第九話 WSの力
俺が叫ぶと一斉に皆理解したのか、航海長が「面舵一杯! 急げ!」、そう指示を出す。
しかし、基準排水量六万トンを超える巨艦だ、舵が効くまで相応の時間がかかる。
やっと右側に、『大和』が回頭を始めた瞬間、正面に白い影が見えた俺は、悲鳴交じりに報告を上げた。
「正面魚雷接近!」
叫んだ時にはすでに、魚雷が数十メートルの位置まで来ていた。
当たるな! そんな俺の心の声は、大和の悲鳴と、艦橋にまで伝わる振動でかき消された。
「痛い!」
大和が左側の腹と足を押さえ、屈みこむ。
最初の空襲で、『大和』のダメージは大和に適応されることはわかっている、今大和は、魚雷の爆発に悶絶しているのだ。
「大和! 大丈夫か⁉」
俺は大和の肩を抑えてしゃがみ込み、大和の表情を確認する、その表情からでも痛みが解るほど、顔を歪めていた。
「左弦腹部、後部に二本魚雷命中! 第三弾薬庫付近、火災発生!」
連絡管から聞こえたその声に、咲間長官が応急処置の指示を出す。
「消火急げ! 浸水確認してこい!」
その言葉が終わると同時に、指揮所からまた嫌な声が聞こえる。
「正面より四本魚雷接近!」
「二隻目のやつか!」
もう一隻の敵艦も魚雷を放っていたらしく、新たな魚雷が『大和』を襲う。
今『大和』は右側に回頭中で、このままいくと……。
「まずい、後部に集中する!」
そう咲間長官が言う。
大和がまた叫び声を上げた、今度は両足を抑え、膝をつく。
「足がぁ!」
その声に、俺を含めた長官たちが顔を青ざめる。
「敵魚雷、後部に二本命中!」
それに続いて、修理班が声を荒げる。
「缶室に被害! 速力低下! 第四機関室に、軽微な浸水!」
俺は背筋が凍る、ふと敵戦艦の方を見ると、主砲塔は完全にこちらを捉えている、すでに照準は定まっているのだろうから、後は発射するだけだろう。
「速力の回復急げ! 第四機関室の排水は後回しだ、今出せる全速で航行しろ!」
咲間長官は、機関室に連絡する。
「第四機関室の人員は、緊急用出口を解放、脱出準備!」
それに加えて、咲間長官は思い出したかのように退避の連絡も入れる。
軽微な浸水と言えど、機関室にとって浸水とは、死ぬ一歩手前の状況だ、そんな状態のまま仕事を続けるなど気が狂ってしまう、だから長官は、脱出用の出口を解放させ、いつでも逃げられる状態を作るよう指示したのだろう。
「畜生、ついてないな」
凌空長官は奥歯をかみしめる、初の砲撃戦が魚雷持ちの戦艦二隻相手とはついていない、そんなことを考え、敵艦を睨む。
その時大和が小さく呟いた。
「舐めるなよ……」
大和が立ち上がる、それと同時に、大和は体から不思議な光を発し始めた。
「どうした大和?」
俺が気になって大和に聞く。
しかし大和の目線は敵艦に注がれ続け、俺の問いかけには答えない、その光はより一層輝きを増していく。
「有馬、大和の姿に何かあったのか」
咲間長官は俺に聞く、俺は大和から目線をそらさず答える。
「なにか黄色い光が……」
そう伝えきる前に、機関室から驚きの声が来る。
「機関暴走! 全速出てます!」
長官が一斉にこちらを見る。
大和の周りの光は一度収まるが……。
「皆は、私が……私が守る!」
その一言で、大和の薄い赤の瞳が金色に輝く。
それに共鳴するように主砲塔が動き出した。
「主砲塔が、か、勝手に動き出しまた!」
そして大和は、また力強く手を握り、その握った拳を突き出しながら叫ぶ。
「全砲門、薙ぎ払え!」
その瞬間、海戦が始まってから十回目の砲撃を行う。
「め、命中弾六!」
一式徹甲弾の圧倒的な貫通力が物を言ったようだ。
先ほど被弾させ、速力が下がった戦艦が大爆発を起こす、おそらく弾薬庫を貫いたのだろう。
「敵一番艦轟沈!」
俺はもう一隻の戦艦を照準に収めようと、大和に声をかけようとするが、敵艦はもう一度取り舵を取り、反転を始めた。
俺は呆気にとられている長官たちをよそに、別の指示を出す。
「各員、被害状況知らせ!」
そう言うと、各部署から報告が上がるが、目立った傷は缶室の損傷と第四機関室の浸水だけだった。
しかし、損傷した場所が缶室なので多少は直しておかないとまずい。
現在、17時01分、戦闘終了。
結局輸送船に向かった巡洋艦組は、米軍の戦艦に完膚なきまでに叩き潰され、被害が出なかった。
輸送船と護衛部隊には先に集合の島に向かってもらい、『大和』は排水と、缶室の問題を解決してから集合の島に向かうことにした。
「あの力は一体……」
一時的に速力を回復し、斉射弾の三分の二も当てることができたあの力は、何だったんだ?
今大和の姿は消えず、俺の前に座り込んでいる、その姿を見かねた俺は大和を背負い、艦橋を後にした。
「大和を頼む」
艦長がそう俺に向かって言う。
俺は頷き、艦橋を降りたところにある作戦室のソファーに大和を寝かせる、外はどたばたと応急処置関連の伝令が飛び交っている。
「有馬……」
大和が目を開け、こちらに手を差し出す。
その手を握り、俺は声をかける。
「大丈夫か? どこか痛いところは無いか?」
俺はこの時初めて、本気で大和のことを心配した。
自分が乗っている艦が沈むとか、日本の誇りがどうとかではない、一人の女の子が傷つき弱っているのだ、それを兵器の損傷とだけ見るほど俺は冷たい人間ではない。
「有馬、私勝ったよ、戦艦同士の砲撃戦に……ちゃんと勝ったよ……」
大和は目を瞑って、俺の手を握る。
実際、ライト級戦艦と言えど、二隻の戦艦をこの程度の傷で勝利することができたのも、魚雷を四本を食らっておきながら自力航行可能なことについても、『大和』の性能があってこそだろう。
「ああ、ちゃんと見てたぞ」
俺がそう優しく告げると、大和は弱弱しく頷き、再び目を瞑る。
あの光の正体は謎だが、一つ分かったことと言えば余程体力を使うようだ、さっきまで元気な大和が、今こんなにもやつれた顔をしているのが、その証拠と言える。
「見ててくれた? お父さん……あなたとの約束のうち、一つはきちんと果たしたよ」
そう大和は気になる言葉を残して姿を消した、人としての姿を維持するにも、エネルギーがいるのだろうか?
まあなんにせよ、大和が元気にまた俺の前に現れてくれることを願おう。
「お父さんか……」
一体誰のことなのか、それに約束とは何なのか……気になることは、増えるばかりだが、今はいいだろう。
また後でゆっくりと話を聞こう、今はゆっくりと休め、大和。
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