開幕 八月十五日の続き
第零話 ウェポンスピリッツ
現在、2045年8月16日、16時50分、戦艦『大和』会議室。
初戦を潜り抜けた俺は、あの時出会った不思議な存在の正体を聞きに行くため、会議室へと向かっていた。
「失礼します、348部隊の有馬です」
何故会議室なのかと言えば、あの長官は大抵この部屋にいると知っているからだ。
「やあ有馬勇儀中尉、なんの用だ?」
部屋に入ると、やはりそこには、海軍大将の肩章を着けた人物が座っていた。
この人は……。
「はい、今回は
総合長官、正式名称は
別に仕事がない訳でも仕事ができないわけでもないが、この人は凄く気まぐれなのだ。
「大和から聞いているよ、機械なしで声を聴くだけでなく姿が見え、触れられる人物がいるとな、初めて聞いた時は長官全員で腰を抜かしたもんだ……しかし、なぜ私のもとへ? 普通は彭城の方へ聞きに行くと思うのだが」
くるりと席を回し、座るよう指示する。
俺はそれに頭を下げて席に着く。
彭城とは『大和』の現艦長であり、自分たち桜日軍のトップの人だ。
「何を言いますか、影の防衛大臣、情報ならば長官の方がお持ちでしょう?」
「まったく、誰がそんなあだ名をつけたのやら……」
長官はやれやれと言わんばかりに首を振った。
「まあいいか……暇つぶしの相手もできたしな」
そう言って長官は、年期の入った将棋盤を机に出す。
「まあそんな不思議そうな顔をするな、それとも将棋はさせないか?」
俺は「いえ、そうではありませんが……」と返し駒を並べる、並べ終えると長官はこんなことを言った。
「どうせなら賭けをしようか」
「……何を賭けるのですか」
俺が恐る恐る聞くと、長官は飛車先の歩を進める一手を指して。
「情報だよ」
駒を取ると、その駒の価値にあった情報を聞きあうというものだった。
「さあまず私が歩を取った、一つ聞こう」
「はい」
長官は歩を駒台に置き、自分の歩を進め聞く。
「そうだな……君は何が好――」
「兵器です」
食い気味に俺は答えた。
長官は数秒沈黙した後、続けた。
「アニメとかスポーツとか……」
「アニメとか小説、ゲームも好きですが、一番好きなのは兵器です」
俺は、至って普通に話したつもりだったが……何かまずかったのだろうか?
「そうか……戦争が好き、なのか?」
「いえ、『兵器』が好きなんです」
そのやり取りから始まった、その後軍に入った動機や学歴などを聞かれた、まるで面接を受けている気分だった。
別に、面接に嫌な思い出があるとかではないが、なんだかむず痒い気分だった。
「では、僕も聞きますよ」
「ああ」
長官はがつがつ序盤のうちから攻めてきた。
俺はそれを受けながら守りを完成させ、それから飛車を動かして攻撃を始めたので、質問をするのが少し遅れてからになった。
「まず、WSは全ての兵器に存在するのですか」
俺は手を進めながら聞く。
「いやすべてではない、あとWSは過去の兵器のことを指すから、君が見たり聞いたりする存在はWSの魂ということになる」
俺はまた手を進め金将を取る、さてどんな質問をしよう……。
「魂は全員女性なのですか?」
「いや、艦は女性の声が多かったが戦車や航空機はそうでもない」
艦は昔から女性と扱われているからその影響なのかもしれない。
そう俺の中で納得する、でも多いということは、艦でも男の姿を持つものもいるのか? そもそも、何を基準に人の形を作るんだ?
