第一幕 ハワイ奪還作戦編

第七話 ハワイでの伝令

 日本時間、8月19日。


 俺が長官職に就いてから三日、日付変更線を越えたせいで日時の詳細が頭の中で混乱するが、ハワイオアフ島にたどり着いた。


 現地時間、09時00分。


「これより、42名の二階級昇級の儀を執り行う」


 浅間副艦長が声を上げる。

 戦死すると二階級昇級し、退役したことになる。もちろん空気は重い。


「二階級昇級、綾部信二、矢田部緋色…………以上42名」

「弾込め!」


 その合図で、数十人がライフルに弾を詰める。


「撃て!」


 一斉に空へと発砲する、これらは亡き戦友へと捧げる銃声だ。


「各員敬礼!」


 日の丸に包まれた遺体は、艦から海に流される。

 ここはオアフ島より少し離れた沖、そこに『大和』他二隻は停泊していた、式に参加させてくれと言う米軍人が数十名一緒に甲板にいる。

 その中には長官服を纏っているものもいる、何故見たいのか理由を尋ねると「日本人はどうやって死者を労わるのか知りたい」とのことだ。


「次、昇級者を発表する」


 さて、葬式が終わった所で通常の昇級式だ。


「雨衣空一曹」

「はい」


 艦長に名前を呼ばれ、空がコツコツと靴で甲板を鳴らしながら正面に出る。

 服装はいつもの海軍作業服ではなく、礼服だ。

 

 空には分隊指揮を取れるだけの実力があるということで中尉まで階級を引き上げ、今後の活躍を見て、大隊の指揮権も持てるよう少佐まで引き上げるつもりらしい。


「長距離標的狙撃の腕と『大和』護衛の勲章で、二階級昇進、中尉に命ずる」


 そう言って、空に中尉の階級章と射撃き章だ。皆からの拍手を受け取った後、空は元の位置に戻る。


「次、有馬勇儀中尉」

「はい」


 俺も空と同じように正面に出る、もちろん礼服だ


「士官教育を受けた者の中でも優秀だった成績、現状の軍の状況を踏まえ、貴官を戦線副長官とする」


 艦長の言葉に続けて、浅間副艦長が言う。


「異論がないものは拍手を」


 その声と供に、拍手が起こる。

 まあひとまず大丈夫ってとこか、そもそもここで拍手起きなかったら海に飛び込んで死ぬ、むしろ殺してくれ。


「それに伴い階級を特進、少佐とする」


 そう言って、俺にも二つの章を渡す。

 一つは少佐を示す階級章、もう一つは錨の真ん中に桜の彫刻が施された章、大和の重要役職についていることを示す襟章だ。


 俺が安心して元居た場所に戻ろうとすると、ボートのエンジン音が聞こえ、一人の米兵が上がってくる。


「――――!」


 焦った様子で喋っているが、何を言っているかわからない、俺は英語が大の苦手なのだ。

 そんな俺は置いておいて、一人の米兵、長官服を着る人がその言葉に反応した。


「―――――――?」


 しばらくそのやり取りを行っている、しかし時折出る大きな声と、俺でも分かる単語、戦艦、輸送船、攻撃、危険などと言う単語に、全員が息をのんで待つ。

 しばらく会話を続けると、ボートで来た米兵が去っていき、さっきの長官が難しい顔でこちらに歩み寄る。


「大事な式典の時にすまない、だが急用だ」


 あ、この人は日本語しゃべれるんだ。


「現在こちらに向かっている輸送部隊が艦上機の空襲を受け、護衛の駆逐艦に損害が出たので、二日ほど前にアメリカに一度引き返したそうだ」


 それでは資源と人員がこちらに渡せない、今回の輸送の目的が果たせなくなる……最初の任務から失敗というのは目覚めが悪い。


「だが安心してほしい、引き返すことを知った本土が二次の輸送部隊を、戦艦一、量産巡洋艦二、量産駆逐三の護衛を着けて、こちらに向けたそうだ」


 その報告を受けて一同は息を吐きだす。


 護衛に戦艦までつけたのだ、どうやら米もこの作戦を中止したくはないようだ、だが、正直何故そうまでして米は、日本に陸戦隊を渡しておきたいのだろうか?

