第五話 余計なことは考えるな
俺は大きく吹き飛ばされ、背中を後ろの壁に打ち付けたのか、全身が痛い。
「有馬! 有馬! しっかりして!」
目を開けると、空が必死に俺の肩を揺すっていた。
「……空?」
意識が覚醒すると、空の白い肌につく赤い血と、俺の左側に寝そべる下半身のない死体が目に入った。
「被害知らせ」
俺が、自身の首を触りながら冷静に聞くと、空が少し戸惑ったような声で答える。
「爆弾が第一高角砲直下に命中、弾が上がって来なくなったから使用不能、装填主と予備砲手が死亡、残ってる装填主一人と整備員は別の高角砲へ向かわせた、後は私と有馬だけだよ」
少しの間気絶してたみたいだな……。
「医務室行かなくていいの?」
「どこも怪我してないしな」
俺が言うと、空は一瞬目を曇らせたが、頷いて立ち上がった。
「分かった、弾運びしてくるね」
空がそう言って走り出すと同時に、上空からダイブブレーキ音が響き始める。
俺は慌てて、走り出した空の頭に手をあて地面に伏せる、ガガガガという金属を叩く音が過ぎてから、頭を上げた。
「もうちょっと周りを見てくれ」
俺がそう言って立ち上がると、空は「ごめんごめん」と言って立ちあがった。
敵機が離れるのを見て、俺と空は艦内に駆け込んだ。
「じゃあ、私は弾薬庫に向かうから」
「ああ、俺は右舷の高角砲に行ってくる」
♢♢♢
私は、右舷の高角砲群に意識を向けていた。
「雷撃はなくなってきたけど、機銃掃射と急降下爆撃がまだやまないなぁ」
そうぼやきながら高角砲の照準を合わせる。
そうすると乗員が引き金を引き、砲弾が発射される。
「よっし、一機被弾したね」
確かに一機の急降下爆撃機が黒煙を吐いているが、爆弾投下を止める気はないみたいだった。
「来る!」
私がそう叫ぶと同時に、爆弾が第二主砲等の隣に着弾した。
「痛いなぁもう」
私は右肩辺りを摩りながら甲板を見る。
「よかった、今の攻撃で死んだ人はいなかったみたいだね」
そんな風に思っていると、右舷に見たことある顔が現れた。
「あ、有馬だ」
有馬は右舷側の高角砲群の様子を見て、砲手が死んでしまっていた席に入る。
「……君は、本当に何者なの?」
その席は、冷たくなった死体が放置されていた席だった。前任者の死体を押し飛ばして、有馬はそこに座る。
本当にただの青年なら、そんなことできないよ……。
♢♢♢
しばらく右舷で高角砲の指揮を執っていたころ、気になる機体が、俺の視界の端に映る。
まだかなり距離があるのか、小さな点にしか見えないが、俺はその機体からいやな気配を感じていた。
俺は、いつも持ち歩く単眼鏡を覗いて、その機体を確認してみる。
向かってくる艦載機集団の後ろに一機の双発機、双発機自体は、WASが運用する『V11ヴァーユ』双発陸上爆撃機だった。
陸上機がここに出現することも問題なのだが、今大事なのはそこではない。
問題なのは、その爆撃機が胴体下にぶら下げている二つの爆弾だ、どうして急に双発機が出てきたのかも、その爆弾が原因だと言えばすべて納得がいく。
「くっそ、あいつを撃ち落とさないと……」
Mark7短信管爆弾、通常の爆弾とは違い、目標の手前で爆発、目標を爆風と熱風、金属破片で攻撃する。
戦艦が使う三式弾を爆弾にした用なものだ、あれを『大和』の直上に落とされると、機銃群が一瞬で全滅する恐れがあるほど、人には威力絶大だ。
しかしその代償に重量が半端なく、双発爆撃機などには積めるが、艦爆には無理がある、そこで陸上爆撃機を使ったのだろう。
だが、何故わざわざそんな面倒なことを……。
そんな風に歯ぎしりをしている俺の横に、空がふらりと現れた。
「そんなに厳しい顔してどうしたの?」
「やっかいなのが出てきたんだ」
俺がそう一言言うと、空は「ふーん」と言って、俺と同じ方向を凝視する。
対空砲群は、脅威度が高い周囲にいる急降下爆撃機に気を取られ、双発機に目が行っていない。
これはつまり、大和があの機体を脅威と思っていないということだ。
「大戦艦の魂にしちゃ、判断が甘いんじゃないか? いや、純粋にあの爆弾のことを知らないのかもしれないな」
そう一人で俺は納得する。
しかし、そうこうしている間にも、脅威は迫ってくる。
俺が歯ぎしりをしていると、空が口を開いた。
「……有馬、『大和』って確か防空指揮所に、対空ライフル置いてあるよね?」
「ああ、あるにはあるが……」
対空ライフル、最近日本が試作で作った対空兵装で、基本的には通常のライフルと変わらない。
30ミリ弾を長口径超初速で発射し、狙撃で航空機を墜とす銃だ。
ほぼほぼ当たらないということで、今ではただの対物ライフル扱いだが……。
「じゃあ行こうか」
……は?