「さて、そろそろこちらも反撃するよ」
そう言って長官は序盤に固めた俺の囲いを崩しに入る、だいぶ慣れた手つきで駒を進めることから長官はかなりやりこんでいるようだ。
長官は銀将をとって俺に聞く。
「君、砲術課の試験で何をした?」
「え?」
唐突な問いに俺は手を止める。
「君が砲術課に志願し、試験を受けた結果受かったのは知っている。だがなぜあのテストで、満点を取れた?」
砲術課の試験は、主に筆記と実技で砲撃センス、機器の扱い等の試験だ。
「え……頑張って勉強して……しただけですけど……」
その解答に、長官はいまだに鋭い視線を向ける。
俺はその視線を避けるように手を進めた、その視線が盤上に向かうように。
「角、いただきますよ」
俺は長官がねじ込んできた角を取り、気になっていた質問の内の一つを聞く。
「WSの魂はなぜ作られたのですか?」
先ほどまで鋭かった長官の視線は一度窓の外へ行き、盤上に戻ると同時に話し始めた。
「本来魂たるものは、ただのプログラムになるはずだった……」
再び手を進め、長官は話を続ける。
「世界は機械崇拝団体、
ああ、よく知っている。
この二国は過去の大戦のこともあり参戦を拒み続けたが、結局ドイツは承諾、日本も南シナ海事件をきっかけに参戦を決意した。
長官は角を俺に取られたが、その時にできた俺の囲いの穴を飛車で貫き、着実に玉を詰めてくる。
どうやら、角を取らせるのは作戦だったようだ。
「WSは生産性という点で現代兵器を上回る。とてもではないが、量が物を言う大戦を生き抜くには、現代兵器だけでは間に合わない、しかし大戦中の兵器を使えば、コストが抑えられなおかつ生産しやすい。WASも大戦中の兵器を多用しているからな、戦力の質の面では問題ないと思われ、それは実行された」
これは……完全に俺の負けだな……。
「WSと国名を変えたのに何の関係が……」
「だが、あまりにも今と昔では、使い勝手が違いすぎる。そこで、AIをWSに搭載し、航空機や戦車は自動操縦、艦は補助の役割を与えるつもりで……桜日が、WSのAI部分を作成した、参戦するまでの数年間日本は、WSの研究を続けていたのだ」
WSのAIは、桜日が作った……?
俺が頭の中でそう反響している間に、長官はパチンと駒の音を響かせながら言った。
「日本は最初、研究という面で戦争に関わっていた、そしてアメリカにこう言っていた……『大和ができたら、我々も始める』と……いやな言い方をすれば、WSの作成責任という名目で戦争を始めるために、日本はWS搭載AIの研究をアメリカから引き受けたんだ」
その一手が、俺の玉を詰ませる一手となった。
「私の勝ちだな、なかなか楽しかったよ」
俺は頭を下げる。長官はすっと立ち上がり、再び窓の外を眺める。
「さて、最後に君に聞きたいことがあるが……先に、君が気になっている情報をサービスで二つ教えてあげよう、私が想像したよりも二十手多く持ちこたえたご褒美だ」
俺はその言葉を聞いて遠慮なく質問する、まだまだ聞きたいことは山積みなのだ。
「まず一つ、なぜ長官は大和の声が聞こえるのですか? 大和の話を聞く限り、長官方と俺以外には、姿どころか声も聞こえないそうですが」
長官は片耳に手を回し、なにかの機械を外す。
「これだ、簡潔に言えば、WSの声を聞き取る機械だな、名前は忘れた」
俺はその機械をまじまじと見つめ、長官に返す。
その機械は補聴器のような形をしていた。
「では最後の質問です……」
俺は覚悟を決めて口を開こうとするが。
「WSとは何なのか、だな」
俺が口を開く前に、長官は答えた。
「は、はい、そうです、結局のところWSとはどういった存在なんでしょうか」
過去の大戦の兵器、それは分かった、だがWSはただの兵器ではない、話を聞く限り、WSたちは、有力であり、名前が残っている者が大半だ。
何故世界は再び、過去の兵器、今とは違い戦争を起さないための兵器ではなく、戦争を勝ち抜くための兵器を必要としたのか。
長官は、窓から目線を動かさず言う。
「私はWSたちを……英霊だと考えている」
「英霊、ですか」
長官はうなずき、席に着く。
「戦時に、多くを語らず人間に従い戦った英霊、それを蘇らせたのがWS……」
長官は一息入れて、話を続ける。
「WSたちはね、私達が選んで蘇らせた物ではないんだ。詳細は不明だが、何らかの原因、キューブに宿る記憶は完全にランダムだった、まるで兵器自らが現代に復活することを望んだようにね」
兵器自らが、復活することを望んだ?