 日本は確かに、陸上の作戦を遂行しやすくするために歩兵が必須なのは分かるが、アメリカにとってはいつも通り金と、大和に積んだ少量の物資が貰えるだけだ。

 合同で行う作戦の時は結局日米から陸戦隊を引っ張ってくるのだから、わざわざ渡しておく必要性は薄い気もする……。


 俺がそんなことを考えている中、米の長官は言葉を付け足した。


「だが、それに向けて敵と思われる、戦艦二、重巡二、駆逐二の部隊が確認された、数的に厳しいので、『大和』に増援を頼みたいとのことだ」


 あーなるほど、WAS側も何かを察したのか、結構力を入れて輸送を止めに来たな……でもほんとどこにでも現れるな、WASの艦隊は……。


 WASは現在南北両方に大きな拠点を構えているため、どの海にでも艦隊を繰り出出すことができる。

 オーストラリアを占領した時に奪った大量の鉱物を使って大量に艦を作り、運用しているため、海を行くときは常に気を張っておかないと危ない。

 艦長は増援要請を聞いた後、「う~ん」と唸り言った。


「……招致した、皆よく聞け、これから輸送船の援護に向かうことになる、各自戦闘準備!」

「「「「了解!」」」」


 訳2500人が一斉に敬礼する。


「解散!」


 そう言うと一斉に皆が艦内に戻り始め、慌ただしく砲戦の準備を始める。

 俺も最初の内は砲関係の指示と、主砲についてのことで甲板を駆け巡っていると、こんな声が聞こえてきた。


「今回の任務は輸送作戦だけじゃなかったのかよ、急に砲戦の準備だなんてさ」

「まあそう言うなよ、桜日軍はあくまで自衛隊の延長線上にある組織、自ら攻勢に出ることはほぼないんだ、気楽にいこうぜ」


 なんとも気の抜ける会話内容だった。


「そうだな、せっかく艦隊決戦最強と呼ばれる艦で艦隊戦に臨めるんだ、楽しもうぜ」


 何が楽しむぞだこの野郎。


 俺はその発言を飲み込んで、その場を去った。




 しばらく主砲周りの指示を出していると、咲間長官が俺を館内放送で呼び出した。



 現在、目的の海域に進行中の『大和』作戦室、出港してから五時間ほどがたった。


 作戦室に行くと、そこには咲間戦線長官とさっきの米軍長官がいた。

 その人は、こちらに気付くとすっと手を差し出す、あまり年を取っているようには見えない手だ。


「私は、エウェービ・コルト、ビッグアメリカ海軍の長官だ、よろしく」


 俺はその手を握り。


「自分は有馬勇儀、桜日国海軍戦線副長官です、よろしくお願いします」


 二人で握手し終わったあと、机の上の地図に咲間長官が駒を並べる。


「私達『大和』の現在位置がここ、輸送船がここ、敵の発見位置がここ」


 そう言いながら、咲間長官は指し棒で場所を叩く、予定ではあと八時間後に敵艦隊と接敵する計算だ、まあ互いが巡航速度を保ち、なおかつ輸送船と敵艦隊の位置が正しければの話だが。


「基本的には問題がない、ただなぜ敵は戦艦を出したのかだ」


 それは俺も気になった。

 普通輸送船の破壊は重巡以下の高速部隊が担当することが多い、護衛に戦艦が付いていることを知っていれば話は別だが、普通は護衛にも戦艦を着けることはほとんどない。


「……ではこの輸送船をどうしても日本に渡したくない理由があったのか」


 コルトさんが言う。

 この物資が日本に届いたら日本の上陸部隊の質は上がる、これが届かなければ、日本の陸戦隊は経験のない人だけで固めた完全にド素人の部隊になってしまう。

 そうすれば、確かにWASは大分有利になる、それを狙った? ……いや、それなら空母での航空攻撃や潜水艦の方が効果的だ。

 

 長い沈黙が、三人の間に流れる。


「……目的は陽動?」


 俺がぼそりとつぶやくと、その声を咲間長官が拾った。


「ほう、それは面白い意見だな」

「詳しく君の考えを教えてくれ」


 どうやらコルトさんも聞こえていたらしく、それに便乗して聞いてくる。

 俺は一瞬頭の中をよぎった考えを、恐る恐る口にした。


「この発見された部隊の目的は、輸送船もそうですが、我々『大和』が標的なのでは無いでしょうか?」


 俺は地図に乗せられた駒を動かし、輸送船が襲われるシーンを作り、ハワイから『大和』の駒を進める。


「輸送船を襲うそぶりを見せ、『大和』をハワイからおびき出す、そして援護に来たところで輸送船への攻撃を中止して『大和』を叩く」


 そして俺は、二つの敵を意味する、赤い駒を追加で取り出す。


「その敵は?」


 咲間長官は、俺の取り出した新たな駒を指さして聞く。


「敵の上陸部隊と仮定するものです」


 俺はその二つを、八ワイの南側に置く。


「2022年から始まった攻撃の仕方を見ればわかる通り、敵だって素人じゃありません、戦艦『大和』の46センチ砲の威力は知っているでしょう、だから『大和』を撃沈するのではなく、移動が目的ならと言うことです」


