第十話 百年ぶりの再会

 戦艦『大和』、防空指揮所にて。


「なあ大和、お前のお父さんって誰のことなんだ?」


「……有馬も知ってるあの人だよ……その人とね、私が艦の頃に約束したんだ」


「どんな内容なんだ?」


「戦艦と戦う事、呉に帰ること、代わりに謝ること……そして、生き残ること……」


「そうか……その約束を果たしたいんだな」


「うん、でね、その人はいつも、私にこう言ってたの」


「ん?」


「世界は広く小さい、だからな……こことこことここで、世界を見つめろ」

 

 大和は三点を指しながら言う。

 俺には、その姿がある人に重なって見えた気がした。




 あの海戦から五日後、現地ミッドウェー島、日本海軍にとって最大の分岐点となった因縁の地で、俺たちはある艦たちを待っていた。


「やっと、桜日も戦力が整ってきたね」


 座った岩の上で、足をプラプラさせながら、大和は言う。


「そうだな、なんといっても、機動部隊の主力艦だからな」


 今待っているのは、前の海戦中に完成した四隻の空母。


「一航戦『赤城あかぎ』『加賀かが』、それに二航戦の『蒼龍そうりゅう』『飛龍ひりゅう』、まさか同時にできるなんてな」


 この四隻は『大和』の少し後から再建を始めたが、桜日海軍の主力を担う重要な艦だ、まだほかにも建造途中の艦が多いが、これからもっと増える。


「入港!」


 整備兵の声が聞こえ、俺と大和は湾に走る。

 そこには、戦艦とは大きく見た目が異なる四隻が錨を下ろそうとしていた。

 

 あれ? 見覚えのない戦艦が、三隻こっちに向かってきている……。


「……まさか!」


 大和は大きく目を見開き、自艦の方に目線を送る。

 グイッと何かを下に引く動作をすると、鈍く低い汽笛の音が、あたりを包んだ。


「大和?」

「良いから耳を澄ませて」


 大和は静かに目を伏せる。

 俺も同じように耳を澄ませると、三隻の戦艦のうち、一際大きい一隻が、『大和』に似た汽笛を響き渡らせた。

 左右の艦たちは『大和』よりもほんの少し、音の高い汽笛を鳴らす。


「『武蔵むさし』! 『長門ながと』! 『陸奥むつ』!」


 大和が叫ぶ。

 どうやら戦艦三隻は、日本でまだ訓練中のはずだった三隻のようだ。


「あの三隻は、あと二日待たないと、就役しなかったはずなんだが?」


 俺は少し考えるが、大和は「細かいことは気にしない」と港に向かった。





「お久しぶりです大和さん」


 落ち着いた声。

 その声が、俺たちを港に入ってすぐ出迎えた。

 黒っぽい、焦げ茶色の髪を腰まで伸ばし、袴の色が赤く染まり、右太ももあたりに、がなされている弓道着を着こみ、瞳は深い黒。


「赤城か……」


 俺は深く考えずとも、WSの魂を見て、誰なのか分かるようになってきた。


「赤城、久しぶり、だね……」


 大和はそう赤城に言うと、しんみりとした雰囲気を感じたので、邪魔にならないように俺は一歩半下がった。


「ええ、お久しぶりですね、大和」


 数秒間、辺りは沈黙が支配し、波の音だけが響いた。

 先に口を開いたのは赤城だった。


「ごめんなさい、あの時沈んでしまって……」


 その声は重苦しく、とても俺が口を挟める空気ではなかった。


「いいの……いいんだよ、あれは誰も悪くない不幸なミス、いろんな原因から引きずり出された、偶然のような必然……」


 大和も自身の胸に手を当てながら、やや切なそうな声でそう言った。


「その上でね、赤城に、いや機動部隊の皆にお願いしたいことがあるの」


 意を決したように、大和は言った。


「私は……私は航空機に弱いから、赤城達の掩護が無いと上手く戦えないの……それに、私達の砲じゃあ……だから……」


 言い切る前に、赤城は微笑んで頷いた。


「ええ、再び生を受けたこの身、朽ち果てるまで皇国のために尽くさせていただきます、我らが連合艦隊旗艦のためにも、ね」


 その笑みを見て、大和は満面の笑みで「うん! よろしくね!」と言って、赤城の手を握った。


 大和とのやり取りが終わると、赤城はこちらに向き直って言った。


「有馬勇儀さん、ですよね?」


 赤城は俺のことを知っているようだった。

 情報伝達の速度早いなぁ。


「そうだ、俺は有馬勇儀、『大和』の戦線副長官で君たちの管理者でもある、以後よろしく頼む」


 そう言って俺は手を出すと、赤城が手を握る。

 その手は生きているように温かい。


「私は航空母艦『赤城』、よろしくお願いしますね、司令官」

「ああ、よろしく赤城……一つ聞きたいんだが、他の三隻はどうした? あと『加賀』『蒼龍』『飛龍』もいるはずなんだが……」


 凌空長官からWSの話を聞いた際、主力艦にはすべて魂があると聞いていた。


「もちろん、私のように人としての体をもっています、けど今は自分の艦内で最終点検を行っています、復元完了が、私より遅かったので」


 そうゆうことか……。 


 『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』……南雲機動部隊なぐもきどうぶたいの、メインの四隻は復活か……。