「あれ、撃ち落としたいんでしょ」
正気か? ライフルで航空機を墜とすなんて、ほぼほぼ不可能だぞ?
いくら双発機と言っても、200キロ以上の高速で飛翔する物体に、たった3センチの弾を当てるなんて、機械でもできるとは思えないし、そもそもやろうとなど誰も思わない。
そんなことを考えつつ、艦橋を通って防空指揮所に上がった。
防空指揮所には誰もいない、本来対空戦闘をするときは、ここで状況確認しながら指揮を執るが、今はレーダーが発展したため必要なくなった。
「あった、これだ」
俺は双眼鏡の下に設置されていたケースを開け、一本のかなり大きめな銃身をもつ対空ライフルを持ち出した。
「なるほど、之が対空ライフルとして作られた『十二号対空対物狙撃銃』ねえ」
ボルトアクション方式の、30ミリ弾一発を装填できる対空ライフル。
主に低空を真っすぐ飛翔してくる艦攻を艦上から、もしくは大型機の先端に乗せて、敵爆撃機を迎撃するためのライフル。
全長は2メートルほどで、重量は分からないが重機関銃より重い気がする。
「本当に当たるのか?」
威力も射程も安定性も、対物ライフルとしては申し分ないライフルだ、だが今回狙うのは航空機、しかも自身よりも高い高度にいる。
「まあ、やるだけやってみるよ」
そういって、そのどでかい銃の二脚を縁に立て、弾を四発持ち出す。
準備する空を傍らに、俺は双眼鏡を覗き込む。
空を飛ぶ機体の数をざっと数えてみた。
「あと十機ほどか」
あれだけいた航空機の数も減ってきて、多少艦の上は落ち着いてきた。
しかし『V11』が落ちない限り、艦上の恐怖は消えることはない。
「この天下の大和さまにかかればこんなもんよ!」
大和の声が頭に響く。
「お前の十八番は、艦隊決戦じゃないのか?」
「もちろん艦隊決戦だけど、対空力だって、どの戦艦にもまけないんだから!」
随分な自信だな。
そんなことを考えていると、空は狙撃の構えを取り、一発だけのマガジンを装填した後コッキングして、スコープを覗き込む、その仕草に無駄はなく、熟練のスナイパーの面影を見せる。
空が大きく息を吸う、俺は防空指揮所の双眼鏡を『V11』に合わせ凝視する。
空が息を短く吐くとともに、『十二号』が火を噴いた。
銃にしては、あまりにも強い爆風が俺の頬をかすめ、ライフルにしては大きめの弾丸が『V11』を襲う。
「ッチ、次!」
空の放った弾丸は、左エンジンを貫き火を噴いた。
その後黒い煙を上げたが、まだかろうじて高度を保ちつつ、こちらに向かってくる、降下しながら飛んで来るのを見て、空は1秒経たずにマガジンを交換、コッキングを完了し再び狙う。
ほとんど時間はおかず、すぐに弾丸を撃ちだした。
「は!」
俺は再び双眼鏡で確認する。
今度は右エンジンから火を噴き、くるくると糸が切れた凧のように、海へ落ちていった。
「ふぅ……二発命中、撃墜確認」
俺は呆気にとられる、あの距離で航空機を、しかもピンポイントでエンジン部を撃ち抜きやがった……流石、ライフルの試験をすべて一発で合格した狙撃主。
空は歩兵評価の中でもA組に属し、このA組は全兵力のなかで特に優れた10人がなることが出来る。
10個の評価科目で最優秀な訓練兵が実戦配備されると、それまでA組だったものと評価を比較、交代するか続投するか判断され常に10人だけがA組となっている。
して、空はそのなかの狙撃の科目でA組となっている。
『狙撃神』の名は伊達ではない……だが、これは人ができる領域を超えている気もする。
そんなことを考えていると、艦全体に放送が入った。
「状況終了、総員、片付けに入れ」
どうやら、敵機は全て墜とすか追い払ったようだ。
『大和』の周りには航空機の残骸が浮かんでいる。
今は敵の殆どが無人機の為、躊躇なく敵を墜とすことができるが、これら全てに人が乗っていたと思うと……。
「……余計なことは考えないでおこう、ただ無人の機体を墜としただけ、ただの鉄の塊を墜としただけ……」
大きく深呼吸をする。
「ただ、大切な兵器を守っただけ」
俺は、そう自分に言い聞かせていた。
15時34分、戦闘終了。
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