第四話 初陣

「各員対空戦闘! 東方面より敵機約30!」


 30、数だけ見ればそれほど多くない、だが普通に考えて、に敵航空機が出たということは……。

 この辺に敵が使える航空基地はない、ならば空母がこの辺にいることはわかるが……航空機の少なさから見て、正規空母一か軽空母二ぐらいか。


 しかしなぜそんな小規模部隊が領海に? どうやって侵入された?


「有馬、こんな所に居ていいの?」


 そう言われて気が付く、敵機が来てから移動するのは自殺行為だ。


「そうだな、配置に着かないと……」


 俺が階段を降りようとすると、大和の姿はふっと消え、声だけが聞こえる。


「対空砲の撃ち方、アドバイスしてあげようか?」

「問題があったらな」


 甲板に降りると、左舷にある一番高角砲に入る、そこには数人の兵と昼寝スポットを探していたであろう空が待機していた。

 俺は対空砲全体の操作を指揮するモニターの前に立つ。


「「「対空戦闘用意よし!」」」


 機銃員、対空砲員、主砲員の三部から伝令が入り、そのことを無線電話で艦橋に伝える。

 それと同時に、主砲から対空用の三式弾が撃ちだされ、上空へ向かった。


 本来砲術長は、こんな対空砲にいるべきではないのだが、俺は望んでここにいる、対艦戦闘以外でも、兵器に触れていたいから。




 14時13分、戦闘開始。




 世界最大の艦砲から撃ち出された砲弾は途中で爆発し、火の粉と鉄粉が周りの航空機を巻き込んでゆく、しかし今回は敵編隊がまばらだったため、一機しか火を噴く機体は無かった。


 俺はそんな空中の様子に視線を釘付けにされていた。

 飛び散る火花と黒煙、落下しながら火だるまとなっていく航空機、俺にはその光景が、どんな花火よりも美しく見えていた。


「有馬!」


 光景に見とれていた俺の耳に、空の鋭い声が入った。

 我に返った俺は、慌てて指示を下す。


「砲撃始め!」


 各乗員がもつ無線機で、各砲員へと通達する。


「装填よし!」


 装填役から、声が上がる。


「発射準備よし!」


 空に伝えると、高角砲の回転が終わる。

 本来空のような女性の乗員は、衛生兵などの艦内で仕事をすることが多い役職に就く、だが空は望んで砲術課に入り、第一高角砲を持ち場に選んだ。


「撃て!」


 俺が指示を出し、その声に合わせて空が引き金を引いた。

 そうすると、二つの12、7センチの対空砲弾撃ちだされ、空中で炸裂する。

 だが、その爆炎と破片をかき分けて、三機のずんぐりむっくりとした機体を持つ爆撃機が爆弾を切り離す、二つは艦体に届かず二本の水柱を湧き出させるが一発は……。


「うわああああ!」


 隣の高角砲から火柱が上がり、人が吹き飛ぶ様子が見える、それと同時に飛び散る鮮血も。


「二番高角砲被弾!」


 俺が叫ぶと一人の兵が受話器を取り、艦橋に連絡する。


「二番高角砲被弾! 応急班を要請する!」


 装填が終わり、対空砲に装備されている自動照準機能が敵機を選別、即座に距離を測距し照準を合わせる。

 照準があったことを伝える、文字列『照準了』がモニターに表示されると、俺は再び空に合図を送る。


「撃て!」


 空が引き金を引くと、今度はきっちり爆発が一機の爆撃機に当たり火を噴きながら海中に吸い込まれていく。

 これが現代の戦争、AIと供にある戦争だ。


 いくら二次大戦中の兵器の復元と言えど、現代で戦うために改良は施されている。

 自動照準機能や自動給弾機能、遠隔発射機能に完全自立制御機能……戦場に、人はいらなくなりつつあった。


「敵機接近!」


 先ほど爆弾を投下した機体が反転し、俺たちのいる一番高角砲と、その右下に並ぶ高角機銃を掃射しに降下してきた。

 それに反応し、対空砲群より下段に位置する対空機銃が25ミリの弾丸を空中に撃ちだすが、敵機の侵入経路は変わらない。


「ああああああ、いてえええええ!」


 連続した連射音が響きながら、それに交じって悲鳴が聞こえた。

 シールドを装備していない機銃座を襲ったのか、生身の人間を機銃弾が襲ったのだろう。


「これが旧来の戦争……でもこれが、人間の限界」


 機銃座には自動照準機能はついていない、そのため、人が直接敵機を狙うことになる。

 当時よりは狙いやすい光学照準器がついているとは言え、狙っているのは所詮人、しかも初めての実戦で、到底扱い慣れているとは言い難い。


「こんな場所に立っていたら、WASを応援したくなる気もするな」


 完全なるAIによる支配、人がAIの下に位置することで生み出される平和と平等を目指す国際テロ組織……。

 奴らの目指す世界には、戦争は果たして無くなっているのだろうか? 


