不明のテロ組織を信用するというのですか! どうして国を明け渡した後、必ず国民が守られると断言できるのですか⁉」
「むこうがそう言っているだろー!」
「交戦した方が、国民が危険になることが分からないのか!」
「そうだそうだ!」
やる気のないヤジが、自民党の議員の声を遮る。
「いい加減気付いてください! 今世界は、日本は戦後最大の危機、国家滅亡の危機に立たされようとしているんですよ⁉ 自衛隊の提出した資料、ちゃんと読みましたか? むらさめ事件も、太平洋襲撃事件も、全てWASの攻撃だと、ほぼ断定しているのですよ⁉」
同時刻、ネット上では。
『国家滅亡の危機? ww大げさすぎでしょwww』
『政治家漫画の読みすぎじゃねwww』
『わざわざ戦地に自衛隊を生かせようとするなんて、やっぱり自民党は戦争をしたがっている。立件民主党の小坂さんを総理大臣にして本当に正解だった。#自民党をゆるすな #戦争反対』
『これを機に、自衛隊も解体しましょう! そうすれば、WASも日本を敵視しなくなります! #戦争反対 #自衛隊を解体せよ』
『之を本気で言っている日本人がいるなんて信じられない #日本を守れ』
『うわw戦争狂の右翼が出てきたwww』
『こうゆう奴がいるから、日本は侵略戦争なんかしてしまうんだ #右翼を日本から追い出せ』
『そうだそうだー(何もしらんけどとりあえず便乗w)www』
2030年、9月1日、10時10分、神奈川県。
その日、実に85年ぶりに日本には――――
――――空襲警報が鳴り響いた。
街中で。
「え、なにこの音……気味が悪い」
「スマホもなんか鳴ってるよ? Jアラートってやつ?」
「いや、Jアラートってこんな音じゃなかったよね?」
学校で。
「えーただいま、政府より空襲警報が発令されたため、生徒は速やかに、体育館に避難してください」
「急に避難訓練始まった、授業潰れんじゃん! ラッキー!」
「繰り返します、政府より空襲警報が発令されたため、生徒は速やかに、体育館に避難してください、これは訓練ではありません、速やかに避難してください」
「お、今回の避難訓練は気合入ってるな~」
「急げ! 上げられる機体は全て上げろ! 海上自衛隊の護衛艦と連携して、何としても叩き落とせ!」
指令室から、乱暴な言葉で管制塔に指示が行く。
「スクランブルで上がった機体が速攻で攻撃されたって本当か?」
「まじらしいぜ、警告を発信する前にミサイルが飛んできたんだと」
一部の管制塔員が、そんな会話をしながら各所の基地に連絡を繋いでいく。
「滑走路一番、二番、オールクリア、狼一番、二番、離陸を許可する」
「続けて狼三番、四番も滑走路へ移動」
「上げるのは『イーグル』だけじゃないぞ! 『F2』もだ、空対空ミサイルを装備して誘導路へ移動させろ!」
「こちら狼一番、二番から八番へ、相手の実力は未知数だ、機種も確認できていない、警戒してかかれ、之は訓練じゃないぞ」
「「「「「「「了解」」」」」」」
編隊を組み少し進むと、レーダーに敵機が映りこんだ。
「敵機レーダーにて捕捉、大型機42、小型機13」
「狼より『いすず』へ、敵機は大型機42機、小型機13機の模様」
「『いすず』了解、こちらのレーダーでも捉えた、しかし、国籍応答色が反応しない、どこの国籍にも属さない機体だ」
「狼了解、ひとまずそちらでの迎撃を期待する、取り逃がした機体は、こちらで各個に対応する、通信終わり」
この時、同時に山口県にも同じ規模の航空編隊が飛来した。
のちに『神奈川空襲未遂』『山口空襲未遂』と呼ばれるこの事件は、敵機全機撃墜、被害は三機撃墜されるも、人命は失われずに済んだ。
横須賀港周辺に住む人曰く、飛行機が火を上げながら落下するところが見えたとの事で、領土上空ぎりぎりまで近づかれたことが確認された。