「さて、次は私の番だね」
長官が俺の玉を取った質問、玉は将棋上最上級に重要な駒になる、それに見合う質問とは、一体どんなものが飛んでくるのか。
「君は、『大和』をアメリカに渡していいかと思うかい? 『大和』型戦艦を、アメリカに渡した方がいいと思うか?」
俺はその質問に対して秒で否定する。
というか、玉の質問がこれなのか? と言う疑問も心に浮かんだ。
「ありえません! 『大和』型戦艦は日本の誇りですよ? そんな戦艦をアメリカに引き渡すなんて、絶対に嫌です! たとえどんな理由があろうと、『大和』は日本に、桜日に必要な艦です」
俺の回答を聞いて、凌空長官はにやりと笑い、口を開いた。
「合格だ、有馬君」
「へ?」
俺は変な声を出してしまった、合格?
「詳しいことを話す前に有馬君、少し議論をしようか」
そう言って、俺と凌空長官で『大和』型引き渡しの議論を行ったが、結果的に、『大和』型を引き渡すのは、拒否するという方向で決まった。
「ありがとうございます長官、『大和』型の引き渡しの件を無しにしていただいて」
長官はハハハハと大きく笑い、言う。
笑うときも目は細いんだな。
「なあに、私も反対だったからいいのだよ。それに、腕の良い長官も見つかったことだしな」
俺は首をかしげると、会議室の扉が開いた。
「有馬勇儀中尉、『大和』戦線副長官に任命し、同時にWS管理者の役職を任命する」
彭城艦長がそう言った。
ん? なんで艦長がこんなところにいるの? 艦橋の指揮は良いの?
「おめでとう」「おめでとう」「めでたいな」「おめでとうな」
いや皆さん、自身の職場は大丈夫なの?
「すいません、まだ自分状況を把握できていないのですが……」
俺が恐る恐る言うと、艦長がさらりと言う。
「君はこれから、戦艦『大和』の戦線副長官で中佐に特進だ、それとWSが見える、触れる、話せるということで、WSの保護者的な存在として管理者の役職を任ずる」
俺は詳しく話を聞いた。
ひとまず、WS管理者のことは何とか理解した、俺が魂の見えたり触れたりの話があるからなんだろう。
それで戦線副長官の件だが、軍のトップ3全員が『大和』に乗っていて、彭城艦長、浅間副艦長、凌空長官だ。
で、その三人が言うには、軍と言う組織を運用する上で、たった数名の大将クラスの長官では人手不足。そこで、士官になる勉強をしていた優秀な子を一人選び、長官の仕事を手伝って貰おうって話らしいが……。
「で、何故自分なんでしょうか?」
正直、何故俺を選んだのかどうも理解できない。別に俺は、ずば抜けて成績良かったわけではないんだけどな……。
「君の同期や教官たちも、『有馬は優秀だ』って言っていたし、その年で中尉になれるだけの実力もあるから、だ」
艦長が親指をぐっと立て、説得される。
あれぇ? 艦長ってこんな軽い人だったけ? 艦長って、六十ぐらいの冷静沈着な指揮官だって聞いてたんだけどなぁ。
「「「「「これからよろしく、有馬副長官」」」」」
そう全員の長官に言われて俺は泣きそうになる、俺、こういう立場あんまり好きじゃないんだけどなぁ。
「さて、ハワイに着いたら正式に任命するから、覚悟を決めておくように、それでは解散」
艦長がそう言って、俺は部屋に帰った。
結局、俺はその日なかなか寝付くことはできず、ベッドの上でもがき続け、分隊員であり同室の四人から苦情が来たのだった。
「長官か……頑張るしかないよな……それにWSたちか……お前たちは一体、何者なんだ?」
この日から、俺の長官としての、WSたちとの物語は始まる……いや、もう始まっていたのかもしれない……
日本が参戦を決意した日、夢に現れた知らないおじさんに――――
――――大和を託された、あの日から。
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