「有馬、戦闘中に余計なことを考えないで、死にたいの?」


 灰色に蒼を一滴たらしたような、色素の薄い眼をこちらに向けて、空はそうきつい声で言う。

 平時はあんなにやる気がなさそうにしているくせに……。


「分かってる」


 そう俺は短く返し、再びモニターに向き合う。


「撃て!」


 俺の声に合わせて、空は引き金を引く。

 その弾は、海面すれすれを飛ぶ航空機を巻き込み爆発、巻き込まれた敵機は黒煙を上げながら海中に突っ込む。

 しかし、その後ろに続いていた三機はそのまま真っすぐにこちらに向かい、何かを切り離した後高度を上げ、『大和』の上空を通過した。

 

 瞬間、俺は敵機の狙いを悟り、艦橋に報告する。


「左弦魚雷接近!」


 航空機が低空飛行しながらする攻撃など、機銃掃射か、水中を駆ける爆弾、魚雷による攻撃しかない。


 しばらくすると、『大和』の艦体が大きく左に回頭を始める、ゆっくりゆっくりと回頭すると、側面を白い影が通り過ぎた。

 予想通り、敵は魚雷を投下していた。


「通過確認!」


 俺はそう、電話で艦橋に伝える。

 またしばらくすると『大和』が右に回頭し、進路を戻そうとする、しかしその瞬間上空で、爆撃機が機体を翻し、急降下に転じた。


「まずい!」


 敵機が切り離した爆弾が、『大和』の後部甲板に命中、大きめな振動が艦を襲う。

 後部には機関部や操舵室など重要な設備が集中している、装甲版を貫通して、そういった設備に被害が出ると致命傷だ。


「いったい!」


 しかし、大和の元気そうな声を聴いて、その不安は吹き飛んだ。

 さすが最強戦艦、装甲版の硬さもピカいちだ、おそらく爆弾の大きさからみて、敵の抱えてくる爆弾は500㎏爆弾、その爆弾を悠々と受け止められるところを見て、改めて感心する。


「有馬! 量産艦が!」


 空が指さす方を見ると、黒煙を上げる艦が目に入った。

 量産用の護衛艦が、魚雷か爆弾を集中的に食らったのか、船体から真っ赤な炎を上げている、あれはもうだめだな。


「量産艦一隻撃沈!」


 俺の艦橋への伝令で、辺りは一度動きを止める。

 味方が一隻やられたことに動揺したのだろう、しかしすぐに動き出す、自分たちもその艦と同じ運命をたどらないように必死に仕事をこなす。

 俺は、砲撃を続行しようとモニターに目を向ける。


「敵機接近!」


 しかし、外から聞こえたその声とともに、ダイブブレーキ音が甲板上に響き渡った。

 自動照準機能は別の機体を狙っていたため、照準を合わせるのには間に合わない。

 敵機は、対空砲による妨害を受けることなく、丸く黒い塊をこちらに投げ込む、それは俺のすぐ近く、一番高角砲の根元付近に落下した。


「あ! がッァ!」


♢♢♢


「有馬、大丈夫かな……」


 私は、防空指揮所から艦全体を見渡していた。


「戦場は、比較的安定して進んでる……みんないい腕してるよ」


 私の体の至る所で、私の照準アシストを受けながら対空兵装が活躍する、あの時のような絶望感はない、ただ、どこか物足りなくも感じていた。


「……ん、右舷より敵機……」


 静かにそれを確認し、自分の意志で、舵を右舷に振る。

 おそらく、かじ取りの人は驚いているだろうが、アシスト発動中の表示が出ているはず、それなら怪しまれない。


「いつか私たちのことを国民や一般兵にも話す時が来るって艦長は言っていたけど……受け入れてもらえるのかなぁ」


 AIに意思がある、それだけでも今の人たちは腰を抜かしそうなものだけど、その意思がしかも兵器によるものときたら……。


「みんな怖がっちゃうんだろうなぁ」


 私はそんなことを思いながら、必死に戦う私の乗組員家族を見守っていた。

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