 二人は大きくうなずき言う。


「つまり、

 

 俺は頷いて肯定する。


「輸送船を襲われると日本はまずい、だから絶対に『大和』が動くと考えたのだと思います」


 駒を動かし、時間測定定規を当てながら続ける。


「ここから敵艦隊の海域に行くまで巡航速度で半日以上、戦闘の時間を含め、往復で少なくとも丸一日はかかります。しかも上陸されていたら、我々はハワイではなく、ミッドウェー島に向かわなくてはならない」


 ハワイに敵の駒を置く。


「だとすると、オワフ島に帰り上陸部隊を攻撃できるのまでには……六日ほどかかります」


 コルトさんは俺の意見を聞き終わった後、少し考えてから咲間長官に言う。


「ハワイ諸島の地図はあるか?」

「ん? あるぞ……」


 そう言って、長官は箱に入った地図の中から一枚取り出し、机に広げる。

 そうすると、コルトさんは指し棒でオワフ島を指す。


「オアフ島は防衛線が硬い、一日で落とすのは無理がある、そこでだがこの島だ」


 指し棒が移動し、オワフ島から少し離れた位置にある小ぶりな島を指した。


「カウアイとニイハウだ、ここは防衛線が薄い、だが要塞化しやすい海岸線と戦車を使いやすい平地がある」


 敵の駒をいじりながら言う。


「上陸してくるならこの二つだ、オワフ島の基地は全体的に、今だ戦力が不足気味だ、その二島を奪取する力は持たない」


 なぜそんな地をアメリカは放置した……めんどくさかったのか? それにしては、不用心すぎるだろ……。


「まあとにかく…」


 咲間長官が何か言おうとしたところに、一人の兵が入ってくる。


「伝令です、オアフ島の基地からです」


 そう言って紙を差し出した。

 それを長官は受け取り、一人でうなずいた後に言った。


「どうやら、有馬の予想は正解みたいだな」


 俺とコルトさんもその紙を読む。


「カウアイ、ニイハウ周辺に敵艦隊の姿認、敵は輸送艇を主軸とした上陸部隊と推測される」

「返信、オワフ島の防衛を最優先、手出し無用」


 そう長官は伝令に来た兵に伝える。


「了解」


 その言葉を受け取った伝令の兵は去っていく、俺は地図に視線をもどした。

 

 敵はなぜ、ハワイを狙った?

 おそらく二つの意味があると考えられる、日本への牽制と、アメリカへの攻撃拠点の確保、なんにせよ、ハワイを取っておけば太平洋で動きやすくなると考えたのだろう。


 だがまあ、よくカウアイとニイハウに防衛線がひかれてないことを知っていたな、情報が流れているのか? まあ、今は気にしている場合ではないか……。


「まあここまででいいだろう、何かあったらすぐに呼ぶからな」


 そう長官に告げられ、俺は苦笑いして部屋を出た。


 腕時計を見ると、出港してから大分時間がたった、結局俺は二時間近く会議室に居たようだ。

 予想接敵時間まで後三時間、そんなことを考えながら階段を下ろうとすると。


「やっほう、有馬」


 大和が出てきた、元気な笑顔だ。


「大和か……何か用か?」


 大和はえへへと笑い。


「特に用は無い!」


 そう胸を張って言う、なんなんだよ……。


「じゃあなんで出てきた……」


 大和はむーと顔を膨らませて言葉を続ける。


「なんで用がなくちゃ出てきちゃいけないの」


 いろいろ突っ込みたい気持ちを抑えつつ、会話を続けた。


「はいはい、俺は部屋に帰る途中だったがどうする? 航大たちにでも挨拶しに来るか?」


 まあ見聞きできないけど。

 しかしそんな冗談をよそに、大和は満面の笑みで俺に嫌な現実を押し付ける、なぜそんな満面の笑みで言えるのか……。


「それなら引き返した方がいいと思うよ? だって電探に、所属不明艦と米軍艦が、数隻映ってるもん、たぶんそろそろ……」

「有馬長官仕事だ、艦橋に来たまえ」


 ……敵艦と会うのが、予想より三時間早い……。


 この時間で会うってことは……最大船速で突っ走ったってことになるのか? それとも、推定された位置が間違っていたのか?

 こんな事なら、衛星通信を使って詳細な位置を確認すればよかったのだろうか?


「有馬、いこ?」


俺はとぼとぼと、大和は生き生きと、艦内の廊下を歩いていた。

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