 桜日軍も、これでひとまず海上航空戦力を持つことができたな。


「そろそろ、あの三人も来ると思うんだけど」


 大和がそう言って海の方を見る、すでに巨大な戦艦三隻も錨を下ろしていた。


「お姉さま!」


 元気な声が聞こえた瞬間、大和と似た姿のWSが姿を現し大和に飛びついた。

 姿と服はそっくりだが、髪が短くショートボブになっている、耳のイヤリングにはで施されている。


「武蔵?」


 俺はそう言葉をこぼすと、その子のことを抱き上げながら大和が言う。


「そうだよ、この子は武蔵、大和型二番艦武蔵、私の妹だよ」


 そう言って、大和は抱きかかえた武蔵を下ろし、俺の方を向かせる。


「この人が、有馬勇儀戦線副長官、私たちの司令官だよ」


 武蔵は俺の目をまっすぐに見つめ、しばらくたつと大和に似た眩しい笑顔で言う。


「私は武蔵、です、どうぞよろしくお願いします、司令官」


 そう互いの自己紹介を終えると、後から新たに一人姿が見えた。


「何をしているの武蔵、司令の前でだらしないわよ」

 

 やや色っぽいが芯のある声。

 その声の持ち主はどことなく大和に似ているが、服装が巫女服と言うより袴に誓く、大和が赤と白を基調にしているのに対し、こっちは赤と黒で、イヤリングには椿が施されている。

 栗色のショートはふんわりと膨らみ、とても温厚な印象を受ける。


「……陸奥、か?」


 俺が呼ぶと、陸奥はこちらを向き、見事な敬礼をする。


「ええそうよ、元連合艦隊旗艦、ビックセブンの一隻である『長門』型戦艦二番艦

『陸奥』よ、これからよろしくね、司令官」


 陸奥は、そう言って俺に手を差し出す。


 生き生きとはっきりした目、流石、日本の誇りと言われた一隻だ。


「俺は有馬勇儀、大和戦線副長官、こちらこそよろしく頼む」


 硬い握手を交わしていると、大和はきょろきょろとあたりを見渡す。


「あれ? 長門は?」

「今は彭城長官の元へ行ってるわ、先に挨拶を済ますって言ってたわ」


 うむ、多分普通はそうするのだろうな。


「あら、私も挨拶へ行かなくてはですね」


 赤城は思い出したかのように、そう零す。


 そんなやり取りを見て、俺は改めて、呆れのような感心のような感情が沸き上がる。

 本当に、まるで人間と大差ないAIのはずの少女たち、ひょっとしてAIというのは冗談で、本物の人間なのかもしれない、そんな考えが俺の中に過っていた。


 しかし、そんなことを考えても仕方ない、俺は大きく息を吐いて、WSたちの方へ向き直る。


「集まってもらって早々に悪いが、これから忙しくなるぞ」


 そう俺が言うと、全員がニッと笑う。


「私たちは大丈夫、どんな指示にでも忠実にこなしてみせるよ、だから有馬は何も心配せず、私たちを勝利へ導いてね!」


 大和が元気よく言う、それに合わせて全員がうなずく。

 まだ会って間もないのに、ずいぶん厚い信頼を寄せられたようだ……全く、司令官とは重い役割だな。


「ああ……任せてくれ」


 俺は、そう言って士官帽をかぶり直した。


♢  ♢  ♢ 登場兵器紹介・味方 ♢  ♢  ♢

艦名:『陸奥』 艦種:超弩級戦艦  所属:桜日国


  全長:224.9メートル  全幅:34.6メートル 

最大速力:24ノット 基準排水量:39,130トン


  主砲:45口径41センチ連装砲・四基八門

  副砲:45口径14センチ単装砲・十八基十八門

  魚雷:なし

 対空砲:40口径12.7センチ連装高角砲・四基八門

対空機銃:25ミリ三連装機銃・十四基四十二丁

     25ミリ連装機銃・十基二十丁

     25ミリ単装機銃・三十基三十丁

 搭載機:『零式水上観測機』三機


同型艦:一番艦『長門』


 二次大戦中、日本の象徴として多くの人に愛されていた戦艦で、ビッグセブンの一隻に数えられる。1944年時の『長門』と同等の姿で現代に復元されている。『大和』には及ばないものの、高い火力と十分な装甲を持ち合わせた戦艦で、艦隊決戦時に力を発揮すると期待されている。桜日WSたちのまとめ役的な位置にいるのが長門で、それを横で補佐しながらニコニコしているのが陸奥だ。

♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢  ♢

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