国民たちの聞きなれないサイレンは、ずっと昔、政府が制定していた国民保護サイレンと言われる物で、国民の生命に関わる事態に鳴らされる物であった。
後に、このサイレンは日本の、現代の空襲警報として使用されることになる。
2030年、12月25日、国際会議。
「よって我々は、現在の国名に汚名を着せないようにするため、アメリカ大陸全土を一つの国とする、大アメリカ連合、ビッグアメリカを建国する!」
「我が国もそれに続き、旧ソ連圏の国々とポーランドなどをまとめ、北欧モスクワ連邦を建国する。だが勘違いしないで欲しい、之はソ連ではない、あの頃のロシアと同じだと思わないで欲しい」
アメリカの大統領と、ロシアの大統領二人が手を取り合う。
「これからは、NATOやワルシャワなどの括りにこだわらず、互いに助け合って、WASに勝とう、それこそ、国を改めたもう一つの理由だ」
それに続くように、他の国々も国名を変えたり、同盟を組むことを発表した。
「中国はインドと共に、中華同盟国を建国する、この同盟は、侵略に怯えるアジアの弱小国を保護するための同盟だ」
「我々イギリスは、軍事の最高指揮官が王室の人間の為、政権をイギリス王室であるロイヤルに譲渡することとした、そのため、国名をロイヤルとする」
「ドイツはWAS占領地に侵攻するつもりはない、だが戦争行為を行ったことを、ドイツ国の歴史には書き記したくない。そのため、国名をアイザンクロイツ(鋼鉄の十字)と名乗る。忘れないでほしい、我らはナチスドイツの軍ではない、自国を守るためのドイツ軍だ」
2045年、5月29日、14時16分、記者会見。
「もう、これ以上好きにさせる訳にはいきません」
太く、しっかりした声で、防衛大臣の小堀さんは言う。
「三月から四月に起きた南シナ海事件で、わが国のイージス艦『こんごう』『みょうこう』『ちょうかい』『きりしま』、そのほか掃海艇数隻が撃沈され、数百名の死者を出してしまいました」
その声は怒りがこもり、悲しみがこもっている。
「そしてついに、つい五日前、敵の魔の手は本土へと届きました。戦後初めて、本土への攻撃を受けてしまった」
大きく息を吸い、確たる意思を感じられる声色で、こう言い放った。
「日本はこれより桜日国へと改め、WASの占領地へと攻撃戦を開始し、容赦なく敵機体を墜とし、敵兵士を殺害し、敵艦を沈めます」
ざわつく記者人をよそに、先ほどよりも大きな声で言い切る。
「日本はこれより、戦争を始める」
同日、23時47分。
「……ここは、どこだ?」
俺はあたりを見渡してみるが、どこまでも何もないまっさらな空間が続いている。
「あ――う―ぎ――」
そんな空間に、突然声がこだました。
「有馬勇儀!」
「は、はい!」
その声は、俺のことを呼ぶ声だった。
突然の大声に声が裏返りながらも返事をし、声のする方を振り返る。
「あなたは……?」
戸惑いを隠せないままに、俺は声の主に問う。
40代ぐらいに見えるその男性は腰に手を当て、優しい声で言った。
「君はもう私のことを知っている、しかし、大事なのはそこではない」
男は、目を瞑りながら言い切った。
これまでの優しい声ではない、凛々しく、そしてたくましく、漢としての声だった。
「有馬勇儀訓練兵!」
「はい!」
自然と俺の声ははっきりしたものになる。
「貴官に戦艦『大和』を託す、『大和』の第二の人生、お前が支えてやってくれ」
「え……?」
俺がその言葉の意味を理解することはなかった、する前に、まっさらな世界は眩い光に包まれ、俺は現実へと引き戻されていった。
引き戻される直前、その男の隣に一人の女性の姿が見えた。
その女性の耳には、金色の桜模様のあるイヤリングが、何かを訴える様に煌めいていた……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます