第六話 全員生きてるな
防空指揮所を降りると、殻薬莢と鮮血があたりに散らばっていた。
そこまで大きな空襲ではなかったが、やはり初めての実戦で混乱した者が多かったように見える。
「百田と高橋が死んだか……」
俺は、訓練兵時代同期の二人の死体を見つけてしまった。
どちらも機銃掃射にやられたようで、体の数か所に穴が開いていた。
「……戦争なんて、くそくらえだ」
そう言って、俺はふと海に目を向けると。
「ん? あれは?」
こちらに向かう二つの影を見つけ、手持ちの単眼鏡を覗いた。
「『ⅤSSヴェスタル』に工作艦『
どうやら日本、アメリカの本部が『大和』の状態を知って整備に回してくれたのだろう。
この二隻は工作艦といって、艦の医者のような存在だ、簡単な修復を洋上で行ってくれる。
日本の工作艦である『明石』が来てくれるのは理解できるが、何故アメリカの工作艦である『ヴェスタル』まで、はるばるハワイから駆けつけてくれたのだろうか?
「これより、工作艦による艦の修復と負傷者の手当てを行う、衛生兵と修工兵は準備せよ」
工作艦が挟み込むように『大和』の両隣に錨を下ろす。
ああなるほど、『大和』がでかすぎて、一隻じゃ手に負えないから、ハワイからも工作艦が来てくれたのか……。
―――――でも何か引っかかるな。
放送の後、甲板はまた少し忙しくなる、その中には航大と吹雪、圭の姿があった。
「お、勇儀、しぶとく生きてたか」
航大が俺に気付き近寄る、その姿をみて吹雪、圭、さらにどこともなく現れた空も集まる。
「とりあえず、『大和』348部隊全員生きてるわね、よかったよかった」
吹雪がレンチをくるくる回しながら言う、航大と吹雪は修工兵、圭は衛生兵なので、この後忙しくなるだろう。
「皆さんお元気そうですね、有馬さんはその傷大丈夫ですか?」
圭が俺の腕を指さして聞くが、俺は「大丈夫」と答える。
「坪井一曹! どこ行った、二番高角砲の修復はどうした!」
「はい! 今行きま行きます!」
いかつい姿の整備兵に呼び出される航大を見送っていると、今度は髭を生やした男が、吹雪の名を呼んだ。
「清原一曹! お前機関担当だろ、なんで甲板にいるんだ!」
「はい! すいません!」
整備課は戦闘外が本番だからか、俺たち砲術課がみな伸びをする中、せわしなく動き回っている。
「圭も、医務室行ってきた方がいいんじゃないか?」
「はい、そうですね、皆さん元気なのも確認できましたし、行ってきます!」
「……暇だな」
「暇だね」
こういう時、俺たちは仕事がなく暇だ。
砲撃課は戦いになればすぐに死ぬが脳筋が多いせいで、整備や治療に回れない人が多い、だから基本砲撃課は戦闘以外暇だ。
「さて、誰も手の付けない機銃座でも掃除してくる」
「そうか、頑張ってな~」
空はそう言って、誰も近寄ろうとしない、肉片の残る機銃座へ向かった、なぜか空は、人一倍戦争と言うか、人が死ぬことに慣れている。
親がロシア人なのは聞いたから、髪が水色だったり、目が薄い蒼なのは納得したが、やはり、どうしてこんなに戦争慣れしているのか気になる。
空は整備員からブラシと雑巾を借り、誰も寄り付かない機銃座へ向かう、血がべっとりとこびりつく機銃を濡れ雑巾でふき取り、床に水を撒いてこする。
空は一切躊躇せず鼻歌交じりで掃除を続ける、異臭の漂う血肉が飛び散った機銃座の……。
しばらく主砲に寄りかかり、整備が終わるのを待っている時、甲板を大規模に点検するから邪魔だと航大率いる修工兵に言われた俺は、『大和』にかかった渡橋を渡って『明石』の方へ移った。
そうすると、俺の隣が軽く発光し、『大和』の人としての姿が現れる。
「お疲れ様」
大和の服にはところどころに切れ目が入っていた、背中の部分は、あの時後部甲板に受けた爆弾の傷に似た破れ方をしている、その姿を見て俺は。
「……艦のダメージはお前にも適応されるのか?」
そう考えた、俺の問いに、大和は首を縦に振る。
「そうみたいだね」
みたいってことは、大和本人も知らなかったのか? いや、そもそも大和が復活して初めての実戦だから、知らないのも無理はないのか?
「あらあら~そんな格好で、人前に出ちゃだめでしょ~」
そんなことを考えていると、後ろから聞きなれない声が聞こえ振り返る。
「あなたは……」
薄い紫色の髪、花びらのように浮かび上がりそうなほど柔らかく見える、ナースのような衣装で、目はエメナルドグリーン。
「私はVSS『ヴェスタル』、工作艦で~す、以後お見知りおきを~」
のほほんとした声で話す、工作艦『ヴェスタル』……。
「君も、WSの魂なのか?」
俺が聞くと、ヴェスタルはニコっと笑い、言葉を続けた。
「その通りよ~私たちの姿が見える人が現れたって聞いた時はびっくりしたけど、ほんとだったみたいね~」
どうやら、すでに情報が回っていたらしい。
「うにゃ、ヴェスタル、大和のキューブのメンテ頼んだにゃ」
「はいは~い、その為に来たんだものねぇ~やって来るわ~」
ヴェスタルにそう指示を出した人? は、急に俺の隣に現れた。
「……明石か?」
背がかなり小さく、俺の腰より少し高いぐらいしか身長がない、ピンク色の髪で猫耳の様に髪が立っている、作業服のような上下が繋がった服を着て、頭に作業用の分厚いゴーグルを乗せている。
ヴェスタルが看護婦のような衣装なら、明石は整備員のような姿だ。
「そう、我こそは『明石』だにゃん! そっちは有馬勇儀であってるかにゃ?」
「ああ、俺が有馬勇儀で間違いないぞ」
そう言うと、明石はとことこと俺の正面に立つ。
「初めましてにゃ、明石は工作艦で、洋上での艦や航空機の修復、上陸作戦時には病院の役割を果たすよう、設計されてるにゃ」
過去の大戦では、そこまでの医療施設、航空機修理は無かったような気がするが、きっと現代戦に合わせて改装されたのだろう。
「他にもWSのキューブのメンテも、明石やヴェスタルで行うことになってるにゃ」
「そうなのか? 意外と仕事が多いんだな」
「そうにゃ、WSの医者であり、艦のドッグにゃからにゃ」
少し間を置き、一つ疑問に思ったことを聞いてみる。
「なあ、何で大和のキューブだっけ? ていう部品のメンテを、ヴェスタルに任せたんだ?」
そのキューブと言う部品がどんなものなのかは分からないが、大和が最初に言っていた通りなら、WSたちにとってとても大切な部品のはずだ、それを他国の工作艦に任せてもいいのだろうか?
別にアメリカの技術力や『ヴェスタル』のことを下に見ているわけではない、単純にそんな大切な部分を見せてもいいのだろうかと言う疑問が湧いたのだ。
「ふにゃぁ~、有馬はめんどくさい所に突っ込みを入れるにゃね」
あくびをしながら、明石はそう言った。
「今後、米艦隊と連合艦隊を組む可能性が大きいにゃ、その時お互いのWSを、明石とヴェスタル二隻が検査できるように、訓練してるのにゃ」
ほーん、まあその可能性は大いにあるから、筋の通った話ではある。
何か引っかかったこともある気がするが、今はどうでもいいか。
「じゃあ明石も、アメリカの艦のWSの、検査をしたことがあるのか?」
「まだにゃ、いつものアメリカのやり方にゃよ、有馬ならわかるんじゃにゃいのか?」
「何がだ?」
「アメリカの奥手のやり方にゃ」
明石はこちらの目を真っすぐに見つめ、そう吐き捨てる。
「……ああ、そうゆう事か」
アメリカは合同訓練や共同で何かを行う時、必ず後手に回り出方を見る。
だから時折、こちらは情報開示したのに、向こうが一方的にその話を無かったことにしてきたりするのだ。
「まあ、今回の大戦は国同士での戦いではにゃいから、にゃんとかにゃるにゃ」
甲板を見ると検査が終わっており、片付けているのが見えたので、俺は大和に帰るため明石に別れを告げた。
「じゃあな明石、情報提供感謝するよ」
明石は高らかに笑って言う。
「有馬はWSにとって重要な存在にゃ、WSで気になることがあったら、なんでも明石に聞くと良いにゃ、答えられる範囲でこたえてやるにゃん」
そう言って、明石は消える。
特別な存在ねぇ……それに、答えられる範囲ってなんだ? やっぱり、いまいちWSとはよくわからんな。
「……あの人なら、知ってるんだろうな」
そう言って、俺は会議室へと足を運ぶことにしたのだった……。
♢ ♢ ♢ 登場兵器紹介・味方 ♢ ♢ ♢
艦名:『明石』 艦種:工作艦 所属:桜日国
全長:158メートル 全幅:20.56メートル
最大速力:22ノット 基準排水量:9,000トン
主砲:なし
副砲:なし
魚雷:なし
対空砲:40口径12.7センチ連装高角砲・二基四門
対空機銃:25ミリ連装機銃・二基四丁
搭載機:なし
同型艦:なし
桜日国の洋上工作艦。簡単な艦の修復・改装を洋上で行える、動く海軍工廠。現代では艦だけではなく、航空機、キューブの修復なども行えるよう改装され、医療設備も整えらえているほか、機関部も改造され、大きく速力が増加している。現在、水上機を搭載できるようにする改装計画も進んでいる。
主に桜日は、このWSを利用して、WSについての研究を行っている。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
艦名:『USS Vestal(ヴェスタル)』 艦種:工作艦 所属:ビッグアメリカ
全長:141メートル 全幅:18.3メートル
最大速力:24ノット 基準排水量:12,585トン
主砲:なし
副砲:なし
魚雷:なし
対空砲:なし
対空機銃:ボフォース 40ミリ連装機関砲・二基四門
搭載機:なし
同型艦:なし
ビッグアメリカの工作艦で、生まれた当初は給炭艦だったが、のちに工作艦に改造された。現代には工作艦としての性能で復元した。『明石』と似通った性能をしているが、医療設備に関してはこちらに軍配が上がるものの、航空機の整備は出来ない。
♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢ ♢
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