第八話 大和、咆哮!

 艦橋に着くなり。


「やあ有馬君、初仕事だよ」


 そう一言艦長が言ってきた。

 艦橋には艦長以下、艦橋要員の長官が集まっていた。


「えっと、敵艦と輸送船団が撃ち合っているのですか?」


 俺は艦長に聞いたのだが、大和が首を振る。


「いや、まだやりあってない、主砲の射程に入ってないんじゃない?」


 そう大和が言うと、艦長がうなずく。


「先ほどアメリカ戦艦から通信を受けた、あと数分で自分の主砲の射程に入るから、それに合わせて援護を頼むとな」


  俺は窓際に立ち、米艦隊の方面を単眼鏡で覗く、あの艦は……。


「『アリゾナ』……」

 

 『アリゾナ』の姿と敵艦のいる方面を見るが、敵艦はまだ俺たちを追いかけるように船団に近づいているので、ここからでは見にくい。

 その時、鋭い咲間長官の声が艦橋に響いた。


「『アリゾナ』発砲!」


 咲間長官が言う、どうやら射程圏に入ったようだ。


「合図だ、航海長」


 凌空長官がそう言うと、航海長の三浦さんは頷く。


「おもーかーじ、最大船速!」


 『大和』の煙突からさらに煙が上がり、大きく右に回頭をする。

 それに合わせて、咲間長官も叫ぶ。


「全主砲右砲戦! 目標、敵戦艦! 撃ち方はじめ!」


 ここでT字有利を作り一気に敵艦を叩き潰すつもりらしい、しばらくして右に回頭を終えると、『大和』の主砲塔がゆっくりと動き、狙いを定める。


 あの調整は本来俺がやるはずだったことで、少し悔しい思いが在るが仕方ない、選ばれてしまった以上、しっかり仕事をするだけだ。




 現在、16時18分、戦闘開始。




「敵戦艦、撃ち方はじめました」


 俺は、艦橋全体に言う。

 その次の瞬間、『大和』の主砲が火を噴いた。

 各主砲塔一番砲だけの交互撃ち方だが、さすが46センチ砲、たった三門でも反動はすさまじい。


「命中……ありません」


 俺は、敵戦艦の周りに立った水柱を確認し、報告する。

 さすがに戦艦同士の戦いで、初弾命中とはいかなかったようだ、砲術家なら誰しも初弾命中を期待するが、現実問題そんな簡単なことではない。


「敵弾きます!」


 艦橋のさらに上、射撃指揮所から声が来る。

 その数秒後に『大和』の左後方で、巨大な水柱が四本立ち上がり、そのまた数秒後、同じあたりに水柱が四本立つ。

 ちなみにだが今護衛の駆逐艦はいない、戦艦同士の戦いに巻き込みたくないので後方に残してきたのだ、よって大和は自由に舵を切り、敵艦と撃ち合うことができる。


 少したって、また大和が発砲する。

 そうすると敵艦隊は二手に分かれた、巡洋艦以下四隻は『アリゾナ』達の輸送船の方へ、戦艦二隻は『大和』の方へ、艦首を向ける形で舵を取った。


「ほう、私に正面から勝負を挑もうと……面白い……」


 大和は薄く笑う、その顔に少し背筋を冷やし、俺は敵を見直す。


「主砲塔四基、速力30ノット近く……ライト級、巡洋戦艦かと思われます」


 それなりに敵艦の速力は早く、大きさ的にも『金剛こんごう』型のような高速戦艦と見える、というかほぼほぼ『金剛』だ。

 敵艦は、アメリカの艦体に日本の上部構造を乗せたような形をして、かなりアンバランスな感じだ、おそらくWASの量産用の戦艦の内の一種であろう。


 WASは、オーストラリアの鉱山地帯を満遍なく使って、大量の多種多様な兵器を作り出しているため、空母や戦艦であっても、作りが雑な量産タイプのそれらもいるのだ。


「なめられたもんだな」


 咲間長官がつぶやくと、一発の主砲弾が二番主砲に当たる。


「大和、大丈夫か?」


 艦長が聞く、それに大和は元気よく答えた。


「もちろん、傷一つないよ」


 命中精度はあちらの方が上の用だ。

 被弾個所の傷を見てみると、敵艦の主砲サイズはおそらく、36センチ以下でそこまでの大口径ではない、この程度の砲で大和は簡単には傷つかないが……。


「ちぃっ当たらない……ちょこまかと……」


 そんな声が大和の口からこぼれた、うまく当たらず少しイライラしてきたのか、標準が定まらないようだ。

 敵弾は今一発俺たちに命中した、次より斉射に以降するだろう、さすがの大和でも、多数の36センチ弾を食らい続ければ、沈む可能性が出てくる。


「……咲間長官、少し失礼」


 俺は咲間長官の前にある、射撃指揮所に続く伝声管を借りる。


「主砲塔、全門三度下に、二度右へ」

「了解」


 主砲が少し動き、今回八回目の交互撃ちを行う、撃ちだされた砲弾は吸い込まれるように敵艦に向かい。


「艦尾に命中!」


 敵艦尾から爆発が起こる、ライト級戦艦の速力なら艦中央部にあたるかと思ったが、予想より少し早かったようだ。

 だが、どうやら俺の読みは当たっていたらしく、敵は全速と後進を繰り返し、標準を合わせまいとしていた。

 俺はそれを見抜き、あえて少し離れた位置を狙わせ、敵が増速した瞬間当たるように仕向けたのだ。


「すごいよ有馬!」


 大和の興奮した声の裏に「次より斉射に以降します」という、砲撃長の声が聞こえた。


「ほら大和、次から斉射だ、しっかり踏ん張れよ」

 

 そう俺が言うと大きくうなずき、大和は自身の手を力強く握る。


「主砲斉射!」


 握った拳を突き出しそう叫んだ。


 これまで以上の反動が艦を震わすが、それは大和にとって快感なのか、体を震わせる、目つきが元気な女の子ではない、獲物に向かう獣の目だ。

 これが大和の、『大和』としての姿なのかもしれない。


「二発命中! 敵一番艦炎上、速度下がります!」

 

 電探から報告が上がり、それと同時に甲高い音があたりに響き渡る。


「右弦、命中弾二、被害軽微!」

 

 流石、『大和』の装甲は全ての戦艦の砲弾をはじき返す、ちらりと大和を見ると、全く被弾した痛みを見せない。


「敵艦、取り舵!」


 その報告が上がったときには、敵艦は素早く左方向に艦首を向け、側面をさらけ出しこちらを狙う、全主砲を撃ちやすくするとはいえ少し違和感がある。


「……取り舵……しかも九十度、逃げるでもなく正面からぶつかる同航戦でもなく、逃げながら戦う反航戦を選んだ……輸送船団を追いたいのか?」


 俺が少し考えていると、咲間長官がぽつりとこぼした。


「そう言えば、ライト級の側面には……」


 戦艦は、水雷艇や駆逐艦を近寄らせないように、対空兵装や副砲、両用砲を側面に乗せるのが筋だ、あの戦艦二隻は側面の中心に、不自然な空間がある。

 ライト級の説明には確か、側面の装備を撤廃し、魚雷発射管を……!


「咲間長官、魚雷!」

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