第二一〇話 LONG DAY

現在、2月21日、08時00分、シェフィールド。




「全軍、突撃!」


 ハインケル長官の号令で、けたたましいエンジンを響かせながら鋼鉄の騎兵たちが突撃を開始する。

 その裏では、一輌の輸送車両に、数名の歩兵が乗り込んでいた。

 そう私達、前回の作戦で取り残された歩兵たちだ。


「よっし、之で全員乗り込んだね」

「よくもまあこの人数で、2日間も耐えられたもんですね?」


 輸送車両の運転手が、そう引き気味にぼやく。


「まあね、それじゃあ出して!」

「あいよ」


 私も席に着き、そう運転手に呼びかける。


「雨衣、お前前線に残らないのか?」


 大島がそう聞いてくる。

 私はその問いに、ため息をつきながら答える。


「松本大佐が死んだから、私が階級を中佐に上げて現場指揮官を引き継ぐことになっちゃったみたい、だからいったん本部に戻る」

「松本さん……死んだのか?」


 大島は、心底信じられないという表情をしながら、そう聞き返す。


「うん、松本さんが乗っていた『10式』が破壊されてるのが見つかった、周辺には焦げた死体しかなかったから、身元はまだ不明だけど、乗員分の死体は合ったみたいだから……おそらく……」


 私と大島は、深く息を吐く。


「上手く、行かないな」

「そうだね……」




 同時刻、ポイント『キョウト』。




「全航空隊、発艦準備完了」


 しろわしのCIC内に、甲板から無線が入る。


「赤城、航空攻撃隊はどうか?」

「はい、『赤城』『加賀』『蒼龍』『飛龍』『グラーフ』の艦載機群、爆攻混合編成の第一次攻撃隊、計55機、全機発艦準備完了です」

「よし、全航空隊、発艦!」


 植木さんの号令で、今頃『赤城』たちの甲板からは、『九九艦爆』『九七艦攻』『ju87Ⅽ』たちが飛び立っている事であろう。


「有馬、ジェットはどうするんだ? お前の指示通り、全機空対空装備で待機させてあるが……」

「攻撃隊の護衛は、『瑞鶴』『プライズ』からの『紫電改』『F6F』に完全に任せます、敵のジェット機は、おそらく出てきませんから」


 俺の答えに、植木さんは首を捻る。


「いくら敵航空基地がほぼ全て潰れているからといって、絶対に出てこないという保証はないぞ?」

「保証は在りますよ、とっておきの保証が」


 俺はにやりと笑いながら、ブリテン島の地図を電子机の上に映す。


「さっき説明した通り、『B29』と『B52』によって、あらかた航空基地は壊滅させてあります」


 これはロンドンを取った後、合間を縫ってひたすら爆撃を繰り返す指示をしてくれていた吹雪のおかげだ。

 ……まあ実際の所、ロンドンに備蓄されていた航空爆弾が有り余っていて、現状ロイヤルの航空戦力に、これらの爆弾を使える機体はいないため、それを消費したかったのだ。

 要は、爆弾の捨て先を敵基地にしたら、今のような状態になった……らしい。


 護衛には大体『Ⅿ0』や『F47』が付いていたため、人的損害は皆無であり、機体の損害も、無人の『B29』を除いては無いらしい、滅茶苦茶大戦果だ。


「そして自分の手元には、敵の航空戦力配置、正確な機数が明記された極秘資料があります」


 俺は、モニターに自分の腕時計を接続する。


「これは……」


 植木さんがため息をつきながらその資料を眺める。


「お前はほんっと、意味わからん……これ、WASの機密資料だろ? どうやったらこんな物取ってこれるんだ?」


 これはモスキートのキューブに記録されていた作戦行動に必要な情報を、いくらか渡してもらいそれをヨミに転送、解読してもらった結果、こんな情報が手に入った。


 キューブはWSの脳、つまり記憶媒体。

 敵からの情報を貰えば、それは全てキューブの中に記録されている……はず? という俺の思い付きにも等しい発想でやってみたら、意外と上手くいったのだ。


「優秀な娘がいるもんですから」

「はぁ……」


 で、それらの情報と航空基地の損害情報を照らし合わせると、展開している8割方のジェットたちは破壊されていることになる、残りの二割も、展開しているのはブリテン島北部とブラックプール周辺で、わざわざ迎撃に出て来れる余裕はない。

 だから、この攻撃隊をジェット機が襲うことはないと判断したのだ。


「護衛に出さない理由は分かった、じゃあ空母の上で待機しているジェットたちには何をさせる? まさか全機直衛に付けるとは言わないだろうな?」

「『しょうほう』、『いずも』に積んでいる、『F15J―ⅭⅩ』は全機直衛に回します、残った『しろわし』の『F35』、『イントレピット』の『F47』は、ここより北東に飛ばしてください、目標は……」


 俺が言い切る前に、CICに声が響く。


「こちら瑞鶴! 55号ステルスレーダーに感あり、規模からみて、『フライングトール』!」


 植木さんの顔に、一滴の汗が垂れるのが分かった。


「まさか、こいつらを残しておいた理由って……」

「フライングトールを、要撃してもらうためです」


 俺も、自身で言いながら汗がにじんで来るのを感じた。


「おいおい、無茶言うなよ、フランス空軍が12機束になってかかっても、ミサイル一本あいつに届かなかったんだぞ?」

「分かってます、でもどこかで、こうして日本とアメリカの航空隊をぶつけて、どれほど立ち向かえるのか図っておかないと……万が一日本に来た時、有効な対策が立てられません」


 『フライングトール』の目標は、おそらく俺達空母艦隊、どちらにせよ、攻撃は受ける。


「ゼウス隊に告げる、今回の目標は『フライングトール』、必ず落とせなどとは言わない、無理そうならすぐに撤退してくれ、今回欲しいのは、プロからの評価と情報だ、検討を祈る」

 

 俺が甲板に並ぶゼウス隊に告げると、植木さんは頷いた。


「ゼウス隊、出撃!」


 その号令で、甲板いた『F35』たちが、空母を飛び立っていく。

 おそらく、『イントレピット』からも『F47』が飛び立っている事だろう。




 同時刻、空母『イントレピット』CIC。




「全機発艦始め」


 艦長の号令で、甲板に居た『F47』たちは、空へと舞い上がって行く。

 副艦長の顔には、不安の色が見えた。


「本当に大丈夫なんでしょうか……」

「大丈夫も何も、やるしかないだろう……いつかは相まみえることになるのだろうからな……『F47』は優秀な機体だ、万が一の時は、パイロットたちを守ってくれる」


 まるで自分に言い聞かせるかのように、艦長はそう付け足した。


「無事に帰ってきてくれ……」

「敵『フライングトール』の周辺に小型機の反応多数! 『タイプA』『タイプF』です!」



 

 長い戦いの一日は、幕を開けた。



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